2009年 今週の意見 10月
今週の意見(649)
ポニョが救った崖の下
瀬戸内海国立公園の景勝地、鞆(とも)の浦(広島県福山市)の埋め立て・架橋計
画に反対する住民が「歴史・文化的景観が失われる」として、広島県を相手取り埋
め立て免許の差し止めを求めた訴訟の判決が1日、広島地裁であった。能勢顕男裁
判長は、鞆の浦の景観を「国民の財産」と指摘、「埋め立てがされれば景観への影
響は重大で、原告の訴えを認め、県に差し止めを命じた。
景観保全を理由に着工前の工事の差し止めを初めて命じた画期的判決である。今後
の開発行政、国全体の公共事業に影響を与えるのは必至だ。
鞆の浦は万葉集にも詠まれ、宮崎駿監督が映画「崖の上のポニョ」の構想を練った
ことでも知られる。この判決を聞いて、宮崎監督は「すばらしい判決だ。今後こうし
た自然景観を開発中心主義の発想から守る歯止めともなろう」と言う趣旨のことを語
っておられる。
こうした自然破壊につながりかねない公共工事について地元有志が差し止め運動、
訴訟を起こしているケースは全国各地であり、この判決は今後その行方に大きく作
用することは間違いない。
公共事業と言えば、9月16日に政権交代が起こって以来、毎日マスコミ報道を賑
わせている群馬県の八ツ場ダム、熊本県の川辺川ダムの建設中止問題がある。川辺
川ダムの方は県知事も元々反対を唱えているから、決着は早いだろうが、八ツ場ダ
ムの方は群馬県知事が建設継続を訴え、多くの地元住民も中止反対の声を挙げてい
る。その決着には時間を要する形勢だ。中止反対派、県知事などはそれが利水治水
に必要だとしているが、前原国土交通相は、真っ向からその必要性を否定している。
50年間この問題で振り回されてきた住民が、その必要性の有無の問題より、感情
的な理由で中止反対を主張するのは無理からぬことであって、これには前原氏が誠
心誠意その補償を行うことを言明していることも当然のことである。ことこの問題
に関してはもう政権党によって中止決定はなされたのだ。後は住民の補償を以下に
行うかだけである。
民主党八ツ場ダムの名前を具体的にマニフェストに掲げてその中止を訴えたことを
自民党はけしからんとしているが、それ以外どうして公共事業の名の下に行われる
このような膨大な無駄使いをやめさせることができるのか。八ッ場ダムはその象徴
的、代表的なものとして、まず冒頭に取り上げたことには違いないが、これからこ
れに続く川辺川ダムをはじめとして、140にも上るダム工事の見直しが行われる
のである。
中止されるもの、中には継続されるものがあってもしかるべきなものもあろうが、
その判断基準が単に利水・治水ということだけでないことを今回のこの鞆の浦判決
が教えてくれたのだった。利水・治水の名の下、すでに完成され、使われているダ
ムも多いが、実はそうしたものが如何に自然の景観を損なってきたかという論点が
ほとんどなかったように見える。
一つ極端な例を挙げるとあの有名な黒四ダムなるものがある。あれは国の事業でな
く、関西電力が電力開発の目的で行ったものだが、今それが果たして電力供給面と
いう面でどれだけ役立っているのかという根本的な問題がある。黒部ダムは今や電
力会社にとっては、電力資源というより、大きな観光資源となっているという実態
ではないのか。観光資源というのなら、あれこそ膨大な自然破壊の例とされてもお
かしくないものではないのか。
話は横にそれてしまったかもしれないが、これからのダム建設の見直しの基準には
是非治山、治水、利水という観点のみならず自然環境保護、景観の保護という観点
をつけてもらいたいということだ。
あまり映画館で映画を見ることはない私だが、「崖の上のポニョ」は昨年夏休みの頃
だったか、四歳の孫をつれて近くの映画館に見に行ったのだった。ストーリの面白
さはもちろん主人公のポニョと小年が活躍する海と山と海岸の町のすばらしい光景
に魅せられた。しかしそれがこの鞆の浦がそのモデルであったことはこのニュース
で初めて知ったのだった。
鞆の浦のすばらしい景観を写真で眺め、それがそのまま守られることになって、ほ
っとしているのは私だけだろうか。
2009/10/3
早勢 直
今週の意見(650):
