2002年 今週の意見 11月

今週の意見(292):

低い投票率

 衆参補選で、与党が5議席を確保、勝った、勝ったと大騒ぎ。野党は民主党をは
じめとしてしょんぼりする結果となった。が、果たしてこれが現政権への信任とい
う国民の意思であったのか、それが民意であったのかということだ。

 問題は各地における低投票率、選挙への無関心である。MLでもそのことが話題
になった。原さんは「日本の民主主義は死んだのか」と問いかけた。それに多くの
人たちが貴重なメッセージを寄せてくれた。どうして日本国民はこの重大な時局に
当たってこうも無関心なのか。

 折りしも銀行不良債権問題で竹中経済兼金融大臣が行おうとする改革案をめぐっ
て政界、銀行業界で大騒ぎ。大反対の嵐である。そんなことやったら、不良債権が
さらに重なってしまう。銀行界のみならず経済が大混乱に陥る。雇用対策が必要だ
セーフテイネットだ、なんだかんだと反対の大合唱である。が、それについても
騒いでいるのは何かと利権からみの政治家、と直接関係する銀行業界だけだ。

 そう、構造改革と並んで、緊急対策、デフレ対策が必要なことは言うまでもない。
が、その結果結局は補正予算だ、財政出動だとなる。今までのパターンの繰り返し
である。が、いずれにせよ何をやってもたいした効果がただちに出てくるようには
見えないのである。

 なぜか、それは今日本の国民のこころがあまりにも冷え切っているからである。
政治、社会・経済生活にに対する無関心、無節操、問題意識の欠如、安易な平穏無
事意識などなどである。

 問題は経済のデフレではない。人々のこころがデフレ状態なのである。現状に
満足しているわけではないが、何をやってもしかたがない、今はただじっとしてい
るに限る。そういう感じなのだ。持っている貯蓄も念のため、使わずおいておこう。
経済が停滞するはずだ。

 今の政治、政府がやろうとしていること、与野党の主張していることついてもっ
と重大な関心と、それについての意思を積極的に表明することが大切なのだ。それ
以外に政治を変えたり、その政策を変えたり、実行させたりする道はないのである。

 選挙における投票行動などその具体的手段の最たるものなのだ。この重大な時局
においてあんな無関心が許されていいわけがない。

2002/11/2
Tadashi HAYASE
今週の意見(293):

自民党税調

 NHKのニュースで自民党税調をいわゆる長老議員が牛耳っていることに一部議
員が反発し、そのあり方について改善を求める声が上がっていることを報じていた。
これについて、小泉首相は「いいことだ」みたいなコメント、その税調長老からは
「税調は元々開かれたもので、意見のある人は大いに述べてもらったらいい」とい
うさしさわりのないコメントをしていた。

 この党税調なるものの存在には前から疑問をいだいていた。一年中税制につい
て論じているのはいいが、それでなくても複雑怪奇な日本の税制をますます複雑
化させる方向に向かわせているだけだ。

 要するに税金をいかにより多く、一見合理的に、理屈をつけて国民、企業から
取り上げるか、という発想に立っているから、こっちは少々減らすが、その分あ
っちから取る、新しくこっちからも取る。取りやすそうなところからとにかく取
ろうとなる。時代にマッチした税制などという名目になっているが、ますます複
雑化し、国民にとっては何が何だかわけがわからないのである。

 税制について自民党内で論議が深まるのは結構だが、そもそも税とは一体何な
のか、何のためにそれが必要なのかという原点に戻った議論が殆どない。まずそ
れをやることから始めるのなら意味がある。

 国民の側から言うと、税制改革の議論としてやって欲しいことははっきりして
いる。

 ・いかなる税金であれ、それは少なければ少ないほどいい。なぜ税金が高いの
  か、それは国民の行政サービスのため、福利厚生のためという大義名分があ
  ろうが、あらゆる税金が高いのは一つには行政に掛かるコストが高すぎると
  いうことがある。税金をいかに取るかという前に、まず行政改革の論議をし
  て欲しい、すべきだということだ。

