今週の意見 − 3月−4月


随想(1):

蜃気楼

 先週末は東京、今週末は北陸路である。従兄弟の哲ちゃんの招待で富山県の魚
津に出かけた。蜃気楼の名所で知られる。ここは私にとっては第二のふるさと。
両親の出身地であり、子供のころ疎開した先でもある。戦争が激しくなった終戦
の昭和20年、私は小学校の二年生、その頃から東京、大阪といった大都市はも
ちろん地方都市にもどんどん空襲が襲い始めた頃である。田舎だからと言って安
全かどうかわからなかったが、同じ富山県でも富山市のような都市ではなかったし
魚津なら空襲もなく安全だろうと堺の家から私と上の姉が祖父祖母の家に疎開す
ることになったのである。多分まだ春遠い2月頃の頃だ。堺の家には両親と残り
5人の兄弟姉妹が残った。事実その後堺市は大きな空襲を受けることになる。幸
い堺の実家は延焼の難から逃れたのであるが。               

 結局魚津に疎開していたのは7ヶ月あまりだ。疎開していた学校のことはあま
りよく覚えていない。町にある二つの小学校のうちの一つに入った。他に都会か
ら疎開してきた子供がいたわけではないが、あまりいじめられたような覚えもな
い。なにしろ疎開してからあっと言う間に終戦を迎えた。戦争が終わって父が迎
えにきてくれた時のうれしさはよく覚えている。またこれで父や母の家に戻れ、
兄弟喧嘩ばかりしていたが兄弟と一緒に暮らせると思うと本当にうれしかった。

 魚津に関してさまざまな楽しい思いでができたのはむしろ終戦後だ。魚津には
その後小学校、中学校の夏休みごとに祖父母の家にやってきた。父方の祖父母、
母方の祖父、叔父叔母はみないつも歓迎してくれた。日本海の冷たい海で水泳を
したり、川で魚とりをして遊んだ。魚津は名前通り、魚のおいしいところ。夏に
はとりたてのいかのさしみ、冬のタラやかにの味は最高である。母は今は堺市に
住んでいるが、堺から電話をかけ、魚津から魚を取り寄せる。そしてそれを私達
兄弟のところに送ってくれるのだ。私はその代償として、彼女の小遣いと称して
2万円3万円と送るわけである。と、またその金を使って魚津の海産物を送って
くれる。故郷を持っている人は幸せである。                

 戦争の思い出など終戦記念日のある8月にでもやればよさそうなものだが、ま
だ雪の残る北陸路、寝台列車の中でうとうととしている間、走馬燈のようにあの
頃を思い出したわけだ。土曜の朝5時。私たち夫婦は春まだ寒い魚津の駅頭に降
り立った。冷たい朝の空気が体と心をひきしめる。私は改札口に出迎えてくれた
哲ちゃんに向かって手を上げた。                     

1996/3/2                                
Tadashi HAYASE                             



今週の意見(8):

スポーツ施設

 私の入っているテニスクラブのコートを改装するため2月中旬から3月初旬まで
約25日あまり使用できないことになった。ここには野外7面の他室内コートが3
面あり室内は改装せずそのままなので日曜日の午後だけは通常通り使えるという。

 その他の日はスクール生のためのスクールに使うという。まあ、たった一月弱の
ことだからちょっと我慢すればすむ話。が、土曜、日曜、これを楽しみにしている
私やその他テニス狂にとっては大問題なのであった。日曜日午後は使えると言って
も、いつもの3倍は混むから、いつものようには楽しめない。それに午後からでは
生活のリズムが狂ってしまう。私の日曜日は午前中テニス、午後ビールを一杯やっ
て昼寝してから、別の好きなことと相場が決まっていたからだ。そのリズムが狂う
のは、おもしろくない。                          

 で、仲間と臨時にプレイできるコートをあっちこっち探すことになった。まあ探
せば、思ったより結構ある。市のコートもあるし、民営のコートだってある。が市
のコートなんて前もって一ケ月も前から申し込んでおかないとだめだし、それも競
合すれば抽選だという。常日頃そこを使っている連中が独占的に使っていて、なか
なか臨時に割り込むことなどできない。それはしかたがない。彼らにとってそこが
ホームコートなのだから。                         

 民営のコートは結構あるが、値段が結構高い。それとやはりいつも空いていると
は限らないのである。これもかなり前に予約を入れておかないと混んでいることが
多い。それに土日が混むのは当然である。日本では殆どの企業、官庁、学校は土日
休みだからである。                            

