1997年 今週の意見 −9月
今週の意見(33)
サービス競争の時代
新しいパソコンを買った。パソコンはこれまでパソコンショップまで出かけ
て品物を確かめ、買いたい品番を決め、価格を比較して一番安いところから買う
のが普通であった。今回は品物はたまたま東京に出かけた際、秋葉原の店で見る
機会があったものの、基本的には通信販売のアメリカのG社のものを買ったわけ
である。PentiumIIを使ったパソコンはまだ、他の日本の大手メーカのものでは
出ていないし、保証期間が、3年それに、24時間いつでも年中無休のサービス
があるということで、G社のものを選んだわけだ。
昨年買った時は日本の最大手のN社のものを買った。さまざまなトラブルに
直面した。わからないことが数多くあったので、サービスセンターに盛んに電話
した。が、つながらない、日中はめったにつながらない。そして夕方5時になる
ともうかからない。土日はそうしたサービスはもちろんなし。
このG社はそうした問い合わせ、サービスの電話すべてフリーダイアル。引き
合いから、見積もり、発注まですべて電話でこと済んだ。ちょっとしたトラブル
もあったが、品物は無事納期通り届いた。いくつかわからないことがあったので
早速土曜の夜9時頃電話してみた。すこし待ったけれどすぐに担当者が出てきて
一応の回答をしてくれた。土曜の夜9時である。日本や他の大手メーカにはない
サービスである。
ユーザーそういう時間にパソコンをさわり、問題に直面するのである。決して
ウイークデイの日中ではない。ビジネスユースのものは別にして。時間はとも
かく土・日に全くそういうサービスがないとは一体何事か、と言いたい。
日経パソコンだったと思うがアメリカでのパソコンアフターサービスのいい
悪いのランキングが出ていた。D社や、G社が評判がいい。そして日本のN社
などは最悪。
これはパソコンに限らないだろうが、特にパソコンなどはそのアフターサービ
スの善し悪しが、消費者に受けるかどうかの決め手だろうと思う。パソコンなど
どいう商品を買ったとたん消費者はさまざまなトラブルや問題点に直面するので
ある。それを解決する一番いい方法は言うまでもなく、メーカに電話して直接聞
くことである。日本のメーカの場合もそういうサービスセンターがあることはあ
るが電話は基本的には有料の上、まず掛からない。掛かったとしても東京などだ
と5分10分話しているとあっと言うまに電話代がかさんでしまう。地元の支店
や代理店も山ほどあるが、ちょっと技術的な話になるとみな最初から逃げ腰であ
る。それは私どもではわからないからここへ電話しろと大抵責任転嫁する。
その点G社のサービスは極めていい。それに幸か不幸か、今のところあまり問
題に直面していない。にも関わらず何か問題があれば、いつでも電話を掛けられ
るという安心感がある。価格は直販だから間違いなく割安ではある。しかし、日
本の大手メーカのものに比べて特に安いわけではない。第一フリーダイアルや
24時間サービス体制をひくには、それなりの費用がかかるはずである。単なる
安売りができるわけではないだろう。
しかしこれからの消費者はそうした新しいサービスを求めているはずである。
そのサービスに満足すれば、プラスアルファのコストは納得して支払うはずであ
る。同じ商品を6、7万安く組み立て販売している店が現実にあったのである。
でも私は安心料としてそうしたアフターサービスの料金としてそれを納得して払
っているのである。
日本のパソコンメーカは消費者のそうした気持ちを理解しているのだろうか。
1997/9/6
Tadashi HAYASE
今週の意見(34)
ダイアナ妃の死
6日の新聞の報道は象徴的だった。トップ記事はもちろんプリンセスダイア
ナの葬儀のこと、そして第2の重要記事はマザーテレサの死。それぞれの事実
関係の報道ぶりについては何も言うことはない。二人のそれぞれの世界で有名
だった人の死についての報道についてではある。クリントン大統領は二人の生
き方をそれぞれ学ぼうと演説をしている。
プリンセスダイアナの葬儀は世界中で25億の人々がテレビを見たそうだ。
本国イギリスでは600万の人々がなんらかの形で葬儀を実況で見守り参加し
た。歌手のエルトンジョンは「さようならイギリスのバラ」と歌い話題を呼ん
だ。
日本の家庭でも人々はテレビの前に釘付けになったらしい。多くの人々はそ
の歴史的瞬間を記録しておこうとビデオを動かした。
