1997年 今週の意見 −5月


今週の意見(16):





過剰包装



 日曜日、先週新しくオープンした百貨店に買い物に出かけた。最近では買い物

はスーパ−とか通販とかですることが多く、百貨店でする場合は贈りものとか、

ブランド商品を買う場合が多い。私はブランドなどにこだわらないが、妻はアウ

ターの衣料などはやはりブランドものがいいし、贈りものはやはり百貨店で買わ

ないとだめだという考えだし、世間一般の風潮もそのようである。まあそれはそ

れでよいと、新しい店はどんな様子か興味もあって出かけたわけである。   



 まず小さい子供に贈るおもちゃのプレゼントの選択。その百貨店にもデイズニ

ーの店があってその店の中は子供連れの客で大混雑であった。ミッキマウスの人

形他を買ってレジに行ったが、そのデイズニー店専用のビニールの袋に入れてく

れただけ。妻は贈りものだから、それようの包装をしてくれないのかと聞いたが

いやこうなっているので悪しからずという返事。妻は少し不満のようだったが、

まあ子供にあげるものだからと黙って引き下がった。            



 それから婦人服のコーナーで私と妻の母への母の日のプレゼントにブラウスを

買った。こちらの方は何も言わなくても母の日のプレゼントだというだけでブラ

ウスをボール紙の箱に入れ、百貨店のきれいな包装紙で包み、備え付けのリボン

までつけてくれた。妻はもちろん大満足。いや私もそれでよかったと満足して百

貨店を後にした次第ではあった。                     



 かって欧米に出かけた際などその街の百貨店でおみやげを買う機会があった。

欧米ではどんなに高いものを買っても日本の百貨店のようにきれいに包装してく

れない。ショッピング袋にポンと商品を入れるだけである。日本でもスーパマー

ケットではだんだんそういうやり方になってきているが、百貨店はまだそうなっ

ていない。そしてなぜまだ仮に同じ商品を買う場合でも、人々がスーパではなく

百貨店を選ぶかはそうした包装のことが一つの大きな理由になっているらしい。



 4月29日みどりの日。言うまでもなく、地球の緑の資源、森林資源を守ろう

という趣旨の日である。せっかく贈りものをするのにきれいに包装したものをと

言う気持ちはわからぬではない。が、そうした贈りものはまだしもそうでない場

合でも百貨店など商品の包装はあきらかに過剰である。箱につめて、それをまた

高級紙に包んでなどという必要がどこにあろうか。森林資源の保存が問題になっ

ている今日欧米にように包装をもっと簡素化するべきだと思う。みどりの日。日

本の過剰包装の悪い習慣を考え直す日にしたいと思うのである。       



1997/5/3                               

Tadashi HAYASE 



今週の意見(17):



