2010年 今週の意見 3月


今週の意見(670):

休暇分散化に賛成

前政権時代から日本がこれから観光立国として生きて行かなければならないという
方向性は示されていた。政権交代後それが受け継がれ、そのためのさまざまな具体
的な施策が打ち出さつつあることは結構なことだ。この休日分散化案もその一つで
ある。                                  

今回観光庁が打ち出した春と秋に全国ブロックごとに5連休を創設することだ。国
土交通省が休暇分散化検討を本格的に始めたのは、大型連休が集中していることで
観光産業が収益を上げられる日数が限られている上、交通渋滞で消費者も旅行しに
くい現状があるからだ。観光庁がまとめたゴールデンウイークに休日が集中するこ
との観光業者、交通手段提供側のデメリット消費者にとってのデメリット、さらに
それを分散化した場合のサービス提供側と消費者側双方にとってのメリットのまと
めはで一目瞭然だ。提供側にとってそれはより安定化、平準化した収益につながる
し、利用者、消費者側にとっては混雑解消によってよりよいサービスを受けられる
ことは明白である。                            

もちろんこれには経済界、教育界などからさまざまな懸念の声、問題指摘が出るの
は分かる。しかしこれはなにも休暇をトータルで増やそうというのでなく、集中す
るより分散化したほうが需要・供給双方にとってメリットが高いことなど、トータ
ルでの効果を計算してのことだ。それぞれの分野で働く人たちの休暇の取り方の調
整くらい、年間スケジュールさえ事前にわかっていればどうにでもなることではな
いか。                                  

今のところ休暇分散化の話はゴールデンウイークのことになっているが、いずれこ
れを契機に夏の盆休み、年末年始の休暇の取り方を含めた休日の設定の話にも展開
していくだろう。またそうなるべきだ。5月のゴールデンウイークなどと違い、盆
休み、正月休みなど国民の生活文化に深く根ざした休日であり、そう簡単に変更で
きないのは当然である。                          

ただその生活習慣とて今や国民生活意識やライフスタイルの多様化が進んでいる中
、人々がそれぞれ自らの判断で有給休暇の取得とあわせて、休暇をより合理的に取
るようになっていくだろうし、またそれが望ましいのある。欧米の勤労者に比べて
日本人はまだまだその点がワンパターンであるようだ。            

今回の政府提案を契機として、各界、各層で年間の休暇の分散化が進んでいくこと
は観光産業育成という国家の長期目標の達成のためのみならず、国民一人一人のよ
り快適な観光旅行、休暇を楽しむことにつながり、さらにそれが国民の健康増進、
勤労意欲の向上など国民の活力の向上に結びついていくなら結構なことではないか。

経済界、教育界に限らずこの問題については目先の反対論でなくそういう長い目で
みた検討を加えてほしいものである。                    

2010/3/6
早勢 直

今週の意見(671):

茨城空港開港

木曜日のTVモーニングニュースショーはもっぱらこの話題だった。開港のテープ
カットにもいつもなら国土交通大臣くらいは出席したのだろうが、昨日は茨城県知
事、ほか数人がなんともさえない顔で参加していた。それはそうだろう。新聞もTV
も開港前から、空港経営の前途多難を報じていたからだ。           

茨城空港は全国98番目の空港だが、他の空港とともに、その甘い需要予測に基づ
き、自民党政権が強引におし進めてきた無駄公共事業の一環である。新年度予算案
がやっと成立のメドが立ったが、鳩山政権が「コンクリートから人へ」という言葉
で新年度予算案を作成したことを自民党はさんざん揶揄してきた。いや今でも、そ
の非難を続けている。他にもダム建設、道路建設など無駄な公共事業の例などいく
らでもあるが、このどうしようもない空港建設など無駄な公共事業の例を、これで
もか、これでもか見せつけておいて、そのことには平然としているのだからあきれ
てものが言えない。                            

