2010年 今週の意見 10月
今週の意見(695):
分権改革は名古屋から始まる
名古屋市議会リコール署名数が43万人を突破したそうだ。河村市長側の独自集計
でまだ記載の不備とか、二重登録などあり、2割前後の無効がありうるので最終的
にリコールに必要な署名が36万5千件に達するかどうかはわからない。しかしリ
コールのための住民投票はほぼ成立しそうな形勢である。そもそもリコールが成立
しようとしないに関わらず来年4月には市議会選挙がある。そう状況下でこれだけ
の数の市民が議会解散を求める住民のために署名したという意味は極めて大きい。
これで河村市長側はこれまで行ってきた市民運動に自信を深め、議会側は市民がこ
れほど議会に対して不信の念を持っているということにショックを受けたことには
間違いない。
河村市長は日本で始めて、地方自治体の市長が住民税10%減税、ということを成
しうことを示した首長である。それまでそんなこと、住民税減税など国、中央政府
にしかできないこととずっと思われてきたことを成し遂げたのだ。
住民から直接選ばれた河村市長が選挙で公約したこと、10%減税を果たそうとし
たことに、待ったを掛けたのが議会だった。さんざんもめた挙句、議会側は減税は
認めるが、一年限りということで決着をはかろうとした。しかし、それに黙って引
き下がるような河村市長ではなかった。
その逆襲の意味もあり、河村氏、そのことは元々は本来の主張でもあったのだが、
議会定員数削減と議員報酬の半減を提案し議会側と激しく対立した挙句、ついにか
って全国にも例にない議会リコール運動となったのだ。
そもそもこの問題の背景には、市民から直接選ばれる市長とこれまた選挙によって
選ばれる議員によって構成される議会のどちらが、市政、県政の主導権を持ってい
るか、それが一向に明確になっていないところにある。
市長と議会の統治の「二元性」に問題がある。議会は市長の施政方針を議会がすん
なり承認すればいいのだが、議会がその市長の施政方針に反する決定をなす場合ど
うなるのか、どうするのかという根源的な問題がある。さまざまな点で意見、政策
に関して見解が違ってくるのは必然なのだ。
そうした対立はこれまでもあちこちであったはずなのだが、市長側も議会側も多く
の場合妥協しながら、ある意味ではなあなあでやってきたというのが実情なのだろ
う。そんな中名古屋市では河村市長が恒久的な10%住民税減税、議会定数と議員
報酬の削減など、市議会側が到底受け入れられないような提案をしたのだった。市
長が市民のためになる改革、市政を行おうとすると議会との深刻な対立にならざる
をえないのだ。
地方自治体の財政健全化、行政改革、議会改革が叫ばれて久しいが、そのためには
逆にまず減税から始めるのだという河村市長の考えは正しいのでないか。そうして
初めて、行政、議会の大きな無駄を省くことができる。市議会に関してはそもそも
その目的、役割から言って、75名もの議員定数は多すぎるし、年間一人当たり、
議員活動のための手当てを含めて2000万円近い報酬は高すぎる、これを半分程
度に削減すべしという提案は無茶でも、暴挙でもなんでもないと私は思う。そもそ
も地方議会の議員は職業化せず、ボランテイアとすべきだというのが河村市長の持
論だが、これまた、先進欧米諸国では当り前の考えなのである。
先の民主党代表選挙でもこの国の根本的あり方を変えること、地方により多くの自
治権を与え、その独立性を高めることで国のあり方を変え、行政改革を実現し、大
きな無駄を削減するのだということが争点になった。そのためにも河村市長提案の
ような行政、議会改革が本当にできるかどうかがかかっているのである。
これに関連して、名古屋市だけでなく大阪府、阿久根市などで起こっているそれぞ
れの首長と議会との争いがそれを象徴しているのだ。
地方分権が進むために一番大切なことは橋下、河村、竹原など首長のリーダーシッ
プもさることながら、住民の意思、参加意識がなによりも大切である。その意味で
も今回の名古屋の市民参加の議会リコール運動はすばらしいものである。
これに関してもう一つの関心事は、地方自治を担当する総務省がこうした地方自治
体の改革にどう関わっていくのか、それをどう支援して行くののか行かないのとい
うことだ。とりわけ菅政権になって、菅首相がこの地方分権化を熱心に進めようと
していた原口一博氏を更迭し、元鳥取知事の片山善博氏を任命したことが今後の地
方分権の進展にどう影響するかである。
片山氏は改革派の知事として知られているが、元自治省の官僚、果たして河村氏や
橋下氏のような地方自治の改革の革命的ともいえるアプローチをどれだけ支持する
立場かどうでかについては今のところが不明である。すくなくとも阿久根市竹原市
長の一連の専決を違法だとしていたり、一番の問題は上で述べた地方統治の二元性
をどう解決するのかしないのかということ、この問題に関してそのスタンスは今
のところ不明である。