 ・税制改革の論議を聞いていても、一体何が何だかよくわからない。日本の税
  制は複雑である。人頭税というような極端な制度の導入を提案する識者もあ
  るが、その良し悪しは別にして要するに総じてもっと単純化すべきなのでは
  ないか。

 デフレ対策、経済対策として税制改革が必要なことについては、政府内でも与
野党の政策関係者間でも意見が一致している。さまざまな形で議論が行われこれ
からも続くのであろうが、結果として国民にとっても企業にとっても大減税につ
ながるようなものにしない限り、その成果が現れないということだ。

 そのために必要なのは税制論議でなく、まず必要なのは徹底的な行政改革論議
であろう。

2002/11/9
Tadashi HAYASE
今週の意見(294):

ならず者への制裁

 北朝鮮にいる曽我ひとみさんの家族が「週刊金曜日」のインタビューで「早く帰
って欲しい」と訴えている記事を載せたことで曽我さんがひどく動揺し、苦しんだ。
曽我さんに限らず、他の一時帰国者も同じ思いだろう。前の横田めぐみさんの娘さ
んの日本のマスコミによるTVインタービューといい、北朝鮮の宣伝工作であるこ
とは明白である。

 そんな北朝鮮の謀略に乗るマスコミもマスコミだが、ことここまで来るともうこ
のこういう卑劣な人質作戦を国際社会を前に堂々とやって見せる国とは一体何なの
か、こんな国と一体まともな外交交渉などそもそもできるのか、と言った絶望的な
気持ちになる。そもそも北朝鮮との国交回復交渉を始めようとした小泉首相や政府
当局今後の対応はいかなるものなのだろう。一マスコミの報道という問題ですまさ
れぬ問題だと思うのだが。

 一時帰国者及び家族の喜びが新たな苦しみを生んでしまったことはしかたがない
として、問題は政府はこのならず者国家と一体どういう交渉をしていくのか、とい
うことだ。ただ「粘り強く」だとか「拉致問題を最優先に」などという言葉だけで
は絶対にこの相手を説得したり、妥協を引き出したりできないだろうということで
ある。

 核問題ではアメリカが断固たる態度で臨み、日本もそれに同調する姿勢だが、こ
の拉致問題ではどうして日本はもっとこの非道を世界に訴え、国連の場なども通じ
てこのならず者国家への具体的制裁を働きかけないのか、ということだ。

 アメリカのように軍事行動をちらつかすわけにはいかないことはわかっている。
北朝鮮はそれがわかっているから、日本という国自体を甘く見ているのだ。しかし
拉致家族者も言っているように、さまざまな経済制裁を取る、国際社会にもそれを
呼びかけること位どうして始めないのか、ということだろう。

 拉致家族の苦しみはわかる。しかしこれは拉致家族だけの問題ではないのだ。ど
うやら、この問題はただただ時間を掛けるだけでは解決しそうにない。その早期解
決のために、この不当な相手に対するあらゆる制裁措置を検討すべき時期に来てい
るのではないだろうか。

 それは結局は日本の国家安全保障問題そのものとなってくる。経済制裁といわず、
なんといわず、それを始めた途端、日本の国家の安全そのものが脅かされることに
なるからだ。しかしその覚悟をみせない限りこの問題の解決がないことも事実だろ
う。平和ぼけの日本国民はその覚悟があるのか。小泉首相をトップとする政府首脳
にその覚悟があるのかどうかである。

2002/11/16
Tadashi HAYASE
今週の意見(295):

政治から目をそらす国民

 あれほどやると言っていた銀行の不良債権処理はどこかへ行ってしまった。国債
30兆円死守などと言っていたが、それもまたホゴになってしまった。補正予算な
ど必要ないなどと言っていたが、それもかなり規模で検討するという。減税はやる
が、すぐに増税をしますからというなんとも愚かな税制提案。いつものパターンの
繰り返しである。Too little, too slow あえて英語で書く。

 あらゆる経済政策について政府と与党側で対立がさらに表面化していく。野党と
りわけ民主党の無気力、低い支持率。株価の低迷は続き、景気回復のきざしは一
向にみえない。「日本経済無作為の破綻」などという本が出ているがまさにその
状況である。