政権交代



 イギリスの総選挙で労働党が保守党に大勝し、18年ぶりに労働党政権が誕生

することになった。党首は43才の若いブレア氏。労働党の伝統的政策を思い切

って転換し、保守党との政策の差を縮めたことが選挙民から安心感を持って迎え

られたこと、一方保守党の方は党内のさまざまな抗争や、不祥事が選挙民から支

持を失った原因であるという。今回の労働党の勝利はかなり前から予測されてい

たし、国内外の政治、それに経済界からも折り込みづみの事実と受け取られ、な

んか大きな混乱もなく、政権交代が行われるようだ。            



 英国病に病んだ英国の経済を立て直したのは保守党のサッチャー氏であった。

氏はその長い在任中思い切った市場経済政策で今日の英国経済の再生を果たした

のである。しかしどんな政党政府が政権を担おうと光の部分があれば、必ずかげ

の部分が生まれることもまた必死のことであろう。時計の針が右に振れたり、左

に振れるように政治の歴史はそのように動いていくし、またそれが望ましいこと

なのであろう。英国では保守党、労働党という二大政党が戦後の政治をそれぞれ

政権交代をともないながら分担して担ってきた。片方が政権を担当している間、

片方はいつでも政権交代ができるようシャドーキャビネットを形成し、選挙民に

その対抗する政策をわかりやすく訴えてきた。今回の総選挙で労働党対保守党の

対戦成績は7勝8敗ということだが、言葉を変えて言えば、まさに政権はバラン

スよく右に振れたり、左に振れたりしてきたことになる。どこかの国の政治のよ

うに選挙民ではなく、政治家のおもわく、党利党略で政権がたらい回しされてき

たのとわけが違う。                           



 二大政党と言えばアメリカの場合もそうである。民主党と共和党。イギリスの

場合と同じくこの二大政党が交代して戦後の政権を担ってきた。現在のクリント

ン政権は民主党。その前はブッシュ氏の共和党。そうした二大政党制が政治の理

想と結論づけるつもりはないが、今日アメリカ、イギリスという二大大国では失

業率も低く、その経済運営が先進諸国の中でも比較的うまくいっていることを考

えると、その政治のあり方と無関係ではないと思える。           



 日本でもそうした二大政党制を確立しようとさまざまな試みが行われたが今日

までのところうまくいっていない。相変わらず自民党一党を主役としたその他小

党の合従連衡の繰り返しである。米国や英国のように政策を中心に選挙が争われ

政権ができるのでなく、政党のかけひき、党利党略ばかりが優先する世界である。

先進国の中でも行財政改革が一番遅れている日本。その原因の一つにその政権交

代の仕組みが定着していないことに原因があることは間違いないようだ。一つの

重要な政策を政党が責任を持って思い切って実行できないのである。どうしてそ

れがないか。それはやはり選挙民の民主政治への意識の低さにあると言わざるを

えない。自らの一票によって政治を変える、自分達の生活や政治を変えるという

意識の低さにあるのだろう。                       



1997/5/10                               

Tadashi HAYASE



今週の意見(18):



母の日



 5月11日は母の日であった。5月11日という特定日がそうなのか、5月

第2週の日曜日がそうなのか、よくは知らないが多分後者なのであろう。もう

一つ父の日というのもあるが、これについてもよく知らない。この日いつも日

曜日テニスをやる仲間数人と、テニスの後ビールを飲む機会があったので、た

ずねてみた。「今日は何の日か知っている」と。証券会社に勤めるFさんだけ

がその答えを知っていたが、後の人はキョとんとしていた。「今日は母の日だ

よ」と言ったが、特に関心はなく、それ以上それについて話は発展することは

なかった。                              



 これがもし2月14日なら、その男性達の反応もちがったであろう。全員間

違いなく正解を知っているに違いない。自分達がなにかもらう立場だから。そ

してその1ヶ月後のホワイトデーなんてことも知っている。もらったチョコレ

ートのお返しをする日だということだから。そういうことに一般的にうとく関

心の薄い日本の男性もその二つの日のことだけはちゃんとするようだ。   



 父の日とか母の日とかが、どういう理由で、どういう背景があってその日に

決まったのかよくはわからない。外国の習慣からきたものか、外国の習慣をう

まく商業関係者が取り入れて、これを商売に結びつけたものか、よくはわから

ない。いずれにせよ、日本でもそれが少しづつ定着してきたのは、商業関係者

の販売戦略と結びついた結果であることには違いない。この時期になると百貨

店スーパなどは盛んに、それをみこんだセールを展開する。        



 我が家でもこの習慣はここ10年来定着してきたようである。それは妻のお

だ。妻はその時期になると、私と自分自身の父や母に百貨店から何か贈り物を

送る。多くの場合私は同行するだけだが、ことこのことに関しては私もその出

費にけちをつけたり、それを削ろうとすることはない。贈り物の内容は殆どの

場合衣服、それも下着とかでなく、セーターとかスーツとか、ポロシャツとか

外出着になるが、それについてはいつも感謝されるようだ。我々の両親という

と当然相当な年になる。そうした高齢者は自ら外出着を買う機会など少なくな

るから、子供が選んでくれたものはたいてい喜んで受け入れてくれるわけだ。

  

 高齢の母や父にそうした贈りものをするメリットはそこにあるが、しかし大

切なのは贈り物をするしないに関わらず、一番大切なことは感謝の気持ちを表

すことである。仮にそうした日が商業主義にのったものであろうと、一年に一

度そうした機会があることは意味があると思っている。母の日の前日、いつも

は花などを送ってくる我々の実の娘から電話があったそうだ。「ちょっと家計

が苦しいので、今年の母の日は何も贈らないけど許してね」ということ。妻は

それを笑いながら話していたが、別に贈り物をするしないでなく、仮にカード

だけでも送ればいいのにと、その顔に書いてあった。           



 日曜日、私はそのビール飲み会の後、いつも買い物をするコープの花屋さん

に立ち寄って 1,800円の紫陽花の鉢植えを買った。ちゃんと、「お母さんあり

がとう」という名札がついていることを確認して。その日の夕食、妻のサービ

スはいつもにましてよかったことは言うまでもない。           



1997/5/17                              

Tadashi HAYASE  



今週の意見(19):



