2008年 今週の意見 10月


今週の意見(597):

素晴らしい家かおぞましい家か

漫画家楳図(うめず)かずおさんが東京・吉祥寺に建築した赤白横じま模様の自宅
について、近隣住民2人が外壁の撤去を求めた訴訟裁判が29日、東京地裁(畠山
稔裁判長)で始まった。楳図さんが出廷し、「赤白のストライプはわたしのトレー
ドマーク。素晴らしい家だ」と訴えた。楳図さんは「家の形、色彩もバランスがい
い」と主張。不快を訴える原告に対しては「悪意を感じる。新参者のわたしに対す
るいじめだ」と語った。                          

都市の中心地や学校など公共施設の近くに、その景観を害したり、住民の生活その
ものに害を及ぼすようなものを建てることに住民がストップを掛けたりする運動を
行うことはよくあるが、このケースのように個人の住宅街で、しかも個人の住宅建
設をめぐって異を唱え、建設の中止を求める裁判を起こすことは珍しい。    

町、都市の景観を規制する法律は欧米諸国では一般的だが、日本の場合景観条例な
るものがあまりないというのが現状のようだ。ましてやこのケースのように個人住
宅に関しては殆どないというのが現状だろう。何年か前、イギリス旅行したことが
あるが、郊外の風景をバスから眺めていて、どこに行っても住宅の形、色調などが
その風景と実に見事にバランスしていることに感心した。ガイドさんの説明でも景
観を保つために、住宅建設に当たっては厳しい規制があるという話に納得したもの
だった。                                 

一方日本の風景はそうでない。列車の窓から町や田舎の風景を眺めていても住宅の
スタイルはてんでバラバラだ。そもそも日本にはヨーロッパのような景観に関する
規制など基本的に存在しないからなのだろう。                

この吉祥寺での裁判沙汰は私はさもありなんという感じだ。TV報道で見た限りで
はたしかにこの漫画家の赤白横じま模様、妙な形の塔の自宅は、周辺の景観にそぐ
わない。そぐわないというより、住民がおぞましいとまでいうのもわかる。その外
壁撤去を求めて二人の住民が訴訟を起こしたのは理解できる。         

裁判の結果がどうなるか注目である。というのは、そもそもそんな家を建てること
自体を禁じる法律、条令など基本的には存在していないからだ。だから建ってしま
った。住民はもちろん建設にかかった時から訴訟を起こしたのだろうが、その工事
自体にストップをかけることはできなかった。                

仮に裁判所が撤去や、大幅な改造などを求める裁決を出したとすれば一体それはど
ういう法的根拠に基ずくものなのか、そのことが大切なのだ。         

いずれにせよ、この裁判を一つのきっかけとして、日本にももっと街の景観を大切
にしょう、そのための景観規制、あらゆる建築物について、すでにある種のものは
あるだろうが、より厳しい規制を定める条例、基本法の制定などの運動を起こすこ
とがこの際必要だと考えるのだがいかがなものか。              

2008/10/4
早勢 直

今週の意見(598):

日本の学術研究レベルと環境

日本人3氏のノーベル物理学賞に続いて、ノーベル化学賞はボストン大学名誉教授
の下村脩氏が授賞した。まことにめでたいことだし、日本の誇りだと思う。      
                                                                          
                                              
ただ一度に4人も授賞するなど「改めて日本の科学技術のレベルの高さを実証した」
などというマスコミが報道することについてある種の違和感を覚えるものがある。
これまでのノーベル賞受賞者、文学賞、平和賞などを除く物理、化学などの分野で
の授賞者の多くが海外、それもほとんど米国の大学や研究機関に席をおき、その背
景の下で学問的業績をあげているという事実がある。第一回目の湯川秀樹氏をはじ
めとして、今回の南部陽一郎氏、下村脩氏がそうだ。お二人は名誉教授という立場
だが、他の多くの研究者も日本での業績をベースにしているもののいわゆる頭脳流
出のケースなのだ。                                                       

歴代の国別のノーベル賞受賞者(2007年まで)を調べてみた。ウィキペディア
の通りである。文学賞や経済学賞、平和賞などもはいっているから、純粋な科学技
術分野の比較ではないが、大勢の比較はできる。トップのアメリカの304、イギ
リスの106、ドイツの80と続くが日本は15と世界第8位である。8位なら上
出来だといえるかどうかである。そうと言えなくもないが、日本はアメリカに次ぐ
世界第二位の経済大国なのだ。それにしてはなぜアメリカにこんなに大きな差をつ
けられているのかという問題なのである。しかも上記のように日本の授賞者の多く
がアメリカの大学や研究機関に席をおきそこを研究のベースとしているという事実
をなんと見るかである。                                                    