与謝野元財務大臣なども最近盛んにTVに現れ、民主党の子供手当て、高校無償化
などの施策をばら撒きだと批判している。しかも自民党の支持率が一向に上がらな
いのは、谷垣総裁など執行部のせいなどと批判しているが、そうでない。外交密約
問題、それにこうした無駄な公共事業のことなど国民は、改めて長年にわたる自民
党政権の失政のつけの大きさを改めて再認識しているからなのだ。それは執行部の
顔を変えたくらいで済む話ではない。                    

話をこの茨城田舎空港のことに戻そう。田舎空港と言えば、昔作詞、作曲三木鶏郎
、中村メイコが歌いヒットした「田舎のバス」という歌を思い出した。田舎バスは
今でもあるが一日まさに一、二便それでものんびり田舎に済む人の生活に役立って
いるのだ。それをユーモアたっぷりに歌ったものだから人気が高かった。    

ところがこの田舎の飛行機はそうはいかない。どろどろした政治の利権がからみ、
国民の血税無駄使いの象徴なのだ。なぜインチョン空港便に韓国の航空会社が名乗
りをあげたか。韓国のゴルフ客目当てなどとマスコミは解説しているが、それは違
う。先に羽田空港ハブ化問題がもちあがった時、国民は改めてインチョン空港の存
在意味を知ったのだが、この茨城空港も韓国側のインチョン空港のさらなるハブ空
港発展の手段として使おうということだろう。                

これは田舎のバスでなく、韓国側からすれば、今のパソコン用語でいうならインチ
ョン空港ハブ化のための便利なUSB(ユニバーサル・シリアル・バス)に育てた
いのだ。これは私の単なる推測なのだが。だから日本の航空会社が名乗りを上げな
いのに定期便の名乗りを上げたのだ。当たらずとも遠からずだろう。      

出来てしまったものは、何とか活用をと考えるのは一見正論のようだが、茨城空港
ほかもうその採算性について絶望的なものについては廃港ということも検討しなけ
ればならない時期に来ているのではないだろうか。国家財政が大赤字の中で、財政
再建の観点からも決断が求められている分野の一つであろう。         

2010/3/13
早勢 直

今週の意見(672):

クロマグロとクジラの話

「カタールのドーハで、ワシントン条約締約国会議に臨む水産庁代表=18日午後
(共同) 【ロンドン=木村正人】カタール・ドーハで開催中のワシントン条約締
約国会議は18日、第1委員会で大西洋・地中海産クロマグロの国際商業取引を原
則禁止するモナコ提案について協議し、採決の結果、反対多数で同提案は否決され
た。日本が反対していたクロマグロの禁輸措置はひとまず回避された格好だ。」  
3月18日ー産経新聞                                                      

マグロ大好き日本人の一人として、このニュースを聞いてまずはほっとしたところ
だ。仮にそれが可決したところで、すぐにそれでさまざまな種類のマグロが市場か
ら消えるわけでないし、日本ではクロマグロの養殖技術が進んでいて、禁輸になっ
たらなったで、逆にそれが商業ベースに乗るということもあって、そのこと自体が
日本人の食に深刻な影響があるわけでない。だから禁輸となったらなったでなんと
かなる、するだろうと思っていたわけだ。                                    

問題はもっと長期的なことである。クロマグロ問題をきっかけに世界の環境保護団
体があれもこれもと資源保護を名目に、他の漁業資源についても禁輸措置を打ち出
し、それには今回のように欧米先進国が賛成に回るような事態となると日本の食文
化というより、食生活そのものが危うくなる可能性があることが各方面で指摘され
ている。                                                                  

日本人の寿命が世界的に見ても長いのは一つには蛋白源として肉よりも魚を沢山摂
るというところにその理由がある。クロマグロなど高級食材の一つや二つ食べられ
なくなったところで、どうということはない。そもそも日本だけでその世界の7−
8割を消費するということ自体が異常である。問題はクロマグロだけでなく、そう
した規制が漁業資源全体に拡大していくような事態は絶対に避けなければならない
のだ。                                  

捕鯨禁止、クロマグロ禁止という自然保護の名目の下、日本の食文化というより、
食生活そのものが危なくなっていく事態そのものが本当の大問題なのであって、そ
のことの重要さを日本人、日本政府は、日本国民の生活そのものに関わる問題とし
てそうした国際社会での動きに関して、今もっと敏感に、それにどう対処するのか
真剣に考えるべき時なのだ。                        