 結局いつものテニスコートが使えない間、なんとかあっちこっちジプシーのよう
に渡り歩いてそれなりに仲間とテニスを楽しんだ。それはそれで楽しかった。が、
いまさがら気がつくのは、日本のそうしたスポーツ施設のお粗末さである。別にテ
ニスとは言わない。日本の都市ではどこもスポーツ施設がお粗末である。公営のそ
れはもちろんだし、民間のそれも数が少ない。民間のスポーツクラブなど仮にあっ
ても極めて中身が乏しい上に、その入会金とか、会費の高いことったらない。入会
金200万円、会費月3万円なんてのは一体誰が払えるのか。法人会員くらいだろ
う。それが払えるのは。金持ちの会社幹部がメンバーになっているが彼らはそんな
ものあまり利用しない。これがアメリカ当たりだと、入会金20万、会費月1万円
とか5千円で、それこそ、プールからテニスコート、スカッシュ、室内ジム、レス
トランまでそろったものが結構あると聞いたし、私も渡米のおり、知人にそういう
場所に連れていってもらったことがある。                  

 高齢者社会を迎えてこれから高齢者も、若者ももっとスポーツで体力を鍛え、健
康の維持をこころがけなければならない時代である。多くの人がスポーツを楽しみ
健康を鍛える喜びをもっと気楽に味わえる社会基盤、生活基盤を作っていくべきだ
と思う。あの住専問題解決のために使う7千億もの金があるのなら、そういう国民
の健康増進のためのスポーツ設備増強、基盤整備をやってもらいたいものだ。  

1996/3/9
                                 


随想(2):

人生に卒業はない

 3月は卒業式のシーズンだ。日本では小学校、中学校、高校、大学す
べての学校の卒業式が3月である。卒業式の後の謝恩会にでも出かける
のであろう。振り袖姿の女性を駅頭やホテルで多く見かけるシーズンで
もある。                            

 私も小学校から大学まで4つの卒業式を経験した、私の場合もう一つ
アメリカの大学での卒業式を経験している。それは4月ではなく6月で
あった。日本の卒業式のパターンは次のようだ。校長や学長が卒業生に
贈る訓辞を述べる。在校生が卒業生を送る言葉を述べる。そして卒業生
を代表して学業成績優秀なるものが答辞を述べる。さらに今度は別の代
表総代が卒業生を代表して卒業証書を受け取る。それは非常な名誉なの
である。アメリカの場合は卒業生全員が校長なり、学長から卒業証書を
受け取る。その方式の方が民主的でよさそうだ。全員参加である。  

 それは別にして、卒業とは決して、終わりではなく始まりである。そ
れは人生の一つの区切りであるにすぎない。次の階段を一歩登るだけだ。
卒業証書は単なる一つの課程を終えたという証書にすぎない。次のステ
ップに進むための一つのパスポートみたいなものだ。        
 
 そして、卒業したらすぐに次のステップが待っている。人間死ぬまで
仕事のためにも、人生をより意義深く生きるためにも永遠に勉強を続け
なければならない。大学を卒業したら、それで勉強が終わりなのではな
い。むしろ本当の勉強はそれから始まるのであろう。それは苦しみでも
あるが、人生の一つの楽しみにもしたいものだ。「卒業」という映画が
あった。映画は駄作だったがテーマ音楽、サイモンとガーフアンクルの
「サウンド・オブ・サイレンス」がすばらしかった。それを聞く度に、
さまざまなこれまでの卒業のシーンを思いだす。          

 人生には「卒業」はないのである。定年退職後大学に入って好きな勉
強をする人がいる。すばらしいことだ。そういう人にはなんとか授業料
免除の制度や、特別に安い授業料の制度ができないものかと思う。  

1996/3/16                           
Tadashi HAYASE                        



今週の意見(9):

景気を人質にするな

 住専問題で国会が紛糾している。新進党が住専処理のために使われる6800
億円も国民の税金を使うことに反対して、これを新年度の予算から削除せよと要
求し、予算委員会の決議を阻止するために座り込みを続けている。与党はそれを
民主主義を破壊する暴挙といい、野党の新進党は与党の審議打ち切り決議強行は
数を頼んだ暴挙だという。                        

 まあどっちがどっちとは言わないが、一つ気になるのが、与党がさかんに予算
を早く通さないとせっかく立ち直りつつある景気に影響すると言っていることだ。
株価がせっかく上がりかけているのに、こうした政治の停滞がその足を引っ張っ
ているとか、景気の低迷は今の就職難に拍車をかけるとか、失業率の一層の上昇
に輪をかけるものだとか、と盛んに言う政治家がいることだ。それは事実であろ
う。政治の停滞が景気の回復の足をひっぱり、先行きの経済活動に対する不安が
株価の低迷を招いていることは間違いのないことだ。日本の金融システムへの不
信感がいわゆるジャパンプレミアムの一層の上昇に拍車をかけていることも事実
であろう。                               

