2009年 今週の意見 5月
今週の意見(628)
クライスラー経営破綻
自動車ビッグスリーの一角、クライスラーがついに経営破綻した。自動車産業とい
うのはあらゆる意味においていわばアメリカの経済社会、産業社会、市場経済、昔
の言葉で言えば資本主義の象徴ともいうべきものだ。そのクライスラー経営破綻の
意味はいわばアメリカ式企業経営の敗北と言ってさしつかえないものだ。クライス
ラーだけでない。今やアメリカを代表するトップ企業であるGMも危ないのである。
一言でアメリカ式経営などと言ったが、その意味内容はこれからあちこちで論じら
れるであろう。アメリカの経済学者、経営学者たちはこれを一体どのように論評す
るのだろうか。それが興味深い。
アメリカオバマ政権は多額の資金を支援し、10%もの株主となった。さらに驚い
たのはUAW(全米自動車労組)が、雇用や、医療制度に関する合意を含めて、
55%ものクライスラー株を取得し最大の株主となったことだ。
同業今後イタリアのフィアットとどのような提携交渉が行われるのが一番の注目点
であり、またそれが商品開発力が弱いとされるクライスラーの再建のカギを握るも
のと思われていたが、トータルでわずか35%の株主、しかも労働組合が55%の
最大の株主であるという状況の中で一体何ができるのだろうかというこれが一番基
本的な疑問である。そんなことは素人目にも明らかなことだ。
オバマ政権がビッグスリーの再建に積極的に乗り出す意味、目的はわかるとしても
クライスラー自体の経営基盤はもはや、通常の民間企業とは全くその内容の違うも
のになってしまった。労働組合が筆頭株主であるという民間大企業などこれまでに
存在したことがあるだろうか。まさに異常事態なのだ。オバマ大統領はこれがアメ
リカ基幹産業再生の第一歩だなどと言っているが果たしてそうか。
UAWは従業員の雇用・賃金・医療サービスなどについて口出しするが、商品開発
や製品販売についてはフィアットにおまかせしますとでも言うのだろうか。いやそ
うなのかもしれないが、これでよくフィアットが経営参加などしたものだ。そもそ
もフィアットはいわゆるエコカーの開発力などどれだけ持っているのか。エコカー
は今後自動車産業が更なる成長を遂げる絶対的条件ではないのか。
なんともはや、理解できない今回のクライスラー破産整理の動きである。
2009/5/2
早勢 直
今週の意見(629):
補正予算討議の意味
木曜日TVで国会補正予算審議を見ていたが、公明党の質問者が、今回の補正予算
の中で学校教育のIT化のために使うカネははばら撒きなどでなく、長期を見据え
た立派な教育投資だなどと持ち上げていた。それはその通りで、そのこと自体別に
批判するつもりはない。私自身パソコンを含めて、日本での小中校でのIT、パソ
コン教育が諸外国に比べて遅れているのではないかという思いが常にある。
それは私が実際に近くの小学校の課外活動で、子供たちに学校のパソコン施設を使
ってパソコンを教えたり、中学校での授業でボランテイアとしてパソコンを教えた
りした経験に基づくものである。学校には一通りのパソコン設備があり、インター
ネットも使える環境にあるからその点別に不満はない。が、パソコンの世界は日進
月歩、ハード的にもソフト的にも、学校に配置されているそれはややもすれば、時
代遅れ勝ちになることも事実だ。ハードはたえず最新のものにしていく必要性があ
る、そのために毎年新たな経費が掛かることも事実である。それを出し惜しみして
はいけないという主張についてはその通りだと思う。
但し、この国会議論を聞いていて、与野党の論戦は結構だが、どちら側に立つにせ
よ、果たして、国会議員は学校の教育現場のこと、例えばIT教育、パソコン教育
のことがどれだけわかっていての議論であるのかとなるとはなはだ疑問がある。そ
れはただパソコンというハード、ソフトをそろえればいいという問題ではない。ハ
ードの問題もあるが、もっと大きな問題はソフトの問題がある。ソフトといっても
OS(オペレーティングシステム)、アプリケーションソフトに関し、一体どんな
ものが入っているのか、これが大問題なのだ。OSに関してはマイクロソフトの
Windowsでとりあえず決まり、現在では小中ともほぼXpが入っているから
特に問題はないとして、問題はアプリケーションソフトである。
これは世間一般で使われているようなものとかなり違うものが入っていることが多