 日本丸は沈没の危機に瀕しているが、船長をはじめ乗り組み員たちのそれについ
ての危機意識は極めて低いようだ。一番の問題は乗り組み員たちはともかく日本国
民という船客の危機意識が極めて低いことではないか。船客は船長についても、乗
り組み員たちについてもその手腕を信用しているわけでもないが、まあとりあえず
なんとかなっていくだろう、とあえて問題から目をそらし、自分たちの乗っている
船のおかれている危機状況については意識の外においているのである。

 こんな情けない政治をやっている国が世界中どこにあるだろうか。それもこれも
つまるところ船客、国民の政治意識の希薄さからきている。政治問題について話す
ことは面倒だし、話してもなんの得にもならないいう風潮すらある。無党派層など
というものの存在を正当化する風潮が困る。

 後は本当に危機状況になり、自分たちの生活そのものが脅かされる事態にでもな
らない限り、国民が目覚めることはないのかと思う。

 ほんとうに情けない話である。

2002/11/23
Tadashi HAYASE
今週の意見(296)

外形標準課税

 今週のMLでも話題になったし、先週日曜の報道2001年の税制改革の議論で
も話題になっていたが、外形標準課税の導入をめぐって論議が行われている。企業
税収が不足する中で各方面でその導入が積極的に検討されるようになってきた事情
はわかる。わかるという意味はそれが妥当だというのでなく、自民党税調を含めて
税務当局者のそのものの考え方のいやらしさがわかるという意味だ。

 導入が検討されている外形標準課税については、石原都知事が都で導入して大騒
ぎになり、その対象にされた銀行が裁判に訴えた。一審判決は銀行側が勝訴したこ
とはご承知の通りであろう。

 外形標準課税とは企業の経常利益ではなく、粗利に対して掛けようというもの。
銀行はもちろん、一般企業でも赤字の会社が全体の8割という中で税金を取りたく
てもとれない。大体、経費をごまかすというか、操作すれば、赤字になり、赤字に
なったら税金を払わなくてもいいというのはおかしい。 それなら粗利の段階で掛
けてしまえ、という発想なのである。

 たしかに問題はその経費の中身である。従業員の給料、人件費をはじめ企業がそ
の活動をしていくために必要なありとあらゆる経費が含まれている。しかしそれが
どこまで妥当か、必要性を越えているか、なんて一体誰が判定するのか。たしかに
それを必要以上に計上して、結果として赤字にし、税金をごまかしている企業がな
いとも限らない。いや、現実にあるのである。

 銀行の場合、あらゆる産業と比較しても社員の給料がものすごく高い。その他
にも一般企業と比べて、さまざまな余分とも思われる経費を使っているわけだ。
それで都では、銀行を対象に外形標準課税を導入したというわけである。それが
不当であるか、どうか。裁判中である。

 私自身は銀行をターゲットにした外形標準課税はよかったと思っている。いや、
正しかったと思っている。いや、最終裁判の結果がどうなるかどうかは別にして問
題提起をした意味は十分あった。

 が、それをあらゆる企業を対象にして導入することはどうか、と考えるものであ
る。いや、それは反対である。

 MLなどで久保さんなどが反対されたのは、そんなものを導入すると、企業の活
力、成長へのインセンテイブ、創意工夫、創造の意欲をそぐ結果となるからであろ
う。利益の源泉は付加価値である。それを極大化するために必死で創意工夫をし、
創造するのが企業活動なのである。それに課税するとは一体何事か、である。

 その通りであると思う。が、それに賛成する連中は言うに違いない。だから、投
資減税、研究投資減税などは別途導入するではないか。一方で創造意欲そのものを
そぐようなやり方をやっておいて、片方で、いやいやこの部分はまけてあげましょ
う、なんて言い方、やり方があるか、ということなのだ。

 減税、増税をセットでいう愚かさと同じである。普通のビールは税率を下げるが
発泡酒は上げる。なんでもそういう裁量の精神なのだ。そんなちゃちな裁量でこと
がうまく運びか、消費者が納得するか、企業が納得するかである。

 しないと思う。少なくとも私自身はである。

2002/11/30
Tadashi HAYASE
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