「ウィニー」勝訴
IT業界・研究界、著作権を守りたい業界団体、そしてパソコン一般ユーザとって
注目の二審判決が出た。ファイル交換ソフトの「ウィニー」をつくって公開したこ
とで著作権法違反幇助(ほうじょ)の罪に問われた元東京大助手に対し、大阪高裁
は一審の有罪判決を破棄、逆転無罪を言い渡した。8日のの朝日新聞は社説でそれ
を妥当な判決だとしていた。まずは社説で書くほど重要な問題かということがあろ
うが、これは重要な問題なのだ。朝日の社説の内容には概ね賛同できる。
「ウイニー」が開発されて以来、企業や、公官庁でさまざまな機密漏えい事件が多発
した。ましてや開発者の金子勇氏が著作権侵害ほう助罪に問われ、一審で有罪とな
ってからは、企業や官庁ではこのフアイル交換ソフトのパソコンへのインスト、使
用を禁止するのが常識的措置となっていた。そんなソフトに一般ユーザも手を出す
わけもなかった。フリーソフトで安全の確認されたものなら、何でも入れてみて試
してみる私などもさすが、このソフトだけに手を出すことはなかった。
しかしこのソフトが使い方によっては、それを利用する当事者にとって大変便利な
ものであることは理解していた。そしてそうした画期的なソフトを開発したこと自
体がどうして罪になるのか、よくわからないのであった。これについてはT技術開
発に関わる学者、研究者、ソフト開発担当者の一致した思いであったのだろう。金
子氏はもちろん、そうした技術を開発するものが、著作権を侵したりすることを前
提に、またそれを想定してソフト開発に当たることなどありえないことだ。もちろ
んその可能性があることは承知していたかもしれないが、それに関する注意もうな
がしていたようだ。
関係者はこの二審判決が、多分最高裁による最終判断になるだろうとほっと胸をな
でおろしているところであろう。もちろん検察は控訴するだろうが、二審判決を再
度逆転の可能性は低い。
実はこのP2P(ピア・ツー・ピア)と呼ばれるネット基本技術を使ったソフト・
サービスに、一般ユーザーが幅広く使っているものがある。例えば、今チャットや
電話機能で世界的に大きなシエアを持っているスカイプがそうだ。パソコン、イン
ターネットをやっているものなら、その便利さを知っている。私もそれをパソコン
仲間とのチャットや長距離電話のために使っている。それを聞いて、なるほどそう
かと思われる方も多いはずだ。
いや、スカイプも去ることながら、もうちょっと古いパソコンユーザーならこのウ
ィニーのイメージに近い、フアイル交換ソフトのすごさを体験している。 それは
1999年ナプスターというアメリカITベンチャー企業が始めた音楽フアイル交
換サービスである。そのサービスの会員になると、あらゆるジャンルの音楽データ
をそれを持っている会員同士で無料交換できるというものだ。当時はマスコミでも
それが話題になり、ニュースショーでそれを紹介したりしていたものだ。その評判
を聞きつけて私もやった経験がある。
方法は極めて簡単、会員としてそのサイトにログインし、自分の欲しい曲データ、
例えばベートベンの「英雄」のMp3データが欲しい旨入力すると、それを持ってい
る世界中の人のサイトが表示される。それで適当なものを発見したら、それをクリ
ックして自分のパソコンにダウンロードすればいいのだ。当時は今のようなブロー
ドバンド時代でなく、私はISDNで通信をやっていたが、スピードが遅く、「英雄
」を一曲ダウンロードするには、60分、いや90分は掛かったかもしれない。が、
定額性であったから、それ自体は問題でなく、そうしたダウンロードをやった記憶
がある。
ただそれが出来たのはほんのしばらくの期間で、その行為自体著作権に違反すると
いうことで、アメリカの法務当局は中止を命じた。それを受けて、ナップスターは
そのサービスを中止してしまったのだった。そのいきさつは、ウイキペディアなど
に詳しく書かれているので関心のある方は読まれるとよい。
当時は、へえ、こんなことが出来るのかと何度かやってみたのだが、その後そうし
た事態になってなるほど、それはそうだろう、そんなことが許されていいはずがな
いと思ったのだった。