い。子供向け、中学生向きのものだから違って当然なのだが、例えばワープロ、表
計算などをとってみても、一体なにをどういう基準で入れているのか、いないのか
明確でない。おそらくそれは文部科学省の指導というより、各県、各市町村の教育
委員会の指導によるものだろう。それぞれの教育委員会の担当者が決めたものが入
っているようなのだ。
問題はその担当者がパソコンのことが本当によくわかっているのかいないのかが問
題なのだ。他のものと違って、ことパソコンとなると、学校の先生はもちろん校長
それに教育委員会の担当者、その上司たる責任者がその本質についてよくわかって
いないことが多いようだ。だからその担当者の好みとか、思い込みとかいうことで
決まることがあるようだ。私の体験でも一般的にはあれ?というようなハードソフ
トが入っていることが多い。私たちの目から見て、ハード・ソフトに関しなぜこん
なものが、学校の設備として入っているのか、首をかしげるようなことが多い。
まあそれはそれでいいのだが、問題はパソコン教育に当たる指導者の問題がある。
国語・算数・理科・社会それぞれ教える先生がいても、ことパソコンに関してはそ
れをどう教科と結びつけてパソコンを教えるかということを考えている先生パソコ
ン自体をどう教えるかについて考え、実践している先生は実に少ない。いや皆無と
言ってもいいかもしれない。しかしそれは無理からぬことではないか。それでなく
てもさまざまな雑用で忙しい先生たちのこと、そんななんでもかんでもできるわけ
がない。
パソコンはなにしろ単なる道具の一つだから、そんな難しいことは別にして、とり
あえずその使い方させ教えればいいのだが、それ自体ができる先生が少ないのもし
かたがないのだ。
国会議論を聞いていて一番感じたのはそのことだ。要する言いたいことは、IT教
育といいパソコン教育といいただ設備を整えればいいというものではないというこ
となのだ。いや、私に言わせるとパソコンの世界でもハード、ソフトなどどんどん
価格が安くなっている時代。ソフトなど工夫すれば、OSを含めて無限に安くする
ことができる時代なのだ。
本当にカネと時間が掛かるのはむしろその指導者の育成であろう。いや、これは別
にパソコン教育に限ったことでない。他の教科も同じことなのである。小学校の英
語教育などもその典型であろう。英語教育はネイテイブスピーカに限るなどという
極論もあるようだがそうではない。日本人の先生でもそのやり方、それこそパソコ
ン、インターネットを含めた機器、環境のの活用でその本来の目的を達成できるは
ずなのだ。要するに指導力の問題なのである。そのためには知識と経験を十分積む
必要があるのだ。
補正予算をめぐる国会の議論の空虚さの一つはそこにある。政府与党の出している
さまざまな対策はたしかに目先的なものが多い。子育て、教育、医療、介護、環境
農業あらゆる分野で求めれられているのは、ただ目先の補助金とか、補助策ではな
い。どの分野にも求められているのは、それぞれの分野においてそれをいかに時代
のニーズに沿ったものに導いていくか、そのための指導者、実践者が求められてい
るのだ。それぞれの分野での人材育成がなにより大切なのである。それには時間が
掛かるが、問題の長期的な解決と目的達成のためにはそれしかないのである。
カネはそのために使うべきなのである。補助金だ、設備充実だ、公共工事だなど必
要ないとは言わない。要はそれぞれの分野でその仕事に当たる人材をどう育成して
いくかそのために生きたカネを使って欲しい、使うべきであるということだ。
本来の意味の雇用の創出もそれがあってできることだ。その分野は無限にある。
IT教育もほんのその一つに過ぎない。あらゆる分野でそういう議論がなされてい
るか国民はよく見極める必要がある。
補正予算成立に野党が抵抗したら、麻生総理は解散をちらつかせている。その意味
でもこの補正予算審議の意味は非常に大きい。国民はこの審議の意味をよく理解し
来るべき総選挙での選択において正しい判断をすることがなにより望まれているの
だ。
2009/5/9
早勢 直
今週の意見(630):
民主党代表選挙をめぐって
小沢氏辞任を受けて、急遽民主党の党首選挙が行われることになった。辞任からわ
ずか5日で代表選挙をすることに、党内からも、そしてマスコミからも批判がある。
国会で重要な補正予算審議中のことでもあること、そもそもそのことは党の規則で