それらのテレビニュースは私ももちろん見た。でもテレビの前に釘付けにな
ったわけではない。むしろ私はテレビ報道に登場するコメンテータや、新聞の
コラム・社説で、かれらマスコミが何をいい何をどう報道しているかに関心が
あった。
外国のマスコミを含めて、日本のテレビ、新聞の報道についてはそれが人の
死の報道であり、死者をむち打つような報道が殆どなかったことは当たり前で
ある。が、イギリス王室が世論や国民感情、それにマスコミからの圧力でいく
つかの王室伝統を破って異例の葬儀を行った点について、圧倒的に世論や国民
感情が正しいとして、それについて疑問を呈するような報道が殆どなかったこ
とについて私は疑問を感じるものである。人間が人間の死という現実に対して
それがどんな人であれ、同情と厳粛な気持ちをいだくことについては人間の本
来の感情であり、それについて疑問を持てというのではない。
英王室の対応がどうであったか、その是非について私はここで述べるつもり
はない。が、日本を含めて、欧州の王室関係者の出席が殆どなかったという事
実をどう捉えたらいいのか考えてみたいのである。私のいいたいことはダイア
ナ妃の死についての圧倒的な国民感情そのものがすべて正しいものかどうか、
マスコミの報道またはその視点が全て正しいものであったかどうかについてい
くつかの疑問を持つものである。そのいきさつやそこに至る事件の背景を考え
る時、国民感情の全てが人間としての感情として、倫理道徳と言う冷静な観点
に照らして正しいものであるかどうかについて考えるべきではないかと思うの
である。
個人のプライバシーを追いかけ回すアパラッチの存在など言語同断である。
しかし彼らの報道をおもしろがってみるのも一般大衆であり、そしてそれが悲
劇の結末を迎えた時、それに対し真っ先に非難の矛先を向けるのも一般大衆な
のである。一流のマスコミならばそうした一般大衆、国民感情のいいかげんさ
矛盾を公正に客観的に分析し報道して欲しいということである。イギリスのブ
レア首相はダイアナ妃の記念日を設けるような発言をしているが、これなども
私は大衆感情迎合の表れではないかと思うのである。
1997/9/13
Tadashi HAYASE
今週の意見(35)
消費者が求めているもの
9月11日だったか、政府より4−6月の景気動向が発表された。GDPが
年率換算で11%、個人消費が23%も前年同期より落ち込んだということだ
った。それは消費税が5%にアップされたことで、4月までの住宅や自動車を
はじめとして駆け込み購入からの反動が主な原因であったとの解説であった。
そうであろう。しかし、23年ぶりとか言うそうした消費の落ち込みはそれだ
けの短期的な理由であったかどうか。私はその他にもいくつかの原因、要因で
もっと長期的、構造的なものがあると思う。
消費が落ち込んだのは他にもいくつかの理由、構造的なものがある。まず今
日消費者、生活者には将来の生活に対する大きな不安があるということだ。医
療費のアップや、昨年まであった減税がなくなったことなど、将来への備えに
より心をくだかなければならないと。消費全体の落ち込みにはそうした背景が
ある。単なる消費税アップに対する反動という短期的な要因だけではないこと
は明らかである。経済企画庁の説明はどうもそのあたり甘いと思う。
さらにもう一点。最近の消費の全般的な落ち込みには、私はもっと大きな理
由、背景があると思う。それは買おうと思っても、こういうものが欲しいと期
待しても、それに答えてくれる新しい商品やサービスがない、なくなっている
ということだ。町のスーパーや百貨店、その店頭で、それに毎日のように投げ
込まれる大量の広告チラシをを見ていても、これはと言った目新しい商品、是
非買いたいという商品がないのである。特に耐久消費財がそう。もう殆どの家
電製品は家庭に備えられ、自動車の普及率もかなり高いものになっている。そ
う、さあ次に是非これが欲しい、あれが欲しいという商品がなくなっている。
かって喧伝された3Cなども、今はたいていの家庭にある。本命と言われるパ
ソコンですらもう頭打ちの状況のようである。
それは消費者が今求めている商品・サービスの開拓、開発がないということ
である。企業のそうした商品・サービスの開発努力が足りないということであ
る。今人々が何を求めているか。マズローの欲望5段階説でないが、ものに