日本人研究者は優秀なのは間違いない。しかし、日本の大学や研究機関は組織とし
てまたそのあり方自体が問題だという事実をもの語っているのではないのか。なぜ
アメリカからこれだけ多くのノーベル賞学者、研究者を輩出するか。逆に日本の東
大を頭とする日本ではトップクラスといわれる大学、研究機関からは数えるほどし
かノーベル賞受賞者はいない。                                              

その理由はいろいろあろうが、日本の多くのノーベル賞受賞者自体がアメリカの大
学、研究機関に流出しているという事実、そしてその経済的背景、研究の環境的背
景などがあることを忘れてはならないのである。アメリカの大学での研究機関が経
済的に恵まれているということがまず重要だろうが、それだけでなく、学術研究に
ついての厳しい競争関係の存在ということもあろう。                          

話は突然変わるが、日本のプロ野球機構が社会人や高校生プレヤーのメジャー流出
を防ぐための禁止的措置を打ち出した。いかにもけちな、目先のことしか考えない
措置である。あんなやり方が日本のプロ野球をますますダメにする。            

いやこの話と日本の研究者の海外流出の話には全部ではないが共通性がある。アメ
リカという国はその点では実にオープンな国なのだ。どんな分野にせよ、優秀なも
のは優秀として国境や、出身先など関係なく優遇する。だから世界中から一流の人
材が集まってくる。そして中にはそこで永住し、市民となりアメリカ社会に貢献す
るものが沢山出てくる。その中での高いレベルでの競争関係の存在ということがあ
る。                                                                      

日本はどうか。すべてその逆である。野球界はもちろんビジネスの世界そして科学
技術の分野でもその閉鎖性は今更論じる必要もない。人口減少、少子化にともなう
社会の活力低下の問題とも無関係ではない。                                  

日本から4人ものノーベル賞受賞が出たことは本当に明るいニュースではあった。
がその一方でこうした日本の社会の閉鎖的な構造の問題自体をもっと論じるべきで
ある。日本がアメリカのような研究大国になるためには、一体どうしたらいいのか
という大きな問題がある。                                                  

2008/10/11
早勢 直

今週の意見(599):

解散カードをもて遊ぶのはやめよ

麻生首相が解散総選挙の前にやらなければならないという条件がいくつかあった。
一つは緊急経済対策としての補正予算を成立させること。これは民主党が賛成する
ことで衆参両院を通過し成立した。その次はインド洋における給油活動をさらに一
年間続けるための補給支援特別措置法改正案を成立させること。これも民主党は法
案そのものに反対し、参議院では否決するするものの、与党が3分2の多数で国会
会期中に衆議院で再可決成立させることを容認した。             

これで麻生総理が解散を先延ばしする口実がなくなったはずなのだが、アメリカ発
の金融不安、株価の大幅下落の実体経済への深刻な影響が起こりつつある状況の中
で、麻生総理は今度は、実体経済への深刻な影響を避けるために更なる追加的経済
措置が必要だと言い出した。政府与党はそれを受けて、定額減税策ほか追加的な景
気刺激策の検討を進めているところである。                 

当初は10月26日解散、11月初め総選挙という予定で進んでいた。それは麻生
総理自身月刊誌文芸春秋で、この臨時国会冒頭で解散することを明言していたのだ
った。ところが麻生内閣発足後の内閣支持率が、当初の想定ほど高くなかったこと
や、自民党が独自に行った選挙情勢調査が思わしくなかったことから、急遽冒頭解
散がなくなったようだ。冒頭解散をやめた最大の口実が勃発したアメリカ発の世界
的金融不安だというわけだ。麻生総理が解散総選挙先延ばしの絶好の口実となった
わけである。この非常事態に、解散で政治空白を作るわけには行かぬという言い分
だ。                                   

この事態の下、緊急経済対策が必要なことは誰も否定しない。一つにはそれが補正
予算ではなかったのか。だから与党はもちろん野党民主党も賛成に回った。いずれ
にせよ、それは緊急避難的なものだ。                    