決まっていることである。しかもそれは役員会で決めたことでもある。それをその
方法論をめぐって批判をするのは極めておかしい。それはある意味で緊急事態であ
るからこその手順であり、それに批判を浴びせるマスコミがおかしいのである。議
員総会でそれについて異論を言う議員に対し、小沢氏が高圧的にそれを封じたこと
を朝日新聞などが報道していたが、すでに決まっている規則を曲げて別の方法、手
順を入れよなどということこそが民主主義のルールに反しているのではないか。
テレビを見ていても、殆どのニュースキャスターだのコメンテータが、もっと広く
民意を聞いてからにせよ、とか、オープンにやれとか言っている。そして今回のや
り方があたかも小沢氏の意向を受けた執行部が、後継に鳩山氏をすえたいためにそ
うした手段をとったというような報道、解説をするものだから、始末が悪い。それ
はないはずだ。
いずれにせよ代表の途中辞任の場合は国会議員だけによる選挙ということが決まっ
ていたからその党則に従ったまでのこと、何の問題もないはずだ。そして岡田、鳩
山両氏が立候補した。今日の土曜日両院の議員が集まり、二人の演説を聞いた上で
投票を行い新代表を選ぶ。党内では支持の多い鳩山氏が優位に立っているらしいが
世論調査では岡田氏が大幅にリードしているケースが多い。それを見て、鳩山氏よ
り岡田氏に投票するというケースも増えているらしい。それはそれでいいのではな
いか。それぞれの議員が判断すればいいことだ。議員はもともと地元の県連で候補
として選ばれそして選挙を経て当選してきた人である。民意の代表者である。その
人たちが自らの判断で新代表を選ぶ。そのプロセスに一体どういう瑕疵があるとい
うのか。
小沢氏が辞任したのは、次の総選挙に勝つためであって、そのためなら鳩山氏、岡
田氏のどちらが党首になってもかまわないはずだ。心情的には自分をずっと支えて
くれた鳩山氏が新党首になってくれたらいいと思うのは当然だろう。鳩山氏の下政
権交代ができたら一番いいだろうが、しかし、仮に国民に人気の高い岡田氏が代表
になり、それで政権交代がより確実になるのならそれもいいはずである。小沢氏が
政権交代ができるかどうか全ての判断基準だ、と言っているのはうそではあるまい。
国会議員の一人一人の判断基準もそうだろう。世論で人気の高い岡田氏に入れると
いう判断はもちろん間違っていないし、国民的人気だけでなく、政権獲得後民主党
がどのように政権を運営していくか、野党との関係がどうなるか、党内の結束がど
うなるかなどあらゆる政治情勢を判断して、今は鳩山氏を選ぶのが正解だと考える
のも当然のことだ。
鳩山氏、岡田氏いずれが選ばれるにせよ、今は準決勝戦であって、決勝戦はこれか
ら始まるのだ。決勝戦は全ての国民が参加した総選挙なのだ。どちらが選ばれるに
せよ最後は総選挙で国民の審判を仰ぐのである。それ以上の民主主義的手続きがあ
るのか。
今回のこの民主党の手続きをとらえて、開かれていないとか、非民主的だなどと批
判浴びせる日本のマスコミって一体なんだろうと私はつくづく思うのである。
鳩山、岡田氏による昨日の討論会を見ていて、二人はさすがにそのマスコミの批判
に乗ぜられるようなところは一切なかった。政策論でも一致するところが多かった。
マスコミはそれがまた不満なのだろう。盛り上がりに欠けたなどと批判しているよ
うだ。
政策論の対決の相手は、この二人の候補者の言を待つまでもなく、今の政府与党、
麻生首相そのものなのである。その対決、討論こそはそれこそ何時間、何十時間で
も掛けてやったらいい。今日土曜日の選挙で鳩山、岡田両氏のうちどちらが新党首
になっても、麻生自民党政権との政策の違いを決定的に明確にしてくれるはずだし
国民はそのように期待していいはずである。
民主党の新代表の選任を受け、麻生首相が解散総選挙をさらに引き伸ばすなら、も
う総選挙結果は見えたと断言していいだろう。
2009/5/16
早勢 直
今週の意見(631):
期待できる党首討論
今後の政局の流れを決める要因の中で、民主党党首交代の最大のポイントは今後頻
繁に行われるであろう党首討論であろう。小沢前代表が西松献金事件のこともあっ
て党首討論をできる限り避けてきたのに対し、鳩山新代表はこれを回避する理由は
なにもない。すでにこれをどんどんやっていくと述べているし、麻生首相もこれを
受けて立つだろうと思われる。いいことである。
来週水曜日に行われる党首討論では、麻生首相は消費税アップの問題と日米安保、
