2005年 今週の意見 5月
今週の意見(420):
モラルとモラールの脱線
JR西日本の脱線転覆事故で107人もの人が犠牲になった。信じられないよう
な事故であった。国土交通省は事故の原因の一つがATSの不備であったとし、
それを設置するまで運転再開を認めない方針を打ち出した。いつもながら泥縄式対
処である。事故の原因はいろいろあったのだろうが、一番の根本原因はその企業内
の従業員、乗務員の士気(モラール)と道徳(モラル)の低下ではないかと思われ
る。
事故の車両に出勤途上の乗務員が二人乗っていたそうだが、救助活動になど
参加することもなく、そのまま勤務先に向かったそうだ。多くの周辺住民が救助
活動を行った中でのことである。また、別の天王寺車掌区では事故後の時間、20
人ばかりの乗務員達仲間がボーリング大会をやり、二次会、三次会で酒を飲んで楽
しんだそうだ。もちろん殆どの参加者はその事故のことを知っていた。それを平気
でよくカラオケを歌い、酒を飲む気持ちになったものだ。世界中のメデイアがこの
大事故を報じている中のことである。
こうした大事故の一番の原因はATSでも、安全管理システムの不備でもなく
それを管理、運営している従業員、乗務員たちの仕事に対する意識、安全意識人と
して当然持つべきモラルや、人の命を預かる大切な仕事をやっているという意識や
責任感、仕事についての士気モラールの問題なのだろう。それが根本的に欠如して
いて、どんな安全管理システムを備えても、ダメなことはいうまでもない。
最近特に鉄道関係、航空関係で運行ミス、管制ミスのニュースが数多く報じられ
ている。いずれもそれだけで大事故につながっておかしくないものばかりである。
どうしてそういうことになるのか。なにかことがあると、すぐに管理体制が悪
い、システムが悪い、規則が悪い、法律が未整備だ、などという問題になるがそう
ではない。脱線転覆したのは電車だか、それを引き起こしたのは、モラルとモラー
ルなのだ。それをどう正規のレールに戻すか、これが一番の問題だということをお
互い忘れないようにしたい。
2005/5/7
早勢 直
今週の意見(421):
裁判員制度導入に関連して
裁判員制度が4年後実施されることについて、最近あちこちで世論調査が行われ
ている。ほとんどの調査結果は、国民の7割が裁判官になることなどいやで、やり
たくないとし、そもそもそんな制度導入に疑問をいだいているようだ。
裁判ましてや刑事裁判に、法律に全く素人の一般国民が参加して一体なにができ
るのだろう。そんな重大事に参加して判決を決めるなどということにしていいのか
どうか。第一今やっている仕事をほっぽり出してそんなことに関わっていられるの
かどうか、なぜそんなことまでやらなければならないのか、という疑問を持つのは
当然のことだ。
私自身最初そのことと聞いた時同じような感想を持った。しかしその後いろいろ
聞いているうちに段々考えが変わり、いや、やはりそれはいいことかなと思いはじ
めたのだった。一昨日のNHKでも報じていたが、法務省が作った裁判員制度PR
のためのドラマのあらすじを聞いてなるほどと感じた。
そのドラマで裁判長役に扮する俳優の中村雅俊が、裁判官になることをしぶる民
間人にいうセリフがある。「裁判に対する無関心こそ最大の罪なのです。」
そうなのである。この制度導入の目的はさまざまあるだろうが、要するに裁判と
いうものに対する国民の関心を高めること、その大切さ、難しさを知らせることが
大きなねらいなのだろう。もちろん一般国民の視点を判決に反映させることが本来
の趣旨であることもいうまでもない。裁判は法律専門の裁判官、検察官、弁護士だ
けのものでなく、国民一人一人の関心が大切なのである。それがあってはじめてそ
の制度自体の公正さが維持されていくということなのだ。そうしたものへ参加する
ことで国民の関心を高めることができる。それはその通りだと考えるようになった。
そう言えば、裁判、司法制度のこともさることながら、今の国民の低い政治への
関心を高めるために同じことをやったらどうか、とふと思った。国会にせよ、地方
議会にせよ、それを構成する議員たちは選挙で選ばれるが、そのうち10%でも
20%でも、無作為で選んだ国民や市民が一定期間議員をつとめる制度をこちらで
も導入したらどうだろうか。
国のレベル国会だってそうした制度を導入してもいいし、とりあえず地方の市議
会あたりからそうした制度を導入してみたらいいと考える。地方議会なら地元のこ
と、自分たちの生活に直接関わりのあること、裁判官制度みたいに専門的知識がい
るわけでなく、市民としての常識で議会の決定に参加できる意味は大変大きいと思
うのだ。そして市制、県制、そして国レベルへの政治への関心がもっと高まると思
うし、その改善にも役立つと考えるのである。
いかがであろうか。
2005/5/14
早勢 直
今週の意見(422):
監査役監査
毎日のように企業のさまざまな不祥事が報道される。今週はイカリソースの代表
取締役自ら関わった公金詐欺、NHK職員の横領事件など報じられていた。西武堤
会長が自ら指示し関わった長年にわたる不正経理処理、カネボウの多額の粉飾決算
など大きな事件もあった。カネボウなどあんな大々的な不正を働いた企業にどうし
