2006年 今週の意見 10月
今週の意見(494):
一票の格差合憲判決
最近毎朝ヤフーのニューストピックスをネタにブログを書くことにしているが、
今週も北朝鮮の核実験のこと、フランスの競馬に出たデイープ・インパクトが敗れ
たこと、韓国の外相が次期国連事務総長に内定したことなど話題に欠くことはなか
った。その中であまり目立たたず、ヤフーのニュースでも副次的に出ていたのがこ
のニュースである。
議員一人当たりの有権者の格差(一票の格差)が、最大5.13倍に拡大した
2004年の参院選挙区の定数配分は違憲だとして訴えられていた裁判で、最高裁
が一審・高裁の合憲判決を支持し追認したというニュースである。ただし判決では
国会は「その是正を早急に進めるべし」という異例の注文がついていたそうだ。
最高裁判事15人のうち5人は違憲であるという少数意見であった。
合憲だがそれを是正すべきという注文は当然のこと。しかし一体これは何だと思
った。判決の趣旨は要するに5倍もの格差は事実上違憲だが、これまでの実績それ
に基づく制度の運営上やむをえない、ということなのだろう。これぞまさしく日本
的問題解決策の最たるものではないか。
国の行政、立法が法律通り行われているかどうかを監視し、間違ったことをやっ
ていたら、間違いは間違いと指摘し、憲法、法律に基づいた制度運営を促すのが、
司法の役割ではないのか。違憲判断をして、選挙やり直しにでもなったら国は大混
乱に陥ることになるが、しかし時と場合によってはそれもやむをえない。そもそも
最初から、その判決は憲法とか法とかでなく、その判断は政治的に行われているの
である。これは民主主義の根幹を揺るがす大事ではないのか。
安倍内閣の発足で与野党の攻防が激しくなる。その焦点の一つがいわゆる格差問
題である。こちらで言っているのは国民の生活、所得など経済的なことである。そ
れも重要でないとは言わないが、しかし与野党ともこの一票の格差問題をまともに
とらえているところはどこもない。下手に騒いで、自分たちの議席数が減らされた
りでもしたら大変だからだろう。実におかしなことではないか。
このことをブログに書いたあくる日の朝日新聞の社説でも、これについて最高裁
は違憲判決をすべであったと書いていた。私自身少しそれで納得がいった。
2006/10/7
早勢 直
今週の意見(495):
大岡裁き
木曜日のYahooニュースですが、あえて主要部分を引用します。
「娘の再婚に反対し、2001年に札幌市内の娘の家から孫娘(8)を連れ去った
として未成年者誘拐罪に問われ一、二審で懲役10月を言い渡された会社役員の男
性(57)と妻(56)の上告審弁論が7日、最高裁第一小法廷(才口千晴裁判長)
で開かれ、上告した弁護側は「当時、娘は養育を放棄し、夫婦が孫娘の事実上保護者
だった。連れ戻しは犯罪ではなく実刑も重すぎる」と主張。「実刑は重過ぎ、破棄し
なければ著しく正義に反する」と述べ、それぞれ懲役10月の実刑とした一、二審判決
を破棄、改めて懲役10月、執行猶予3年を言い渡した。これで確定する。」時事通信
こんな事件があったとは知らなかった。最近幼児虐待事件が多発し、なんの罪もない
幼児が死にいたる痛ましい事件がいくつもあった。そんなニュースを聞くたび私は
はらわたの煮えくりかえるような思いをしたものである。多くの場合今回のような
ケース、つまり母親の再婚などで家庭に入りこんできた男が、幼児を虐待するという
ことである。そうした事件が起こる都度監視を行っているはずの公的機関の人たち
は、反省の弁を述べ、今後再発防止のため監視を強化しますなどという事ですんでし
まう。
この老夫婦が幼児を連れ去ったのはそれなりの事情があったことは明白。虐待の事
実などもつかんでいたからにちがいない。いくら祖父母とはいえ、誰がかわいい孫
を親から引き離そうとするものか。やむにやまれなくそういう行動に出たのだろう。
検察の弁がすごい、そういう事件の背景を考えず、「目的のためには手段を選ばず
孫の人格を無視した身勝手な犯行」とし、実刑を言い渡したわけだ。
しかしさすが最高裁。その動機、事実関係をきちんと把握した上で、老夫婦のやむ
をえざる行動を斟酌し執行猶予としたのはきわめて妥当な判決ではないのか。私自
身の感情的判断では無罪でもいい。しかし、それではさすが現在の法にかなってい
ないということであったのだろう。罪は罪、しかし、それにいたった動機は正義に
もとづくものだという判決であったのだ。これぞまさしく大岡裁きではないか。
私自身は目先の判断にとらわれた一審、二審を覆した最高裁に拍手を送りたい。
大いに納得である。みなさんどう思われますか。
2006/10/14
早勢 直
今週の意見(496):
日本核武装論
核武装論について、日本は基本的に非核三原則でいくが、可能性について議論位
していいという麻生大臣、中川政調会長などの発言が国内、国際的にも波紋をよん
でいる。20日の朝日新聞社説などでは早速これは不適切発言だなどと批判してい
たが、私に言わせるとお二人の発言は至極当然のなりゆきではないかと考える。こ
れくらいのことじゃ、実は安倍総理大臣が自身が発言してもおかしくない。いやご
本人はそう思っているし、ほんとうはそれを言いたいのだが、それはやらない方が
いいことはさすがおわかりのわけだ。