 しかしだからと言って現在の住専処理案をそのまま認めてよいことには決して
ならないと思う。6800億円位の金でこんなにもめていたら経済自体が大変な
ことになる。だからさっさとそれくらいの公的資金導入は認めてしまえ、それは
全体の国民のためだ。そういう意見が結構多いのである。テレビでも有名な評論
家でそんなことをいう人が結構いる。                   

 それはそうだろう。政治の停滞が景気の停滞につながることはである。しかし
この際おかしいことはおかしいと徹底的に追求すべきである。こと住専問題に関
してはその問題の本質はまだ一向に明らかになっていない。政治の不始末、大蔵
省の不始末、母体銀行の不始末、そしてもとより住専企業各社の不始末、末野興
産の摘発でも明らかになったように借り手の不始末。その内容を徹底的に明らか
にし、責任の所在をまず明らかにすべきなのである。それをしないで景気を人質
にしてその追求を逃れようなどとはまことにもって困った事態であると思う。 

1996/3/23                                
Tadashi HAYASE


今週の意見(10):

小学校から英語を

 入学式のシーズンである。中学、高校、大学の入学もそれぞれ思い出深いがな
んといっても小学校の入学式が一番印象深い。母親に手を引かれて新しいランド
セルを背負って入学式に行く子供の姿を見るのは実に楽しい光景である。ランド
セルの中には筆箱やクレヨン、ノートそれに算数や国語の教科書が入っている。
これから小学校6年間、中学3年間が日本の義務教育である。日本の文盲率が世
界的に見てもずば抜けていいのはこうした義務教育で読み書きをしっかり教える
からである。そういう意味では日本の教育制度システムには合格点を与えてもい
いのかもしれない。                           

 問題は日本の現在の義務教育が新しい時代の要請やニーズに即しているかとい
うことだ。国際化、情報化、ネットワーク化の時代に適応するため、必要な能力
を与えるための教育を提供しているか、ということである。その点に関してちょ
っと疑問がある。                            

 情報化の時代、子供のパソコン教育の必要性については以前にも述べたことが
ある。その環境はじょじよに整いつつあるようだが、まだまだ不十分のようだ。
パソコン台数の絶対的不足、それに教師の不足。適切な教材やソフトの不足、そ
の他環境整備不足の問題があるだろう。それに語学教育、具体的には英語教育の
不足、不備があげられる。英語は中学から教え始めるがどうして小学校から教え
ないのか、という疑問がある。反対論は予測できる。他に学ぶことが多いのに英
語を加えると子供に大きな負担になる。果たしてそうだろうか。別に学校で教え
なくても多くの子供は既に塾に通って将来の中学、高校、大学の入試に備えて英
語を学んでいるのである。                        

 私が小学校から英語をというのは別に入学試験のためではない。これから本格
的に始まる国際化、情報ネットワーク化の時代に備えてのことだ。インターネッ
トやパソコン通信が日常のビジネス、生活の中で当たり前のように活用され、ま
た活用しなければならない時代になることはまちがいない。日本が国際社会の中
で日本の文化や伝統を維持しながら、諸外国と交流し、ボーダーのない社会で生
きていかなければならない。そのために私は英語はやはり必須であると思う。入
学試験のためでなく、21世紀、真に国際社会で生きていくために子供の英語教
育をはじめなければならない。小学校のカリキュラムに英語をいれるべきだと主
張するものである。                           

 3月23日中央教育審議会の答申があった。小学校からの英語教育見送りとい
うことである。お隣の韓国は1977年に、小学校4年から英語教育を始めるそ
うである。                               

1996/3/30                                
Tadashi HAYASE

今週の意見(11):

霧島の引退

 春場所で負け越しが決まり平幕の霧島がついに引退した。通算21年間
大関から陥落して3年、よくがんばったものだ。ライバルの小錦と19勝
19敗。二人はライバルとして共に大関を張り、そして平幕に陥落して、
互いにがんばる友として励ましあってやってきたという。いい話だ。  