国民総背番号制の導入



 そろそろ公的年金受給の研究をと、社会保険事務所から手続きのための書類を

取り寄せた。驚いたのはその手続きのために必要な書類の多いこと。年金保険証

書がいることなどは当たり前として、その他戸籍謄本だ、住民票だ、所得証明書

だの、人によっては全部必要なわけではないが、とにかく20種類ほど証明書、

必要書類の名前がリストアップされている。現在住んでいる市役所の他、戸籍謄

本などは、本籍地のある市役所でもらわないとだめだから、その面倒なことと言

ったらない。                              



 戸籍謄本は本籍地のある市の役所まで自分で出向けば簡単に発行してもらえる

が、他府県から郵便で頼む場合、郵便局に行って450円の手数料を為替に組ん

だり、それが必要な理由、目的を手紙に書かなければ発行してもらえない。そし

て手紙で依頼してから発行まで一週間はたっぷり掛かる。他の書類は大体住んで

いる市役所でもらえるけれど、やはりいちいち市民課などの窓口にいかなければ

ならない。これも大変面倒。                       



 社会保険関係、自動車免許、パスポートの発行など日本の国民としてさまざま

な証明書を発行してもらったり、納税のための手続きなど面倒だがしなければい

けないことはしかたのないことではある。しかし、日本ではこうした手続きが極

めて複雑で面倒。ことの性質上、絶対間違いがないようにしなければならないこ

とはわかるが、住民票、戸籍謄本の例でわかるように、そもそも日本の国籍があ

り、そこに住んでいることさえ証明できればいいのだから、そのことに二つも三

つも証明書が必要なこと自体がおかしいのである。             



 以前から国民総背番号制導入の計画があるが、プライバシーが守られないなど

の理由で反対が多く、これがなかなか導入できない現状のようだ。私はさまざま

な手続きの簡素化のためにも是非これを導入すべきだと思う。地方都市での市役

所、それに国のさまざまな役所での仕事を合理化し、簡素化し、ひいてはそれが

行政改革に結びつくようにするためにも。                 



 すべての日本国民に、生まれてから死ぬまで唯一無二の背番号を設定し、それ

に上記の社会保険の情報をはじめとするあらゆる基本データを入力するようにし

ておけばいい。そうすれば背番号が唯一絶対の身分証明書ともなるわけである。

この書類はどこで、別のものは他の場所でもらうといった不便さもなくなる。そ

のデータベースにもとづいて、住んでいる市役所にさえいけばすべての証明書が

得られるようにできるはずだし、そうすべきである。            



 そうしたものを設定する条件としてプライバシーの保護など当たり前のことだ

し、それが悪用されるようなことが絶対あってはいけないような仕組みにしなけ

ればならないことも当然のことだ。そればかりを言い立て、効率の悪い住民サー

ビスをそのままにしておくことは許されない。行政改革にも結びつく背番号制導

入は是非早急にやるべきだと私は思う。                  

 

1997/5/24                               

Tadashi HAYASE


 

今週の意見(20):



太陽の家



 まだ先の話だが、自宅が古くなって建て替えを検討している。今の家はもう30

年前に建てたものだし、その頃のプレハブ住宅なんて今みたいにいいものではなか

った。もうガタガタ。金は掛かるが、建て替えはしかたがない。どうせなら思い切

ってこれまでと違った発想で家を考えようということになった。        



 どんな条件があるかとなると妻との意見がさまざまちがう。家のデザインや間取

り、将来結婚するであろう息子と一緒に住むため、いわゆる2世帯住宅にするかど

うかその場合どんな間取りにするかなど意見が違うわけだ。          



 そうした中でも二つばかり意見が一致していることがある。一つは耐震性がなに

より大切だということ。あの阪神大震災を目の当たりにして、地震だらけの日本に

建てる場合、なにしろ耐震性が考慮の第一番目ということ。この点各建築会社の商

品さすがに研究が行き渡り、特に軽量鉄骨系のプレハブ住宅ならまず間違いないだ

ろうということもわかった。                        



 二つ目は省エネルギーということ。つまり太陽電池を使った自家発電装置を備え

たものがいいのではないかと言うこと。これも調べてみると思った以上に技術も住

宅会社の考えも、そしてそれに関する優遇融資制度もある。うまく行けば政府の補

助金すら受けられる。電力会社に自家発電で余った電力を売るしくみさえできてい

るということだった。いや、太陽自家発電の仕組みがそこまで進んでいるとはつゆ

知らなかった。是非太陽電池のシステムを新しい住居場合はこれを取り入れようと

決意したのである。                            



 もちろんそうしたものはまだまだ高い。が、普通の家で使う電力程度なら250

万円から300万円ほどの投資ででき、しかもそれで年間9万円ほどの電気代節約

ができるとなると十分検討の余地があるというもの。しかもそれで住宅融資枠が増

えたり、補助金が出るとなるとなおさら検討すべき価値はありそうだ。     



 300万円などというとまだ高額だが、これにエネルギーの節約ができ、しかも

無公害、クリーンなエネルギーを生むとなるということはない。あの独占事業を展

開している電力会社も買電で協力していることもすばらしい。太陽電池のことを説

明してくれた住宅会社の営業マンには調子に乗って、電気だけでなく節水、省水の

システムがないかなどと聞いてしまった。雨水を貯めておいてこれをトイレの流し

水に使ったり、庭の散水などに使えないかということ。そんなシステムはさすがに

やってもあまり儲からないのか、各社とも色よい返事がなかったのは残念だった。

部屋の間取りのことではおおいに意見が違うが、世のため、この地球のため、これ

からはそこに住む一人一人が省エネルギーと環境保全を考えるべきだという点で妻

と意見が一致しているのはうれしいことである。               



1997/5/31                                

Tadashi HAYASE                             

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