2001年 今週の意見 3月

今週の意見(207):

優れた会社ダメな会社

 2月26日の日経新聞一面に二つの対象的な記事があった。まずトップ記事はフ
ァミリーマートが経営不振で500店を閉鎖するという記事。中段に2000年度
の優れた会社」としてホンダ、TDK、アドバンテストなどが選ばれたという記事で
あった。

 フアミリーマートに限らずこのところコンビに全体の売上減が話題になってきて
いた。百貨店、スーパーなどの売上低迷が続く中、コンビニの全体の売上がスーパ
ーのそれを抜くという成長神話が崩れてきた一つの事象を物語るニュースであった。

 街を歩いていても、よくもまあこれだけあるものだと思う位コンビニが増えてき
た。その飽和状況は誰の目にも明らかなものだ。そんな中、後発のファミリーマー
トの経営不振予測の範囲という感じである。日本ではなんでも一つのことがブーム
になると、我も我もと真似て、同じことをやる、同じビジネスに参入し、そしてブ
ームが去ると、倒産、撤退をはじめとする自然淘汰の歴史を繰り返してきたところ
だ。コンビニの過当競争状況は誰の目にも明らかだったと思う。うまそうなビジネ
スの真似をして安易な参入に走った結果である。

 もう一方は「優れた会社」の話である。ホンダにしろ、TDKにしろ、アドバンテ
ストにせよ、それら企業に共通するキイワードは、成長性、収益性、社会性、革新
性ということだ。なによりも収益性を大切にし、成長性を重視する。そのためには
人まねでない、企業内革新を絶えず目指しているということだ。新しいことを試み
るのに失敗を恐れないということだ。最近よく使われるベンチャー精神を何よりも
大切にしているということだろう。他企業がやって大成功しているから、それをま
ねてやってみようなどという精神は全くないということだろう。ホンダにせよ、
TDKにせよ、大企業だが、いわゆる大企業病などこれっぽちもないということだ。

 日本経済の景気がなぜいつまで経っても離陸できないか。さまざまな理由があろ
う。一つには、企業経営の観点から言うと、このコンビニ不振のニュースに象徴さ
れるように日本の企業がまだまだ過去の安易な、画一的量的拡大成長神話から離れ
られないことだ。

 日本の企業家よ、ホンダを見習え、TDKを見習え。企業家精神の原点を取り戻
せということだ。それができた企業だけが、グローバル化の激しい市場環境の中で
生き残れるということだろう。

2000/3/3
Tadashi HAYASE
今週の意見(208):

日本株式会社の監査

 3月決算の企業はどこも今は年度末の追い込みをやっている一番忙しい時期だろ
う。そして決算となると、年度決算として財務諸表を作成し、監査法人の監査を受
け、それについて監査役会の監査が終わると正式に株主総会を開いて、株主に年度
の業績について報告、承認を得るという手続きとなる。

 よほどのことがない限り、そうした二つの監査報告は内容について、会計基準に
沿っているとその妥当性をうたい、適法であり、妥当なものであると株主総会で報
告され、しゃんしゃんと無事に終わるのが普通である。が、極めてまれなことだが、
監査結果、監査法人がその経理処理に粉飾的なものがあるとしたり、監査役会もそ
れを追認指摘する、特記事項を書き、株主総会でそれを報告すると言った異常事態
になることもある。その場合、その経営の任に当たる社長以下取締役陣の経営責任
が問われることになるのは当然のことである。

 民間の企業の場合はそうしたプロセスによって、会計内容、その他さまざまな経
営内容について監査が行われるわけだが、こと日本という国を一つの企業として見
た場合、その経営の中身について一体どのような監査が行われるのか、行われない
のかという問題がある。