金子氏のウィニーが頭から悪玉視されたのは、過去にそうしたいきさつがあったた
めでもあると思われる。もちろん先に述べたように、重大な秘密漏洩事件が起こっ
たということもあろう。しかしこのソフトが本来正しい目的で使われるなら、利用
者にとって大きな便宜を提供することも想像に難くない。
どんな製品、技術もそれが便利であればあるほど、それを悪用するものが出てくる
ことは世の常である。ATMを使った振り込め詐欺などもそうだし、インターネッ
トの存在そのものがそうだ。その超便利な仕組みを悪用するものが次から次へと出
てくることは事実である。しかしだからと言って、インターネットの利用をやたら
制限してみたり、さまざまな規制を掛けようと、そればかりに力を注ぐことは間違
いであることを認識すべきである。
そういう意味でも今回の二審判決がIT関係者の間では極めて妥当なものという見
解の多いことは当然だと思うのである。
2009/10/10
早勢 直
今週の意見(651):
羽田ハブ空港論をめぐって
前原国土交通相が大阪を訪れ、大阪の橋下知事と会見した際、橋下知事が関西国際
空港をハブ空港とするべきだと主張したが、前原氏はそれには必ずし直ちに同意し
なかった。前原氏は羽田空港を例にあげ、日本のためにはこれをハブ空港化するこ
とが必要だと述べた。それが一連の騒動の発端だった。私は前原氏は新国土交通大
臣として当然の見解を述べたものと理解していたのだが、会見後、橋下知事は羽田
のことはそっちのけで、自らの主張である関空ハブ空港化を認めないのかと批判し
たのであった。
そのことはそれで終わりかと思っていたら、今度はその前原発言を聞いた千葉県知
事の森田知事がその発言に噛み付いた。森田氏は千葉県知事の自分になんの相談も
なく、国際空港たる成田をないがしろにし、羽田の国際空港化を言うのかと怒った
わけだ。かって国が成田住民の反対を押し切って国際空港を作ったいきさつを持ち
出し、そのいきさつも考えないで、今度は、成田の国際空港の立場を奪おうとする
のか、と怒ったわけだ。
前原氏はなにも成田から国際空港の地位を羽田に移そうと言ったのでないことなど
空港問題など知識のない私にだってわかる話である。前原氏はただ、東アジアでは
今や韓国の仁川空港がハブ空港として成功し、日本の成田がその地位を奪われてい
る事実を述べ、羽田に4本目の滑走路ができるのを機会に、羽田の国際便を増やせ
ば、国内線とあいまっ、羽田のハブ空港化ができると言ったまでだ。それについて
は東京の石原知事や神奈川の松沢知事、それに経団連会長御手洗氏なども支持を表
明している。
おもしろかったのは、怒ってこぶしをあげた森田知事が、その真意を確かめるため
に翌日前原氏に会見した時のことだった。前原氏が,羽田のハブ空港化はなにも成田
から国際便を移そうというのでなく、成田は成田で引き続き国際線空港として存続
し、羽田をハブ空港化することで、日本全体の航空行政の発展につながるものだと
いう説明をしたのだった。森田知事はそれを聞いて納得した。納得もなにも、最初
からそんなことは、常識的に考えたらわかることではないかということだったのだ。
橋下知事も知事で、前原氏を批判したことはまずいと思ったのだろう。「羽田のハ
ブ空港化は必要なこと、ただ関空のハブ空港化も必要なことと主張したまで」とト
ーンダウンしたのだった。関西については、前原氏にしてみればまだこれからの検
討事項だからなにも言わなかっただけのことで、関西や大阪の空港のことはこれか
ら国としても真剣に検討していあかなければならないことはわかりきったことであ
る。
こうした知事達の発言を聞いていると知事というのはいかに自分の地元のことしか
考えていないかよくわかる。八ツ場ダムのことなどもそうだ。中止反対を言うのは
いいが、すべて自分の地元の利害のことしか考えていない。ダム工事といった公共
事業はもちろんのこと、航空行政のことなどそれぞれ地元の利害だけでことが決ま
るわけでない。それは大きく国家的見地から決めなければいけないことなのだ。
今回の一連の騒ぎでこうした地方知事の言動を見ていて、日本の知事というのは達
がいかに国家的視野にかけているかいみじくも露呈してみせてくれた。新政権下、