 霧島、小錦の前に大関まで行って平幕に落ちそれから何場所もがんばる
関取はいままであまりいなかったようだ。大関のような高位に達してしま
うと、後は平幕に落ちても相撲をとり続けるということはなかなか難しい。
なによりもプライドの問題がある。収入も違えば、部屋での扱いも違う。
でも二人は大関陥落後も相撲をとり続けた。相撲が好きだということ、そ
れに、正直言って他に何をするんだということがあったに違いない。  

 他のスポーツの社会では当たり前のことかもしれないが、伝統的に地位
や格式を重んずる相撲社会で二人ががんばったことは象徴的である。日本
の企業社会にも今同じことが起こりつつある。これまでの企業社会ではビ
ジネスマンはただ階段を登り続けるのが普通だった。平社員から係長、係
長から課長、課長から部長、そして役員。誰もが部長や役員に上れるわけ
ではないが、早かろうと遅かろうと階段を登ることはあっても下がること
は滅多になかった。                        

 今日はちがう。そういう年功序列システムは基本的にくづれつつある。
たとえ課長といえども部長と言えども業績いかんでは、下の地位に降格さ
れることは珍しくなくなったのである。それに降格は果たして恥ずかしい
ことなのだろうか。相撲がそうであるように誰だって絶えず勝ち続けるこ
となんて不可能である。競争に負けて降格したらまた上位をめざしてがん
ばればいい。そうわりきればいいのだ。               

 霧島の引退が多くのフアンに拍手も持って迎えられたのは、彼のその生
き方にある。毎日競争の中に身をおいている企業のビジネスマンにとって
も彼の生き方は一つの励ましとなったわけだ。残るは小錦。彼も最後の力
がつきるまでがんばって欲しいと多くの日本人は応援している。    

1996/4/6                             
Tadashi HAYASE 

今週の意見(12)

新入社員が期待されているもの

 4月1日、企業各社では一斉に新入社員を迎えて新入社員の入社式が行われた。
企業の社長が新人を迎えて訓辞を述べる。「我が社の将来は君達の双肩にかかっ
ている。」と言った最もスタンダードなものから、最近は「企業は毎日が革新の
場であり、その先頭に立ってリータシップを発揮するような人間になってくださ
い」と言ったトーンの方が多いのかもしれない。              

 さまざまな訓辞があるが、新入社員達もその時は素直に聞いている。「なるほ
ど社長の言う通りだ。よしがんばるぞ。」ところが入社して1ケ月2ケ月経つ頃
早くも最初の倦怠感が生来する。こんなはずじゃなかった。企業の現実は自分達
の想像していたものよりもっと、どろどろしているし、厳しい。厳しいというよ
りも単調である。もっと高度なことができると思ったのに、やらされるのは誰で
もできそうな簡単なことばかりだ。「そんな仕事をやらせるために大学卒の俺を
私をわざわざ採用したのだろうか。」                   

 なによりも管理がうるさい。朝遅刻なんて絶対許されない。仕事が終わって帰
ろうと思っても、同僚や上司が残っているとそれに気を使わなければならない。
仕事が終わったらさっさと帰っていいと聞いていたが、そうすると仲間や上司に
嫌みを言われることもある。日本の職場ではいまだにそういうムラ意識が強いの
だ。                                  

 昨年の就職戦線は実に厳しかった。それを勝ち抜いてせっかく入った会社だ。
「少々不満があっても我慢して勤めなさい。」不満をもらすと両親はそういう。
別の会社に入った友人と時々会って話をするが、どこも大同小異のようである。
そう、まず我慢が大切。企業社会は学校とは全く違う。当たり前の話なのだが。

 問題はつまらないそれぞれの企業職場の掟に従ったり、その企業独特の風土に
なじむ努力をするのはそれはそれでよい。仲間や同僚と上司とうまくやるにはそ
れしかない。問題はそれで1年経ち、2年経ち、5年経ち、10年経った時にす
っかりその企業だけの色に染まってしまうことだ。             

 その企業風土になじみ、仲間となじむことはいい。しかし、企業社会はそこが
全てではない。またその企業は決してそのために新人を雇ったのではない。企業
は一方でその企業文化になじむことを期待しながら、新人には必ず何か新風を吹
き込んでくれることも期待しているのである。それは社長の訓辞にも必ず出てく
る話だが、決して形だけ言ってるのではない。新人採用の場合彼らがそれまでに
ない新しい仕事を始めてくれたり、新しいやり方を始めたり、全く新しい市場を
開拓してくれるすること、そういう人材に育ってくれることを期待しているので
ある。                                 