対する欲求がほぼ満たされた今、人々が求めているのは、例えば安全に対する
欲求、健康に対する欲求、快適な生活空間、レジャーへの欲求、そして自己実
現、知的生産活動への欲求であると言っていいであろう。
人間の欲求の段階説を詳しく述べるつもりはない。が、人間の究極の欲求は
自己実現である。自分が信じるそれぞれの価値観の実現である。欲しいのはそ
れを満たしてくれる、また満たすことを補助してくれるハードであり、ソフト
であり、サービスである。現在世の中にあるもので、具体的な例を上げるとパ
ソコンやその周辺機器、それにさまざまなソフト群がそれである。知的生産の
道具、エデユテインメント、バーチャル・リアリテイ、3次元ゲームなどがその
キイワードである。
そういう分野で本当にいいものはまだまだ数少ない。パソコン応用ソフト開
発面で日本はアメリカなど先進国におおきな遅れをとっているように思える。
たまごっち、や、数々のゲームソフトではヒットがあり日本も決して負けてば
かりいるわけではないが、総合的なソフト開発、サービスの開拓にもっと企業
はもっと本腰を入れるべき時である。
日本の企業経営者はそのことがわかっているのか。経済企画庁のお役人はど
こまでそういう問題意識を持ち、問題指摘をしているのだろうか。
1997/9/20
Tadashi HAYASE
今週の意見(36):
しっぽ切りの茶番劇
政権発足間もないというのに、佐藤総務庁長官が辞任した。ロッキード事件
で有罪判決を受けたものが大臣に就任することなど、とんでもないこととだと
世論や与野党の追求を受けたからである。社民、さきがけから連立を離脱する
という脅しにあって自民党もあわてたらしい。
佐藤長官自体は断固やめないとがんばっていたが、自民党の中かも自主的に
やめた方がいい、やめるべきだという意見が多く出るにいたってやめざるをえ
なくなった。 一国の政治を担当する大臣の人事がかくも簡単で安易なものか、
見ていてあきれる。佐藤長官任命自体が適切であったかどうか。前総理の中曽
根氏のごり押しがあったとはいえ、それは橋本総理自身が決断して決めたこと
である。加藤幹事長はじめ自民党の執行部もこれに、同意して決まったことだ。
が、与野党、特に社民、さきがけが連立の枠組みから離脱するという政治的駆
け引きにあって、あわてて佐藤長官にやめてくれと迫ったわけだ。トカゲのし
っぽ切りである。総理はこのことで国民に対し、たしかにお詫びを表明した。
が、ことはそれで済むのだろうか。
トカゲのしっぽ切りに対しては、「泣いて馬謖を切る」という言葉がある。こ
れは規律を守るためには愛する部下であろうと間違いをおかしたものを断固処
分するという意味だ。これならわかる。佐藤長官は総務長官としてなんらかの
ミスをおかしたわけではない。いや、党の行革推進本部長としての手腕をかわ
れて就任したとの話しであった。これは、明らかに総理のミス、党の執行部の
判断ミスであった。が、政権を維持するため、党を守るために佐藤氏は切り捨
てられたわけだ。そして当の橋本総理も加藤幹事長もただそのことについて釈
明をし、謝罪をして事態の収拾に当たったのである。
社民、さきがけはもちろん、野党の対応もおかしい。世論の予想以上の反対
にあわてて対応したというふしもある。佐藤長官の問責決議案を提出するとい
うことであったがそれは筋違い。責任があるとすれば佐藤氏本人ではなく、彼
を任命した橋本総理である。だから、それが佐藤氏に対する問責決議案でなく
内閣不信任案決議であるならば筋が通る。どうしてそれを提出しないのか。衆
議院では今や自民党が過半数を制していてそれが通る可能性がないからからか。
それとも仮にそれが通ってしまっては衆議院解散という事態になりかねない。
社民、さきがけだってそこまでやるつもりはないのである。
責任追及の矛先は総理大臣にむけられるべきで、佐藤長官その人ではない。
彼らはそれをすることで、お茶を濁しているに過ぎない。政権維持や、党利党
略だけで動いている。信念を持って佐藤氏を任命したのあれば、橋本総理の正
しい対処のしかたはそれを押し通し、内閣不信任が通れば、総辞職するか、国
会を解散して国民の信を問うべきである。もともとそこまでやるつもりは内閣
はもちろん、与野党ともにないのである。茶番劇である。
1997/9/27
Tadashi HAYASE
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