日本の防衛問題を取り上げるつもりらしい。自民対民主の対決の中で、麻生首相が
鮮明にしたいのは、自民党と比べて民主党の政権担当能力のなさ、現実無視の統治
能力のなさということだ。小沢前代表がアメリカの日本での駐留軍は第七艦隊で十
分という発言をとりあげその無責任さを追求したいのだろう。さらにさまざまな政
策の裏づけとなる重要な財源である消費税アップを今後4年間議論する必要すらな
いとの鳩山氏の発言をとらえて、その意図、いい加減さを追求したいのだろう。鳩
山氏側から言わせるとそんなことはいくらでも答えようがあるはずだ。
麻生首相の場合、鳩山代表や、小沢前代表のそうした言い回しは単に今後の長期に
わたる問題解決のための基本的スタンスを述べたに過ぎないということがわかって
ないらしい。第一の防衛問題では、民主党は日米安保条約が日本の防衛問題のキー
ポイントであり続けることは、否定しようもないとする一方で、現在の日米安保体
制についてはあらゆる意味において、その根本的見直しが必要であること、先の小
沢発言は単にその一つの表現にすぎないことを説明すればすむ話ではないか。そう
した麻生首相の質問に関しては、これまでのアメリカの外交政策、防衛政策がオバ
マ政権誕生の中で大きく転換している中で、日本の側もそれに応じて、これまでの
アメリカべったりの外交、防衛政策のままでいいのかどうかという反論、逆質問が
あっていいし、そうなるだろうということだ。
消費税アップ議論の問題も同じである。民主党がこれまで財源論にあまり触れず、
消費税アップの議論もあえて避けてきたのは、まずは歳出面での徹底的無駄排除と
いうことを際立てさせたいからだ。岡田氏に比べて、鳩山氏はその戦略、作戦につ
いては、小沢氏のそれを引き継ぐつもりらしい。それが正解ではないか。その立場
こそがより多くの国民の理解と支持を得られることは明らかである。
麻生首相が消費税アップの必要性を述べることで責任政党であることを訴えような
どという魂胆は見えすいている。ただ鳩山氏も消費税アップはまだ相当先であると
ことを言うのでなく、まず徹底的な無駄の排除、そのスピードと成果を見た上で、
消費税アップの時期と幅を決定する予定であること、おおよその見通しはこれくら
い、と具体的に言及してなんら問題ないし、それも是非必要だと考える。
今日本が抱える重要な政治課題は麻生首相が今回取り上げようとするものだけでな
い。それよりもっと大きな緊急的かつ長期的な問題は山ほどあるのだ。短期的には
とりあえず現在進行中の補正予算審議についてのやり取りがあろうが、それよりも
っと重要なのはもっと長期的な問題だ。
年金、医療、雇用、その他福祉、景気対策、経済成長、環境、農業問題など数え切
れないほどの重要問題が沢山ある。今回そうした問題について8月と予想される選
挙までに、二人の党首による討論を重ねることの意味は極めて大きい。そうした党
首討論を解散、総選挙まで最低5回、理想的にはそれ以上やってもらいたいものだ。
討論すべきは政策論だけない。二人の次期首相候補の政治に関わる基本理念をめぐ
っての議論も是非やってもらいたいものだ。鳩山氏のそれはすでに明らかである。
「友愛」である。一方麻生首相のそれは一体何なのか。「友愛」とは何か、わかりにく
いとか、抽象的だとか批判多いようだが、それはともかくとして、一方の麻生首相
の政治理念、麻生氏の人生に関わる信条理念とは一体何なのかである。政治とは一
体何なのか、それは一体なんのためにあるのか、という根本議論をやってもらいた
いものだ。
お二人が具体的な政治課題に加え、その政策のベースともなるべき人間の生き方に
関する根本的価値観、哲学について議論を展開することを期待したいものだ。
2009/5/22
早勢 直
今週の意見(632):
党首討論の過小評価
27日の党首討論会はTV中継があり最初から最後まで全部見ていた。党首討論こ
れまで何度かあり多くのものを見てきたが、今回のそれは少なくとも前回の麻生、
小沢討論よりははるかに内容もあったし、それなりに面白かったと思う。もちろん
時間が足りないということもあって、まだまだ不満な点もあるが、少なくともそれ
ぞれ相手の痛い点を攻撃したり、反論があったいう点、両党首の第一回の対決とし
ては合格点を出してもいいのではないかと思う。またその後で、多くのマスコミの
評価では総じて鳩山氏の方に軍杯を上げたことに関しては納得がいったところでも