代わりに麻生外相、中川政調会長の発言となっている。それを打ち合わせてやっ
ているわけではないだろうが、日本流あうんの呼吸でやっているのだろう。
ブッシュ大統領の発言だってそうだ。中国にそのことをわざわざ説明したりして
いる。その代わり、ライスがやってきて、もし日本が攻撃されたらアメリカは断固
日本を守るよとわざわざいいに来たわけだ。こちらは当然大統領の発言と連動した
話にちがいない。
核武装論については実は韓国自体もそれを大々的にやってもいいのだが、韓国は
国の外相が国連事務総長になったといういきさつもあって、こちらはあまりそれが
出てこない。
これらは要するに核武装さえすれば、自国は攻撃されることはないと信じて核武
装に走っているあの愚か者国家の対する共同メッセージなのだ。中国だって、日本
が核武装に走ることなんてないことはわかっているがわざわざそれに懸念を表した
りしているのではないかと思う。もっともこちらは日本の核武装こそ絶対に阻止し
なければならないことだから、半分ジェスチャー、半分本当に懸念というところな
のだろう。
このことに関しては日本の国内は国論というか、その戦略は一致していなければ
ならない。北朝鮮に対するメッセージとしては、日本の国内は一致して「そっちがそ
っちならこっちも核武装だ」というメッセージを送ってやることが、国家安全のため
に一番効果的であることであるに違いない。あの国に対してである。そのことは、実
は日本をなめてかかっている韓国や中国に対してもそのスタンスを修正させる絶好の
機会になっていると私は思う。
いうまでもなく日本国の首脳達は核武装などするつもりはないし、またすべきで
もない、できるわけなないと考えているに違いない。同盟国のアメリカももちろん
それを容認するつもりはない。が、ある意味で日本がその可能性について言及する
ことは戦略上必要だと思っているにちがいない。
それがわかっておらず、ただただ日本は非核だ、周辺事態認識は間違いだだ、軍
事強化反対だのと唱えている野党はほんとダメである。まあそれはそれなりの役割が
必要なんだろうけども、もしその野党まで一致して核武装の可能性も検討してみよ
うとやったら、この戦略、いやこんなの単なる戦術かもしれないが、ある種日本の
安全保障のために必要な論争なのだ。
2006/10/21
早勢 直
今週の意見(497):
必修科目未履修
このニュースを聞いた時、思い出したのが耐震基準に満たない建物がどんどん建
ってしまった事件。それに比べたらこっちは単なる履修単位の問題だ。別に命に関
わるわけじゃないし、生徒にとっては受験第一という大義名分がある。問題発覚し
てインタービューに出てきた校長もさほど悪びれた様子もなかった。
岩手県、富山県他各地に同じようなケースが出ているが、どうやら問題は氷山の
一角らしい。日本という国は不思議な国で一つ不祥事が出てくるとあっという間に
あちこちに飛び火する。
この国は要するに建前社会なのである。法令も規則もみな単なる一つの建前だと
思っているのだ。必修科目なんて実は建前、第一センター試験ではそんなものを求
めていないではないか、文部科学省だってそう建前で決めているだけで、まあ適当
にやれということだと学校関係者はみな思ってきたに違いない。お互いの情報交換
だって多分やっている。ひょっとすると県の教育委員会関係者だってその実態をあ
る程度わかっていたにちがいないのである。で、ないとこれだけの違反ケース今ま
で全然わからなかったというはずがない。
しかし違反をした方が悪いとなる。各県の教育委員会、事務局は規則通りやらな
かった学校長を処分して一件落着にするつもりだったに違いない。が、これだけ
あちこちに飛び火すると、文科省も黙っておれなくなった。今度は文科省が教育委
員会やその事務当局のあり方が問題だと言い出した。教育再生会議で教育委員会制
度の見直しまで言い出したのである。まさに泥縄式解決とはまさにこのことを言う
のだろう。
受験のためのカリキュラムを組んでどこが悪い、記者会見の校長は開き直った
風情であった。そもそも何が悪いかというとそういう受験制度がすべての大学
進学の仕組みそのものが問題なのでだ。あのような統一的なセンター入試試験制
度そのものの見直しが必要なことは以前から指摘されてきたことだ。そもそも
高校教育とは一体なんのためにあるのか。ただ進学のためのなのか。
問題は高校だけでない。そうして選ばれた大学の教育レベル、教育のやり方大
学のあり方そのものがまた大問題を抱えているのではないか。
どうやら教育再生会議の問題テーマは実に大掛かりなものになりつつある。幼稚園
から始まって、小中の義務教育、高校そして大学。それぞれが抱えている問題を考
えるとまさに気が遠くなる思いである。
でもそうした根本的問題の一つづつに道筋をつけていく以外この国の明日はない
のだろう。校長が悪い、教育委員会が悪い、文科省が悪い、そんな責任のなすりあ
いをやってもなんにもならない。
今国会で教育基本法の改正審議が始まろうとしている。国民一人一人この審議の
重要性を認識し、その審議過程をしっかり見極めたいものである。
2006/10/28
早勢 直
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