幸いなことにクロマグロ禁輸に関しては今回、関連委員会での否決によって深刻な
事態は避けられたが、今後漁業資源をめぐって同じような問題が次から次へと出て
くる可能性は大いにある。そういう意味では資源保護、食の確保という観点、さら
に、日本漁業の養殖技術のさらなる発展をめざすとともに、それが一つの世界市場
におけるビジネスチャンスにもなるという観点からも事を考えるべきなのだろう。

漁業資源といえば、捕鯨禁止の世界的な動きに関しても、日本はどうも受身の対応
に過ぎるのではないか。かっての日本人のように今の若者世代にはクジラを食する
という文化は必ずしもない。その文化を知っている私など世代にしても、特にいま
さら、わざわざクジラを食べてみたいと思うこともない。           

ただこれも食文化という言葉よりも、もっと大きな食の確保という問題としてとら
え、資源保護の観点と共に日本だけでなく、国際社会が考えていくべき問題なので
はないか。問題はクジラの方は単なる資源保護という観点よりも、国家、民族の何
か社会的、文化的、宗教的、おおげさにいえば人生観の違いみたいなものがからん
でいるだけに、この問題は複雑であり深刻である。クジラより、人間により近い哺
乳動物はじゃんじゃん食うくせに、クジラとなるとそれに異常な感情移入を示す欧
米人、オーストラリア、ニュージランドの人たちのその心理が日本人にはどうも理
解しがたいものがあるのだ。シーシエパードの反捕鯨活動などきちがいじみている。

先日も捕鯨反対のオーストラリアの団体が、調査捕鯨などしなくても、クジラ資源
の実態調査ができるなどと主張し調査捕鯨そのものをやめることを主張していた。
そもそも日本にとってはクジラを生活のため食の一部として確保したいがための捕
鯨であるから、話は最初から食い違っている。捕鯨反対の国々、人々に仮にクジラ
が増えることで漁業資源全体が減るということを証明して見せても捕鯨は絶対に認
めないに相違ないのである。                        

彼らはクロマグロに関しては資源確保ができる限りはこれを捕獲して食に供するこ
とは反対とはいわない。が、クジラの方はそうではないのだ。これがいくら増えよ
うが、それが漁業資源全体に与える影響がどうあろうが、それを捕獲していいとは
ならないところが問題なのである。                     

日本は捕鯨の問題に関してはもっと積極的に、正面からこの問題をとりあげ、国際
的な論争にするようにもっていくことが大切だと思うがいかがであろうか。これは
漁業資源、環境保護ということよりも、ひょっとすると人類社会の社会文化論、場
合によっては宗教論に発展する可能性もある。それがどう展開するか。その結果は
ともかくこの問題一度は避けて通れない問題、論争であると思うのである。   

資源として十分確保できたらという条件だが、クジラを捕ってこれを食したらどう
していけないのか。いつかこの問題をTVのショーで捕鯨絶対反対のオーストラリ
ア人に聞いている場面があったが、それに対して日本人からすると論理的な答えな
どありようがないのである。                        

2010/3/20
早勢 直

今週の意見(673):

郵政改革白紙に戻すべきだ

またか、という感じだ。亀井静香郵政改革相が発表した郵政改革法案の骨子をめぐ
り、閣僚から異論が相次いでいる。鳩山首相もそれを「了承していない」としてい
るが、亀井氏は、首相には基本的な内容の了解を受けたからとし、反論している。
閣内不統一がまたしても露見した。                                          

あらゆることにわたって鳩山首相のあいまいな表現、態度がまたこの混乱の発端で
あることは明らかだ。「日本郵政」の社長人事の時がそうだった。亀井氏の提案に
対して、「わかった、他の閣僚とも相談するから待ってくれ」くらい言っておき、
主要閣僚に相談すれば皆反対したに相違ないのだ。それを即決したものだから、野
党はじめ、国民からの大批判の合唱となった。思えばあれが内閣支持率下落のスタ
ートであった。                                                            