こうした地方自治の体制は明治政府以来の官僚支配そのものであって、これを革命
的に変えない限り真の地方分権は実現しないのだ。その点でこの片山総務相がこう
した地方での独立分権への動きにどう対処するのか、それを積極的に支援するのか
抑制にかかるのか注目されるところである。
2010/10/2
早勢 直
今週の意見(696)
救出劇の教訓
チリー鉱山事故の救出劇は最高のハッピーエンドだった。これを見てよかったと涙
まで流した人が世界中にいた。そのことがなにより感動的であった。
救出は奇跡といわれた。33人が700メートルの地下に閉じ込められているとい
う事実を発見してからのことは、まさに人類の科学技術の成果であったことはそう
だが、実は本当の奇跡はその事故発生以来発見までの17日の間、わずかな食料、
絶望的な状況の中で33人の人が耐えて生き抜いたということだろう。
そして捜索のための掘削ドリルの先に、33人生存のことを手書きのメモで地上に
伝えたことが、奇跡の始まりであったのだ。それはわずか2行ほどのメモだった。
その手書きのメモこそがその後のあのスペースシャトルのロケットのような救出カ
プセル、長い2か月にも及ぶ地下での生活への救援物資や情報提供へとつながって
いったのだ。
あのカプセル・シャトルは実に見事なものだったが、あの手書きのメモこそが奇跡
の原点であり、そして事故発生以来17日間の間、33人の一糸乱れぬ行動をまと
めたあの現場監督のルイス・ウルスアさんの存在、そのリーダーシップ、そしてそ
れに従った33人の行動こそが奇跡を可能にした最大の要因だった。
この救出劇はさまざまな教訓を世界中に与えた。その教訓の一番の原点、さわりの
部分を是非世界中で学びたいものだ。33人の命を救ったのは、それを可能にした
土木技術、それを準備できる経済力があったからこそだ。
しかし、一番大切なのは、人間の命を大切にする気持ち、そのために危機が生じた
場合、国家とか、地域自治体とかいう組織が動くことが肝要だが、それよりまずそ
こに存在する運命共同体たるコミュニテイの中に問題解決のためには優れたリーダ
ーが必要なこと、そしてその構成員が、リーダーが示す方向の下に如何に団結して
行動するかということなのだ。
もしあの33人をまとめあげるリーダーシップとまたそれに協力をするコミュニテ
イ員の規則厳守、協力、そしてそれぞれの責任分担の精神がなかったら、作業員生
存の事実自体が発見されることはなかったろう。
事件に関連して、世界中にものすごい数の報道写真がある。そのGoogleの検
索URLを示しておくが、一つ一つ一体それがどんな状況のものであったか想像し
ながら見られるといい。ただ発見までの17日間の記録など一件もないのは当然な
のだが実はそれが奇跡の一番の記録であり、教訓なのだ。
しかしながらそれは、まさに「神」が人類に明示されることなく、暗黙の教えとさ
れていることなのであろう。
2010/10/16
早勢 直
今週の意見 (697):
ソフトパワーなど通じない国
二転三転の中国外交だ。尖閣列島での事件で日中外交が危機に陥り、日本の弱腰
外交が露呈した。これを仙谷官房長官が弱腰でなく「柳腰」などと野党を煙に巻
き、それが国会論戦の主要テーマになるという実に平和ぼけのこの国ではある。
ヨーロッパの会議に出かけた菅首相が偶然というか、どちらがしかけたのか分か
らないが、温家宝首相と会い、会談ができたことの結果かどうかも分からななか
ったが、とにかく一人残こされ拘留されていたフジタの社員も釈放され、やれや
れこれで日中の紛争も改善の道へ向かうかというムードであったはず。
つい4,5日前の朝日新聞の声欄であったか、これはやはり日本のソフトアプロ
ーチの外交が成功したなどという声が寄せられていた。来るべき11月APEC
の会議では日中両首脳の会談も予定されているし、これで当面万々歳という感じ
だった。
政治家も日本国民も心の底ではこの中国という国はどうも信頼できないと思って
いるふしがある。しかしまあ、あれこれごまかしながら、かなりの程度我慢しな
がらでもつきあっていくしかないという気持ちなのだ。アメリカも同じだろう。
こちらはなんでもきちんと論理を持ち出すお国柄。政治家、政治学の専門家たち
が、軍事力というハードパワーによるより、ソフトパワーなる言葉を持ち出して
これからは中国とうまくつきあっていくのだと言ってるが、その中身は同じこと
なのである。
しかし、最近のこの国の動きを見ていると、おっとどっこいそうは簡単にいかな
いなという感じである。ソフトムードでの解決という期待の気持ちをあざ笑うが
ごとく中国各地で反日デモが勃発し始めた。そのデモ自体もちろん反日が表だっ
ての理由だが、どうもそれだけでなく、実は中国政府の政治、現在の中国での共
産党一党支配体制そのものに対する不満が噴出したものらしいから話はややこし
い。
この反日デモ、日本の企業に対する攻撃、破壊活動など絶対認められない、許さ