ある。討論後双方が今後何度か討論会をやることを確認していた点こそが最大の成
果であったと思われる。
今回このテーマを取り上げたのはその両者討論の中身評価をするということが目的
でない。討論会の後でのマスコミの評価があまりにも画一的、中身のない評論が多
いことについてのクレームを述べたいのである。マスコミの報道で両者の話の内容
論点の進め方、スタイルなどについて分析的、解説的に評論するなどいくつか新聞
についてはそれがあり、その内容の妥当性は別にしてそういうものは読むのに値す
るし、なるほどそうだと思うものもあった。
問題はTVに登場する政治評論家、特にわけのわからないコメンテーター達のコメ
ントの内容のなさである。別に今回のことに限らないのだが、その中身のないこと
と言ったらない。いわく、「理念を述べていない」、「具体的な政策論議がない」「使っ
ている言葉が一般庶民にはわからない」「野次がひどいなんとかならないか」などなど
だ。
私がその通りだと思うのはその野次のことくらい。たしかに討論中の野次はひどい。
官房長官が野党のそれを非難していたが、与党側のそれだって相当ひどいものだ。
あの野次を聞いていると日本の政治家の政治家としてのレベルが知れるという思い
である。野次に対する非難には同調する。
TVコメンテーター達の言で納得がいかないのは、「政治理念が語られていない」と
か「具体的な政策論がない」という決め付け、言い分である。それはないだろう。今
回はその内容がどれだけ深まったかどうかは別にして、鳩山氏はその政治理念であ
る「友愛」について語り、麻生首相がそれについて抽象的すぎてその内容がわからな
いと批判していたではないか。それぞれの言い分、その評価は別にして、それは重
要な論争の一つであったと私は評価している。
ほかに政治理念というテーマに関しては鳩山氏が「官僚支配、中央集権政治から 地
方分権の政治というテーマを持ち出し、麻生首相が「官僚バッシングだけでは政治
改革はできない」と答えていたのも、極めて重要な論点ではなかったか。次回選挙
の最大の争点だと言っていい。
麻生首相が今国民の最大の関心時は小沢氏の西松献金事件だと言い、それに対し連
帯責任のある鳩山氏が新代表に就任したことを皮肉っぽく批判したので対し、鳩山
氏があれは官僚検察の横暴だと切り返したのはたいしたものだと思った。これが幹
事長の岡田氏ならそうはいかなかっただろう。与党は今後ともこれを民主党の最大
の弱点として繰り返し持ち出してくるだろうが、それに対抗するには鳩山氏のこう
した断固たる反撃が必要だし、それが妥当とも思えるのだ。このやりとりも大変よ
かったのではないか。これは鳩山氏の官僚支配からの脱却というテーマとも根本的
に関わる問題なのだ。
TV評論家は政策論がないなどと批判しているが、鳩山氏が補正予算こそが最大の
官僚主導のばら撒き策であると、批判し、麻生首相の民主党の財源論不足の批判を
官僚天下り先の年間12兆円に及ぶ歳費の支出批判をもって答えたのも極めてわか
りやすくてよかった。
もちろん年金、医療、雇用の問題などまだまだ討論して欲しいテーマが山ほどある
ことは事実だが、これこそ今後の党首討論の中でどんどんやればいいことだろう。
私が言いたいことは、折角の討論を一言で政策論がないなどと片付けてしまう評論
家こそが政治不信の最大のガンになっていると思えるのだ。
党首討論に限らず、何かというと、評論家は国会でもろくな審議も行われていない
ようなことを言うが、国会討論会など聞いていてもなかなか中身のある議論をして
いることも沢山ある。彼らはそれをろくにも聞いていないし、また聞いていても本
当はその中身がよくわからないのでそういう評論しかできないのではないかとすら
思えるのだ。
それぞれの言い分をじっくり聞き、そしてそれぞれの言い分の妥当性をきちんと評
価できないのはマスコミそのものではないのか。こんなマスコミの正当な評価など
あてにしょうがない。与野党とも国民からの支持を拡大したいのであれば、マスコ
ミなど一切あてにせず、こうした党首討論を何度でも開き、国民にその内容をじっ
くり聞いてもらうことこそがすべてであると私は思う。今回の討論会をきっかけに
そういう機運が生まれたことは歓迎すべきことだ。
2009/5/30
早勢 直
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