が、今度は定額減税などさらなる追加策を言い出したわけだ。これについては、民
主党もそう簡単に賛成するわけにはいかないだろう。とりあえず必要な緊急的な措
置は講じる必要性は認めるものの、本格的景気対策、というより長期的、構造改革
的経済政策は、総選挙を行い、安定した政権のもとで策定すべきだという民主党の
主張は正しいものではないか。今の政治状況は極めて、不安定なもの、麻生内閣自
体が選挙管理的内閣であることは明白である。                

麻生総理は今は「総選挙で政治空白を作るべき時でない」などと折に触れていって
いるがこれがどこまで本気なのかわからない。総選挙を先延ばしすること自体が最
大の政治状況の空白を生み、結果として本格的経済政策の遅れを招来するものであ
る。麻生内閣がこの先このままの政治状況の下でどんな政策を実現しようとしても
衆議院と参議院のねじれでそれが実現できないことは明らかである。      

そうした状況にあって、麻生総理は「解散権は我にあり」と解散のカードを握り、
与野党を含めて政界をいらいらさせている現状こそが最大の政治空白を作りだして
いるのであってこうした状況を続けること自体が内閣支持率をさらに押し下げ、与
党にとってさらに選挙に不利な状況を作りだしていくこともわかっているはずなの
にだ。                                  

民主党をはじめ野党はあまりあせらないことだ。こんな政治状況を続ける与党に鉄
槌を下す日は近いことを信じて今はじっと我慢するしかないようである。それにし
ても解散カードをちらつかせながら、その手の内を見せない麻生総理の態度には、
国民の一人として腹が立つ今日この頃である。                

2008/10/18
早勢 直

今週の意見(600):

ホテルバーは首相の哲学

麻生総理が毎夜のようにホテルのバーなどに出かけることが問題になっている。そ
れがどうしたと言われれば、どうということないのかもしれない。問題はそのこと
の倫理的な意味での善悪でなく、一般国民がそれを見てどう感じるか、そのことを
なんら心配しないその感覚がおかしいと野党がいい、一部マスコミも批判の目を向
けているのではないだろうか。                       

国家の首相たるもの芸能人でもなく、有名野球選でもない。庶民感覚をもっと身に
つけておいて欲しいと国民が願望するのは至極自然の情ではないのか。たまになら
いいが、まさに毎夜ホテルのバーで過ごす、いや、さまざまな政界の人と会い、政
治の話、天下国家のことを相談したり論じたりしているのだろう。そのどこがいけ
ないのか、ホテルは安全で静かな場所だからそれができるのだというのが麻生総理
自身の言い分だ。それはわかるが官邸などそうした目的を達成するためにあるはず。
それがどうしてホテルのバーでなければならないのか。            

麻生首相が人気があるのは、漫画を読んだり、政治家らしい堅苦しい言い方でなく
軽妙洒脱なるものの言い方とか比較的に物事をわかりやすく説明する。それが人気
の元であった。それが庶民感情というものの中身の一つだ。それが、ホテルのバー
が何が悪い、何が高いのだ、などといわれてみると、へえ、そんな感覚なのかと多
くの庶民は改めて思っているに違いない。ホテルで飲むのはカクテルか、シャンパ
ンか、ワインか何か知らないが最低一杯1500円、2000円する。そこに座っ
ただけで一人 1万円、2万円いやもっとかもしれない。高い料金が相場なのである。

そこに呼んだゲストが数人いたとして2時間いればそののチャージはおそらく十数
万いやもっと高いのかもしれない。個人のポケットから出るものだから文句あるま
いなどという問題ではないのだ。今雇用問題になっているパートだ、アルバイトだ
となると一ケ月、二ケ月フルに働いても稼げないかもしれないおカネなのだ。それ
が「安いもの」などと片付けられたたまったもんじゃない。芸能人だ、プロスポー
ツの選手がそれをいうのなら許せるが、政治家はその庶民の生活を守るための政治
をやって欲しい。またそう思っているのだ。それを「ポケットマネーでやっている
のだ。どこが悪い」などといわれたらカチンとくるのは当たり前だろう。    

いや、そうした批判に答えて松本副官房長官が言ってることが傑作だ。「基本的に
は総理本人のライフスタイルというか哲学」と首相を擁護したそうだ。ライフスタ
イルというのはまだなんとなく分かるにしても、「哲学」とは一体どういう意味な
のだろう。高級バーで高い飲み物を片手に葉巻をくゆらすことが「哲学」ですと?
 一体どういう意味だろうか。                       

2008/10/25
早勢 直
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