これから地方分権が進むと言う中で、各地方の知事たちがその地元だけの利害のみ
を前面に出すようなことでは国益が損なわれることになりその行く末が心配だ。こ
の羽田ハブ空港のことをめぐってはからずもそれが露呈した。
知事たちが、それぞれの地元の利益を主張するのが悪いとは言わない。それが一つ
彼らの役割であることは認めよう。しかし、その一方で地方だって、国家あっての
地方なのだ。もちろん地方あっての国家ということもそうなのだが、地方分権とい
うことは、地方は地方だけのことを考えればいいということではない。前原氏の言
を借りれば、地方と国家はプラスサム、地方の力の合計が国家の力というのでなく
それ以上の合計の力を発揮されるような関係でなければならないはずである。
この羽田ハブ化をめぐっての騒動は、新政権下本格化する地方分権化論議に難題山
積を予感させることであった。
2009/10/17
早勢 直
今週の意見(653):
「脱官僚支配」と「脱官僚」
10月22日のBLOGでも、日本郵政社長に元官僚の斉藤次郎氏が起用されたこ
とで、マスコミ、自民党関係者などからさまざま批判が出たが、そのどこがおかし
いのか、と書いた。それにいくつか異論のコメントをいただいたので、それに答え
る意味で再度私見を述べておきたい。
鳩山首相が選挙中訴えたのは「脱官僚支配」ということであって、「脱官僚」ではない。
昨日の朝日社説にしても、今朝の時事通信の亀井氏の反論にしてもそのことが混同
されて論じられているようだ。それは間違いであると明言しておく。
そもそもいかなる政治体制にあっても、いかなるレベルの官僚であっても、政治主
導のもと、政府内部はもちろん、政府関係の機関で官僚が必要なポストに指名され
使われて一体どこが悪いのか、それをいけないというそのわけがわからない。現鳩
山内閣にも、元官僚の閣僚、副大臣、政務官クラス数多くいるのはもちろん、新設
の主要ポストに現職の官僚が指名されることは特に珍しくない。政府内部ですらそ
うなのに、日本郵政の社長に元官僚の斉藤氏が指名されて一体なにが悪いのか私に
はわけが分からない。
民主党政権が「脱官僚支配」をうたいながら、官僚を使うのがおかしいという論理の
奇妙さといったらない。問題はその指名があくまで政治の意志で行われたかどうか
なのだ。郵政担当大臣の亀井氏が、その政治的意思として、元官僚の斉藤氏を指名
した。官僚であるとか、民間人であるとかは全く関係ない。亀井氏は、その人が今
の日本郵政という組織の責任者として適当であると判断して任命したのだ。民間出
身であろうと、官僚出身であろうとそんなことは全く関係ない。亀井氏の政治的意
志として、斉藤氏が官僚としてはもちろん民間会社のトップとしての経験の豊富さ
とその経営能力がすぐれているとの判断で任命したのだ。そのどこが悪いのか。小
沢氏との関係うんぬんの話もすでに述べたが、それが政治的に好ましいと判断した
のかもしれない。しかし、それも当たり前のことではないのか。
再度言うが「脱官僚」と「脱官僚支配」は話の内容が全く違う。「脱官僚」などという言
葉がもし官僚を排除するという意味であればそもそもそんなことはありえない。官
僚なくしてどうして政治がやっていけるのか。
「脱官僚支配」とは、官僚が事実上政治家大臣の支配権まで奪ってしまうような体制
事態を言っているのであって、行政府の仕事やその他政府関係の仕事に官僚を使っ
てはいけないということでは決してない。政治家が責任をもって任命する人材は官
僚であろうと、民間人であろうと学者であろうと分野に関係ない。ただしその結果
責任は政治家本人、それに内閣、政権党が負うべきことは言うまでもないことだ。
問題はその人事で今後日本郵政がうまく行くかどうかである。郵政民営化というこ
と、先の政権がやろうとした路線がそもそも正しかったのかどうかが今問われてい
るのだ。正直なところ、私自身先の政権による路線と、これからそれを修正しよう
という路線の違いがよくわかっていないところがある。民主党が政権とって、国民
新党と連立で郵政事業の見直しをやろうとする以上、社長人事を含めてその運営は
政権党に任されたのだ。それを前の社長が民間人であったのが、今度は官僚になっ