今回の亀井提案は重大な内容を含んでいる。小泉政権が実施した「郵政民営化」そ
のものについては多くの国民が疑問を持っていることは明らかである。しかし、そ
の内容について全部が全部反対であるわけでなく、その一方で全部が全部賛成とい
うことでもないはずだ。大切なことは「民営化」という方向性については、多くの
国民は理解を示していたと考えるべきだろう。私自身もそうであったし、実は民主
党自体がそうであったはずである。                                          

先の政権がやったこと、それに民主党がどの部分に反対し、どの部分をどう変えよ
うとしているのか、それは先の総選挙でも見直しは訴えていたもののその中身はよ
く分からなかったし、未だによくわからない。国民新党、亀井氏ご自身の考えもこ
れまで殆ど直接聞いてこなかったし、よくわからないのだ。ただ亀井氏は小泉・竹
中郵政改革には全面的に反対であることは分かっている。それで反対し、離党、新
党結成となったのだから。                                                  

郵便事業のいわゆる「ユニバーサルサービス」提供が亀井氏の主張の主な部分であ
ることはわかっているし、その主張の正当性についてはある程度認めてもいい。と
ころが、今回の改正案のうち、郵貯の限度額を2000万円、簡易保険の加入限度
額を2500万に引き上げ、さらに政府が3分の1超の株式を握る持ち株会社に郵
便事業会社と郵便局会社を統合し、金融2社をその傘下に収める3社体制とすると
いう案には少々驚いた。なんのことはない。まさに郵政事業の民営化から、完全に
元の国営化路線への復帰である。                                            

その内容の是非、詳細については今あえて問うまい。問うべきはそれが、与党民主
党のかねてからの主張であったのかということだ。そもそも民主党は郵貯の限度額
を2000万円どころか、500万円を主張していたのだ。閣議でこれに仙谷氏な
どが異論を唱えたのは当然の話だ。鳩山首相はあわてて、「了承したわけでない」
などと改めて言明したのだろう。まことにもってうかつな話である。            

ただこの問題、亀井大臣の意を受け、大塚副大臣が担当して原案を取りまとめた上
に原口総務相の賛成も取り付けた案のようであるから、鳩山首相も問題なし、と考
えたのだろう。それにしても、これは「日本郵政」だけの問題でなく、国家の金融
行政、保険業、郵便行政の根幹に関わる問題である。それは「大きい政府」か「小
さい政府」か、これからの「国家像論」「国のかたち論」とも関わる重要な問題で
ある。これについては民主党内にもさまざまな議論があり、野党自民党もそうであ
るのだが、要するにただ貯金限度額を増やすのか増やさないのかということでなく
国民の生活に直結する事業について民営化推進か、国営かという行政運営、国家像
形成に関わる重要問題なのだ。                                              

実は私自身貯金ということに関しては昔から郵便局フアンで銀行よりも、貯蓄は郵
便局を中心にやってきたのだった。簡易保険などももちろん利用してきている。そ
ういう意味では貯蓄限度額引き上げなど個人ユーザとしては、便利な面はある。し
かし、金融や保険ということについてはもちろんのこと、さらに郵便配達というこ
とに関しては、一般のユーザーとしても今更、郵便局がなければ困ることなど一つ
もない。そういう意味では郵便局に代わるネットワーク化がすでにできつつあるし
その中で「日本郵政」だけを国家の名の下において保護育成する理由などない。そ
れが同業の民間企業への圧迫となってはならないのだ。

そうした事業をことさら今国営化しなければならない理由などどこにあるのか。「
ユニバーサルサービス」が僻地や離島などで受けられないという主張はわかるし、
その救済策を講じることの必要性を否定するものではないが、ただそのために、今
回のような郵貯、保険に関わる改正案が論じられているのだとすればそれはまさに
本末転倒ではないか。                           

いずれにせよこの問題、まだまだ多くの国民の理解が得られていない問題であるこ
とは明らかである。第一内閣の中でも異論が出ているのだ。25日の「主張」のよ
うに、この問題、手直というより一旦白紙に戻し原点から再議論の必要性があると
思う。                                  

2010/3/27
早勢 直
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