 新人諸君、もう何十年もその企業にいる社員がそんなことを始めようとする姿
勢もなく、またできてもいないのに、どうして私達新人にそんなことができるの
か、などと問うことなかれ。企業は、そして少なくとも社長は、本当に君たちの
中からそうした次世代の経営者や、リーダが育って欲しいと願っていることはま
ちがいのないことなのだから。                      

1996/4/13                                
Tadashi HAYASE 

今週の意見(13):

情報発信

 インターネットが盛んになってきてから、「情報発信」という言葉がしばしば用い
られるようになってきた。以前は情報というと、情報収集というニューアンスが強
かった。最近は情報発信とか、世界に向かって情報発信、などという言い方が多く
なってきている。                             

 インターネットでは情報は基本的にタダである。通信代、プロバイダに支払う
接続料は有料だがインターネット上で得られるあらゆる貴重な情報は全て無料で
ある。もちろんコンピュータパソコンのソフトなど有料のものを除いて。これが
従来のパソコン通信の情報と違う点である。パソコン通信の場合、一分間8円と
か10円のチャージがある。こうしてインターネットではさまざまな貴重な情報
がタダのものだから人々はあらゆる情報をネットサーフインなどと称してあさり
続けるわけである。                           

 それはそれでよい。しかし情報は収集するばかりでは自分のものとならないの
である。収集するとともに世界の人々にとって有益であると思われる情報を発信
することが大切なのである。そうしてそれに対するレスポンスもあってその情報
がさらにその価値を増すという側面もある。日本人は一般に情報収集にはどん欲
だが、発信の方は極めて慎重であり消極的であるという面がある。こんなことを
言ってもいいのかしら、とか、こんな情報はたいしたものでないから発信をやめ
ておこうというスタンスである。そうではない。どんなものでもいいから、まず
自分の責任においてそれを発信することが大切なのである。         

 情報化社会では情報は集めるだけではダメなのである。インターネットなどで
貴重な情報を集める一方で自分も世のため人のためになるような情報をお返しに
発信することである。これが情報化社会の一つの重要なルールであると言ってい
いのであろう。下手でもいい。まずキャッチボールが基本だということである。

1996/4/20                                
Tadashi HAYASE                             

                            
今週の主張(14):

フオードとマツダ

 フオードがマツダをその経営傘下におさめることになった。マツダはここ数年
業績不振で赤字幅が増大、これを改善することができなかった。バブルの最盛期
機種を増やし、設備投資を積極的に行ったのが裏目に出たということである。企
業の栄枯盛衰は別に珍しいことではない。が、日本を代表する自動車メーカーの
一つがアメリカのビッグスリーのフオードに経営権をゆずると言うこと自体日米
の経済関係の中で極めて象徴的なことである。それは高度経済成長時代からずっ
と日米企業戦争に勝ち続けてきた日本の企業が、逆にアメリカ企業に敗れるとい
う逆転現象の始まりのようであるからだ。                 

 マツダがフオードに支配されるということで、その社内外でさまざまな波紋や
不安がひろがっているそうだ。従業員に関しては雇用に関する不安、管理職など
はその地位に関する不安、部品供給メーカにとっては継続取引に関する不安。新
任のアメリカ人社長は当面雇用に関してはなんら手をつけることはないと言って
いたが、さあどうだろうか。あの大きな赤字を改善するには相当ドラステイック
なリストラが必要であることは明白である。日本の経営者と比べてアメリカの企
業経営者はいざそういう経営建て直しをやるとなると、なんの躊躇もない。今日
米の企業の経営業績逆転現象の理由の一つは、アメリカ企業がここ数年相当思い
切ったリストラ、経営合理化策を展開してきたのに対し、日本の企業はそれをや
らなかったわけではないが、そのテンポがもう一つ不十分、スローであったこと
ではないだろうか。                           

 企業はゴーイング・コンサーンと言われる。存続して始めて意味のあるもので
ある。それは企業のもっとも重要な社会的責任でもある。存続し続け、商品サー
ビスを提供し続け、雇用を確保し続けることである。株主に一定のリターンを保
証し続けることである。不況に直面して、その存続が危うくなった時経営者の責
任はとにかくその経営の存続をはかることである。そうした経営者の経営に対す
る姿勢の厳しさはどうやらアメリカの企業経営者の方に軍配があがるようだ。不
況に直面し、その存亡が危うくなったとき、アメリカの経営者がどう合理化を進
めるか、日本の経営者はあらためてアメリカの経営者に学ぶことが多いはずだ。

 そういう意味でも今回のマツダのできごとは、日本式の経営に対する一つの警
鐘でもあるが、新しい経営体制に注目したい。               

  1996/4/27                                 
Tadashi HAYASE                             

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