た、それがおかしいなどという論理そのものがおかしいと言わざるをえないのであ
る。
2009/10/24
早勢 直
今週の意見(653):
相変わらずのネガティブキャンペーン
10月25日、鳩山所信表明演説に対する代表質問が始まった。自民党の谷垣総裁
総裁選に出た西村康稔氏など質問に立っていた。谷垣氏は民主党の公約はいずれも
実現のハードルが高いこと、特に財源が問題であることを盛んに説いていたがこれ
って、選挙前からさんざん言っていたことだ。そして予算作成の中で民主党が財源
捻出に苦慮し、財務大臣の藤井氏が国債発行を示唆したことをとらえてほらみたこ
とか、と言ったのだった。そして100兆円にも及ぶ巨大予算について批判の弁を
述べたのだが、鳩山首相は補正予算を含めて105兆円もの予算を組んだのは一体
どこの党かと反撃したのだった。
そこで出た言葉は「あなた方には言われたくない」だった。あなたたち自公政権が、
大借金の体質をつくっておいてそれを批判する資格などあるものかと反撃したわけ
だ。それは全くそうなのだ。
いつもBLOGで交流しているブロガーの一人が「あなたには言われたく」という言
葉が今年の流行語大賞になるだろうと言ったが、まさにそうかもしれない。
この言葉、本会議場ではともかく、これから臨時国会、本国会でのあらゆる委員会
でのやり取りでしょっちゅう出てくる言葉になるだろう。野党自民党が、民主党の
政策、方針について、厳しく追求してきた時に、反論として必ず出てくる言葉だろ
うと予測される。それは今懸案の問題、難題となっているあらゆる問題がそうなの
だ。自民党がそれらの問題についての民主党の迷走ぶりを追求すると、だってそう
した問題をずっと放置してきたのは自公政権ではないか、と反論せざるをえなくな
る。全国40にも及ぶダムの問題、JALの経営破たん問題、羽田空港ハブ化の問
題、普天間沖縄基地の問題など、今民主党が直面している難題はすべて前政権の負
の遺産なのである。
新政権がこれまでの施策をすべて放棄し、ゼロベースでスタートできるのなら、こ
とはより簡単だが、外交問題をはじめとして従来のものを継続しながら、公約とし
たことを新しく実施して行かなければならないのだ。その難しさは想像以上のもの
があろう。
だから、「あなた方に言われたくない」という言葉は、言ってもいいが、もう与党に
なった以上、多発するべきでないのである。一つにはあえてそれを言わなくても、
多くの国民はそれが分かっているからだ。自公政権が失政を繰り返した結果を見て
民主党がなんとかするだろう、新しい手を出すだろうと期待したからこそ政権交代
させたのだ。政権党が泣き言を言ってはならないのだ。
説明の必要上、これまでのいきさつは説明はもちろん必要だ。「これまではこうであ
った。現状これにはこれこれの問題がある。総合的に判断してこれからは、与党の
責任でこうする」というスタンスで説明すべきなのである。
「あなた方に言われたくない。さんざん間違っておいて何を言うか」では末期の自民
党が野党の民主党についてネガティブキャンペーンをやったのと同じことになる。
ネガティブな答えでなく、その反省を踏まえて、今後与党の責任としてこうすると
いうポジティブな答えをせよということである。難題についてあれこれ迷うのはし
かたがない。しかし最後はよりよくするためのに、こうするという積極的な答えを
すればいいのである。
自民党の衆参における自民党の代表質問を聞いていると、相変わらずのネガティブ
キャンペーンのオンパレードである。自らの党の政策を示さないで、それとの対比
を言わないで相手の政策の批判ばかりしていてはダメに決まっている。そんなこと
では自民党自身の立ち直りは難しい。
お互いのけなしあいは国民の目にはあさましく、情けなく見えるだけだ。与党民主
党はもっと鷹揚に構え、相手の攻撃に、「そっちはどうなんだ」などというのでなく
あくまで政権党としての王道を進むべきである。それが国民の支持を維持し続ける
最善の道である。
2009/10/31
早勢 直
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