2002年 今週の意見 5月
今週の意見(269):
払い戻し
昔からブルートレインが好きでよく利用した。今は高松・東京間でよくサンライ
ズ瀬戸を利用する。昔のブルートレイン瀬戸だ。夜9時半頃出て翌早朝7時台に着
くから、ビジネスマンには便利。一日を効率よく使える。
今年になってから二度、最初は正月明けに東京・高松、それから先週高松・東京
で利用したのだが、なんとその二回とも大幅に到着が遅れた。最初は雪のせいであ
り、先週は前の列車の人身事故のせいであった。それぞれ遅れは二時間半、一時間
であった。
寝台列車の場合到着が早朝でそれぞれの地域の通勤時間帯にかかるものだから、
遅延は列車運行に致命的な影響を与える。正月明けの場合は途中米原で新幹線に乗
り換え、岡山まで行き、瀬戸大橋線に乗り換えるように変更されたし、先週の場合
は熱海で新幹線、東京までという変更になった。いずれも新幹線利用はすでに払っ
てある特急料金で済むから便利なもの、その機動性はさすが日本の鉄道、JRはた
いしたものだと感心する。
さて問題は払い戻しである。最初の場合は二時間半遅れたから特急料金は払いも
どしてくれた。が、寝台料金は返してくれない。二回目は一時間の遅れだったから
払い戻し金なしである。これがどうも釈然としないところである。
いや、鉄道に限らず、空路など特に、その運行が天候やさまざまなアクシデント
に支配されるから、少々の遅れでいちいち払い戻しに応じていられない事情はわか
る。しかし観光ならともかく、ビジネスの場合一時間の遅れなど致命的なことにな
りかねないのである。ところが、JRの車掌や、駅の係員など、念のために確かめ
ても「はい、一時間の遅れは払い戻しの対象になりませんよ」って感覚なのである。
「それがわがJRの長年の規則で、常識です」って言いたいのだろう。
JRの運賃は大変高い。が、それが極めて便利であり、時間も正確であるからこ
そ利用するのだ。しかし時代は変わったのである。スピードの時代である。一時間
程度の遅れはしかたがない、などという感覚は改めてもらいたいものだ。今後鉄道
が長距離で空路対抗できるようになるためには、最低30遅れたら特急料金払い戻
し位のサービスをしないとダメなのではないか。
2002/5/4
Tadashi HAYASE
今週の意見(270):
>フランスはフランスの価値基準に忠実だった」 −フランス
>「おらが町はおらが先生様にに忠実だー」 −日本の票田住民一同
おらが先生様に忠実なのは別にいい。問題はその先生様の国家、地域社会につい
ての問題意識だ。
極右のルペン氏は決選投票で18%の得票率だった。シラク氏82%。最初の投
票から見ると考えられないような大差となった理由は明らかである。
シラク氏に対して日頃政治的には敵である政党、反シラクのマスコミも、フラン
スの「自由・平等・博愛」の価値を守る一点でまとまったからだ。今更EUからの
脱退や移民を追い出せなどという国粋主義が国を危うくするという危機感だ。
選挙が終わって、シラク支持の市民が一様に「フランスの民主主義が守られて納
得、満足している」、とコメントしているのが印象的だった。
おりしも日本では、出身地域への利益誘導のために働く政治家の実態が次から次
へと明らかになっている。鈴木宗男、井上元参議院議長などのケースである。彼ら
はもちろん政治家としてなっていない。しかし彼らを選んだのはまさにその票田住
民だ。その政治意識、国家意識、民主主義に対する意識とは一体なんなのだろうか。
自由・平等・博愛の民主主義の価値観を革命で勝ち取ったフランス国民のそれは
まさに筋金入り、ほんものなのだろう。日本の民主主義は敗戦の結果、アメリカに
よって与えられたものだった。一応の姿、形を学んだことは間違いない。それは否
定しない。しかし本当にその意味、価値をマスターしたのだろうか。フランス人の
ように、そしてアメリカ人のように、それを革命や、国内の戦争によって獲得した
ものではないのだ。なんでもお上から与えられ、指導され授けられてきた日本人の
それとは根本的な違いがあるのだろう。
現在の日本の政治的混迷の理由はまさにその点にあるということに気がついた。
2002/5/11
Tadashi HAYASE
今週の意見(271):
早期解決の道
中国・瀋陽の亡命者連行事件について、日本側、中国側両者のいい分は真っ向か
ら対立している。あの日本領事館の態度から見て、中国側の主張が正当かもしれな
いと思われてもしかたがないところが多分にある。
認めた、認めない、言った言わないなど水かけ論はこれ以上いくらやっても意味
がない。「中国側としては、1日も早く事件を沈静化させた方がよいと考える」と
関係当局が述べたのは本音だろう。
それぞれの国家双方がメンツが立つようにするにはもう早期解決以外ににない。
亡命希望者の第3国移送である。多分そうなるし、それでいい。
しかしそれはあくまで外交面での解決だ。問題の本質の解決ではない。
中国側の主張が正しいかどうかは別にして日本領事館員の対応、外務省幹部の対
応がなっていなかったことは事実だ。与野党内にもその意見があるように、関係者
の処分を早急に行うことだ。川口外務大臣の更迭を含めてである。首相はそんなこ
とは考えていないようだが、それくらい重要な事だということである。
川口大臣の言うように、言葉だけで「猛省をうながす」だの「再発を防ぐ」だの
いくら言ってもしかたがない。これだけ外務省からみの不祥事件が起こって大臣や
政治家が責任を取ることがあっても、役人自体はせいぜいその職を交代するだけで
そのまま居残っていることが多いのである。田中真紀子大臣更迭劇がそうだった。
外務省自体に本当に反省してもらうためには懲戒免職を含めた厳しい処分が行わ
れるてしかるべきだ。それは法律だの規則だの問題ではない。国家公務員、そして
人間としての基本的な規範を持ち合わせない者に外務省の重要な仕事などまかせ
られないというスタンスを示すためである。
2002/2/18
Tadashi HAYASE
今週の意見(272):
批判は自虐的か
瀋陽領事館で起こった亡命者事件で民主党が独自に送った調査団の調査報告に対
し、小泉首相があんな批判は「自虐的だ」などとコメントしたことについて、野党
は一斉に反発している。また安倍官房副長官も、それを中国側のスピーカのような
ものだ、と批判した。要するに同じ日本人なら、敵を利するような言動を慎めとで
も言いたいのだろう。
民主党の調査の中で、副領事が、警官と握手をしたなどと、その行為自体があた
かもなれ合いの証拠のような言い方をしている部分などたしかにあまり感心しない。
しかし日本は言論の自由の国である。中国みたいに、一党支配、しかも白を黒と
いい切るような国とは違う。それが仮に外交問題であったとしても、国内でさまざ
まな意見、見解の相違があって当然である。どちらが正しいか、正しくないか、あ
らゆる観点から、具体的な例も挙げながら議論すればいいのである。別にそれ自体
が国益に反するとか、ましてや自虐的だなどいうことは決してない。
大体野党がなぜ独自の調査団を派遣したかは、政府、外務省の対応、提供される
情報があまりにも不正確であったり、不適切であったからだ。ほんとのところはど
うだ、と自ら調べてみること自体大いに意味があったと思う。
政党の国政調査権を軽視するような言い方は困る。
2002/5/25
Tadashi HAYASE
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