れないと言うのでなく「気持ちはわかるが止めてくれ」というような被害を受け
た側からすると信じられないようなことををぬけぬけと政府が言明するから話に
ならない。こんな発言に柳腰外交をもってする菅内閣なにも言えないのだから、
話にならないのである。
どう考えても先の漁船衝突事件といい、今回のデモといい、さらにそれに伴って
突然さまざまな日中間での約束ごとを勝手にキャンセルする一連の中国側の行為
を東京石原、大阪橋下の二人の知事が「やくざ同様」とか「どうしようもない国」
と酷評しているのを聞いて、一般国民は、それで溜飲を下げている状況なのだ。
政界の与野党政治家だって一人や二人そのくらいのこと言ってもいいはずなのだ
が、それもない。
これは以前にも言ったがそもそもこんな日中関係のベースを作ってしまった自民
党に今の民主党政権の弱腰外交を責める権利などない。しかし自民党が提出を考
えているという中国に対する抗議と領有権を明確に主張する国会決議案には国民
の一人として賛成である。菅民主党政権はこれに応じるべきだ。
中国が今回の事件でとりあえず領土問題を棚上げにしようなどと言い出した意図
など明らかだ。こうして一連の既成事実をどんどん作り、いずれこの問題を再度
持ち出そうという作戦である魂胆は明らかだ。
そんな国会決議よりも、もっと領土を明確に守る方法は、この地域を米軍との共
同作戦で軍事的に実効支配をしてしまうことなのだ。しかしこれには平和憲法標
榜の愚か野党の存在があってできない。さらにそれこそまさにハードパワーによ
る刺激が強すぎることもある。
とりあえずソフトパワーによる実効支配確立にためには、国会決議ということが
現段階での最善策というところだろう。
2010/10/23
早勢 直
今週の意見(698):
太平洋FTA参加
「米国やオーストラリアなど9カ国が交渉を進める環太平洋戦略的経済パートナー
シップ協定(TPP)をめぐり、民主党内の意見が割れている。菅直人首相は所信
表明演説で交渉参加を検討すると明言したが、農産物市場の開放に反対する議員グ
ループが結束して抵抗している。 このまま路線対立が長引き、意思決定が遅れれ
ば、日本は世界の自由貿易協定(FTA)競争から完全に取り残される恐れがある。
TPP交渉への参加問題は、日本経済の将来を左右する重大な岐路である。菅首相
は、いまこそ交渉への参加を政治決断すべきだ。」日経新聞 10月23日
あえて極端なことを言うと、現国会での補正予算審議など、それがどうなろうとほ
んの目先の経済対策のことに過ぎない。ところが進行中の太平洋FTAへ日本が参
加するしないは、今後10年20年この国の経済成長がどうなるかのカギを握る一
つの大きな岐路であることは間違いない。
この件に関して、朝日、日経、読売、毎日などマスコミ各紙はこぞって太平洋FT
A交渉への参加を求め、菅首相の指導力発揮に期待を表明していることは正しい方
向だ。これに反対を唱えているのは、主に農業関連省庁、農業団体だが、その反対
理由はもちろんわかりきったことだ。それで日本の食をあずかる農業がつぶれたら
どうするのかということだ。
そもそも民主党が先の選挙のマニフェストで農業所得補償制度を提案し、今それを
実施しているのも将来の農業自由化に備え、その体質を強化し、日本の農業再構築
をめざしてのことではなかったのか。
先の選挙期間中野党からFTAへの取り組みを攻撃されて、その主張を一部撤回す
るかのごとき言動があったのは事実だ。しかし現在菅内閣が太平洋FTAに積極的
に取り組もうという姿勢を改めて明らかにしたことは正解ではないのか。
何事も総論賛成、各論反対となるのは。FTAに農業団体、関連省庁が反対するの
はわかる。だからFTA推進に当っては農業保護策の展開が必要なことは言うまで
もない。そのためにも、バラマキ批判の多い農業所得補償制度を今一度きちんと見
直し、場合によってはその強化策をセットで打ち出すことがあっていい。その上で
のFTA政策展開であることが条件なのだ。
ある意味逆説的に言うと日本の農業再生のためには、もはや、ああでもない、こう
でもないとやる段階ではない。むしろ弱い農業を自由競争にさらし、実際に危機の
状況に直面するからこそ、農家、農業団体もより真剣な議論を行い、具体的な対応
策が練られ、それが実行に移されることになるということだ。バラマキ、バラマキ
というが農業所得補償制度はその農業再生の本格化の道筋をつけるまでのつなぎで
あることを政府側も農家、農業団体側は自覚をもって臨むべきではないのか。
日本の農業は弱い、弱いというが、本当にそうだろうかとも思う。どっちにころん
でも、その基盤の強化、再生こそがすべてであり、FTA参加によってこそ、それ
ができるのだというものの考えに私自身は賛成である。
2010/10/30
早勢 直
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