て産業機構がその復活を支援したりするのか。そんな企業はさっさとつぶしてしま
うべきではないのか。
そうした不祥事がある度に記者会見に社長以下会社を代表する取締役が出てきて
「すみません、申し訳ありませんでした。今後二度とこうしたことを引き起こさぬ
よう、内部監査、外部監査制度を見直し、内部統制をきちんとします。」みたいな
発言をくり返し頭を下げるのである。
そうした記者会見の場に社長以下関係取締役が出てくることがあっても、監査役
がでてくることなどめったにない。誰もそれを不思議に思わない。不祥事が起こっ
た場合、社長や関係部門の取締役の責任が問われるのは当然としても、それが偶発
的なものならともかく、西武鉄道やカネボウのように長年にわたって不正が恒常的
に行われている場合、その内部監査に当たる監査法人、監査役がその実態を知らぬ
わけがないのである。彼らの仕事はそうした不正を摘発し、是正することがその職
務なのだ。商法上そうした職務内容や権限は明確に定められている。その職務を果
たさなかった責任をどうして追及しないのか。
日本では社長以下取締役が不正を摘発され、罪を問われることがあっても監査役
がなすべき職務をきちんと果たさなかったという理由でその罪を問われることなど
めったにない。堤会長などやったことは全部自分の責任だ、などとしたことは一見
潔ぎいいような感じであるが、それを見過ごし、見て見ぬふりをしてきた関係取締
役、それに監査役の責任も同時に追及されるべきなのではないか。最大の責任者が
トップであることには違いないが。
日本では内部告発ということがあまり起こらない。行われない。そういう社会風
土なのだ。しかし現商法上の監査役とはそうした内部告発を法的に制度化したもの
だといっていい。そうした制度がありながら不祥事が起こる度に監査制度を見直し
ますとか強化しますとか、すべきだというような言い方が出てくること自体がおか
しいのである。もうそれ以上の内部監査の仕組みはないと言っていいくらいのもの
である。
不正防止のためにこれ以上制度の強化などなんの必要もない。今の商法上の監査
役制度を法律通り実施することこそ一番大切なことなのだ。それがそうなっていな
いのはどういうことなのだろう。
2005/5/21
Tadashi HAYASE
今週の意見(423):
外交音痴はどっちだ
中国の呉儀副首相が予定していた小泉首相との会談をキャンセルして、帰国して
しまった。当初国内で重要な事態が生じたからという発表があったが、その後、そ
の直前訪問した武部自民党幹事長が小泉首相の靖国神社訪問をめぐって中国側と激
しいやりとりをしたことに端を発したとの報道があった。
そもそもこの日中関係のややこしい時に、自民・公明の与党の幹事長が、のこの
こ中国にでかけて、せっかく少し収まりかけていた問題にまたまた火をつけるよう
なことにしてしまったわけで、彼らは一体何をしに行ったのだということである。
あれや、これやでまたまた日中間でこの靖国神社問題がまた蒸し返される結果と
なってしまった。この問題についてはどのような理由があろうと、一国の副首相た
るものが日本国の首相との会談の約束をキャンセルして帰国してしまうなどという
非礼を非難するマスコミの論調もある中で、結局それも首相の靖国神社訪問の問題
が事件の原因であり、まずはそれをやめるべきだ、そんないいがかりを与えてしま
う日本の外交が稚拙であるというような論調が多いことに私は少々腹が立ってきた。
日本の外交が稚拙であるというのはそうかもしれない。しかし稚拙だ、なんだと
いう前に外交にもお互い守るべき最低の礼儀、マナーがあるのではないかというこ
とだ。それを守らないで、相手の駆け引きの稚拙さをつくのが外交だということで
はないだろう。
先に起こった一連の反日デモについての中国政府のスタンス、それに今回の副首
相の突然の帰国事件などその非礼さ、マナーの悪さは一体どういうことなのだ。そ
れに比べ日本の政府、外務省のとった一連の態度についてはそうしたルール、マナ
ーという点では外交上別になんの問題もないと思われるのである。
靖国神社問題について中国側の主張には当然耳を傾けるべきだ。それは真摯に対
応すべきなのだろう。それが重要な外交のポイントであるようだからである。しか
しだからと言って、その答えが気にくわないからと、あのような反日デモを起こる
ことを放置してみたり、副首相が首相とのアポをキャンセルして帰国してしまうよ
うな非礼をはたらいて平然としている国の外交センスとは一体なんなのだろう。そ
れは日本のように稚拙ではなく巧みだとでもいうのかである。
まことにもっておかしな話ではないか。日本の外交はたしかに稚拙なのかもしれ
ない。それをピアノ演奏に例えれば、リズムやテンポはかなり狂っている。しかし
少なくとも音程自体はそんなに狂っていない。が、中国が演奏するそれは、演奏す
る楽器の音そのものが聴くに耐えないほど狂っているのではないか。
音痴は向こうの方である。こっちは下手かもしれないが、発する音は狂っては
いない。
2005/5/28
早勢 直
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