 その場合第日本株式会社の貸借対象表とか、損益計算書と言った基本的な財務諸
表は一体どうなっているのだろうか、という根本的な問題にさかのぼるのである。
もしそうした財務諸表が作られ、その中身について監査法人のような専門機関がそ
の監査を行ったとしたら一体どうなるかである。現状の国の財政状態から見ると相
当ひどい粉飾会計の結果があきらかになるだろうということだ。会計だけでなく、
組織、内部統治、人事などさまざまな観点でその経営の適法性、妥当性のチェック
が行われたとしたら、監査役会は一体どういう問題提起をするかである。国家組織
の中で、さまざまな不祥事が続いたこと一つとっても、相当多数の深刻な問題指摘
が行われるであろうことは明らかである。

 現時点でもそうした国家運営についての監査制度が全くないわけではない。その
ような機関はさまざまある。が、国家組織を全体についてのそうした総合的監査制
度というものが欠落している、ということが今や一つの大きな問題ではないだろう
か。

 過去すでに何度もそのことは話題になっているが、国としてのまず総合的な会計
管理制度の確立が必要なこと、それにはまず基本的な貸借対照表、その他財務諸表
を作ることから始めないとだめなのである。その必要性について政府当局も認めつ
つあるがまずそれから始めなければならないのである。

2001/3/10
Tqadashi HAYASE
今週の意見(209):

わけのわからぬ退陣劇

 森首相がついに退陣を表明した、と、3月11日で殆どの新聞が報道したのだが
官房長官や、自民党首脳などは、そうではない、あれは辞意の表明ではない、とわ
ざわざ説明する始末、全くわけのわからに展開である。このことがさらに、今の政
治に対する国民の不信を増幅させる結果となっている。日曜日の朝のテレビで亀井
政調会長が出てきて、あれは辞意表明ではなどなどとぬけぬけの言うのだから聞い
ていてあきれるのである。

 それが辞意だと言い、しかも党内の圧力でそうなったのだということになると、
その前の内閣不信任案否決は一体何だったのか、ということになる。それにもし、
内閣が総辞職したら、政治的空白が生じて予算案が年度内に成立しなくなってしま
うという思惑があるらしいのである。さらに、ロシア、アメリカ首脳との会談を控
えていて、それをやめるわけにいかないという事情もあるようだ。

 問題はどうしてそんなに格好ばかりにこだわるのか、ということだ。たとえば予
算案成立後のもうやめることがはっきりしているのなら、そう宣言し、その後の政
治日程を明確にして、そのスケジュールについて野党の協力も得たいというのなら
野党も審議拒否などと言わないで協力するに違いない。

 ただ本当は、もうやめるのなら,直ちに内閣総辞職、新しい首班選挙、そしてその
内閣によって予算、外交日程など緊急の仕事をこなすの筋であることは言うまでも
ないことである。それをごちゃ、ごちゃやっているのは、予算とか、外交とかなん
とか言いながら、結局は与党自民党の党内派閥の思惑で次の総理総裁を誰にするか
の綱引きがあるなのは明らかである。

 密室談合政治はもうやめてもらいたい。次期総理総裁選びのすべてのプロセスを
国民の前に明らかにして、与野党とも正々堂々やってもらいたいものである。その
ことが一番大切であって。政治空白が生じるだの、予算案を通さなければ大変だの
首脳会談を延期したら、外国首脳に失礼だの、というのはすべて与党の詭弁に過ぎ
ない。

2001/3/17
Tadashi HAYASE
今週の意見(210):

シャドー・キャビネット

 3月19日の朝日新聞にウイークエンド編集部が選んだ、日本再生「最強」内閣と
いう記事が面白かった。現在の危機的な状況にある日本を救済する「救国内閣」の
布陣を考えると、誰が総理及びそれぞれの担当大臣に適任かという仮想の話である。

 内閣総理大臣に盛田昭夫、総務 ジャック・ウエルチ、外務 小錦、財務(行革
兼任)土光敏夫、経済産業 柳井 正、国土交通 カルロス・ゴーン、金融 グリ
ーン・スパン などなどである。それは、今の内閣、次期、誰が総理になろうと予
想される内閣顔ぶれの5倍も10倍も強力であることはまちがいない。

 単なる仮想の話であるから、実際に選ばれた人がどうのこうのは別にして、それ
ぞれその人たちが、選ばれている理由のキイワードは、リーダシップ、先見性、革
新性、国際性、実行性ということであろうか。

 ウエルチ、ゴーン、グリーンスパン、それに小錦なども加えると要するに外国人
が多数入っているというのが、もう一つのキイだと思う。つまり、上記のような入
閣のための必要条件を備えた人材は今や日本の政界、財界にはいない、いても極め
てその数が限られているということであろう。現在の政界から選ばれたものは一人
もいないというのはまさにその問題の深刻さを物語っているのであろう。

 外国人と言えば、他のにも、入ってもらいたい人が沢山いる。例えば、サッチャ
ー、ゴルバチョフ、金大中などである。盛田氏よりは、サッチャー氏の方を首相第
一候補として推挙したいのである。

 経営悪化の日産をわずか一期で黒字転換させたカルロス・ゴーン氏など外国人の
経営手腕がこの日本株式会社の再生には是非必要なことを認めざるをえない。それ
は残念なことではあるが、日本株式会社の再生のためには必要なこと、プロセスで
あることを認めざるをえない。そうした考えを原点として、さあ、現実の次期内閣
をどうするか、どうなるか、政治家達がどういう判断をするか、見ものである。元
々あまり期待できないのはしかたないとして、さあどれだけこうした強力布陣に対
抗できる内閣ができるかだ。

2001/3/24
Tadashi HAYASE
今週の意見(211):

安芸地震

 3月24日、午後3時、さあこれから出かけようとしていると、どしん、どしん
という縦ゆれが始まった。これは大きいぞと思っていると、リビングルーム本棚ま
で倒れそうな勢い、おわてて手で押さえた。やっとおさまりNHKテレビをつける
と相撲の実況中継だったが、すぐに中国・四国地方の震度状況が出た。高松は、震
度4というから、前の阪神大震災の時より大きな地震だとわかった。その報道のス
ピードはまことにたいしたもの。

 震源地は安芸灘付近ということもすぐにわかった。その時間、丁度旅行に出かけ
ていた家内が大阪から岡山に向けて新幹線に乗る時間だったので気になったが、特
に交通関係にも事故があったという報道がなかったので一安心。そのまま所用で出
かけたのであった。
 
 その後の新聞報道などでは死者2人、負傷者138人、家屋損傷5300件など
と結構被害の大きさを知った。特に水道などライフラインが止まった被災地もあっ
てなかなか大変だった。

 もしこれだけの地震がインドだの、エルサルバドルだので起こったらもっと大き
な被害になったであろうことすでに実証済みだ。日本では被害自体たいしたことが
ないのは、やはり、それでも建築物がしっかりしていることや、電気・水道・通信
などのライフラインがしっかり整備されているからだろう。

 しかし、さらに大きな地震が将来起こってくるであろうことは、想像に難くない。
ライフラインを含めた防災体制の整備、公共の建物、それに集合住宅、個人住宅を
被災に備え、補強、強化していく必要のあることは言うまでもない。備えあれば憂
いなしである。
 
 最近とみに公共投資の見直しが論議になっている。不用な効率の悪い公共投資の
見直しは当然必要だ。が、地震災害対策のための、インフラ整備、公共施設、集合
住宅、個人住宅などを地震災害対策として建て替えなどを強力に推進していくこと
が、地震にに対する備えだけでなく、現在ののデフレ経済に大きな成長効果をもた
らことははっきりしているし、今や本当に必要な施策であることはまちがいない。

 これこそ、与野党を含めて国民の誰からも支持される総合政策の一つであること
はまちがいないことである。どうしてそういう論議が起こらないのか。

2001/3/31
Tadashi HAYASE
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