2009年 今週の意見 6月

今週の意見(633):

改革は霞ヶ関解体から始まる

金曜日昼のTVニュースで麻生首相が閣議で各閣僚に成立した補正予算の有効性に
ついてもっと国民にアッピールする必要性があり、そうするようを指示していた。
先の党首討論で鳩山民主党党首が補正予算は無駄使い、ばら撒きであると批判した
こと、世論調査でもそうした見方を肯定する国民の声が多いことを念頭の置いての
発言であったに違いない。そのアッピールで内閣支持率を回復させようとのねらい
なのだ。                                 

同じ日の新聞に、橋本 徹大阪府知事が、自民党中川秀直氏の質問に答えて、次回
の総選挙で今の自民党の政策、霞ヶ関改革になんら抜本的な手を打たない状況では
民主党に破れ政権を失うのは必然であると発言したた記事が掲載されていた。麻生
首相はそのことなどご存知ないのだろうし、また知っていたとしてもその発言の真
意、意味がおそらくお分かりでないのだろう。                

さらに麻生首相は直近の名古屋、さいたま両市の市長選挙で、民主党推薦の候補が
圧倒的な差で、自公の押す従来型、役人候補を破って当選したこと自体はご存知で
あっても、その意味、それが示唆していることがどれだけお分かりなのかどうかで
ある。それは単なる地方都市での現象ではない。名古屋、さいたま市とも政令指定
都市、いわばそれは日本社会の現状、市民の意識を代表する選挙結果なのである。

名古屋では前衆議院議員の河村氏が市議会改革、行政改革、市民税10%の減税の
公約を掲げて当選した。その意味を麻生首相や自公はもちろん、民主党自体だって
いまひとつ理解が及んでいないのではないかと思うのである。河村市長のことはや
はり金曜朝のテレビ朝日でも紹介していたが、市民税10%減税などなるほどそれ
ならその公約は実現できるかと思う内容である。それは自らの市長報酬を年額25
00万円から、800万円にしたというようなことだけでなく、一番の根本はまず
減税を宣言することで、無駄なものはどんどん切らざるをえなくなるいう発想なの
である。                                 

それで思い出したのが、例の麻生、鳩山のマニフェスト実現のための財源をめぐる
論争だ。麻生首相が民主党の財源を質したのに対し、鳩山氏は官僚の天下りをやめ
るだけで、12兆円のカネができるとやったのだった。傑作なのは、それについて
根拠を示せと自民党が鳩山氏に公開質問を出したことだった。そんなことは鳩山氏
が反論したように延長国会の中でやったらいいことだ。これから何度も開くと宣言
した党首討論で徹底的にやればいいのだ。                  

根本問題は財源論などでない。鳩山氏が官僚支配社会の象徴的な事象としてあげた
官僚の天下り廃止など、霞ヶ関官僚システムの解体、改革が問題なのだ。そのため
の策をどれだけ実行できるのか、出来ないのか、橋本知事はそのことを指摘したの
だ。                                   

橋本氏が霞ヶ関の官僚制度に関する抜本的改革がない限り自民党が負けるといった
のはそのことである。麻生首相はともかくあの改革派を自称する中川氏にもそのこ
とがわかったのかどうかは不明である。                   

補正予算の内容がすべて悪いとか、すべてばら撒きだなどと鳩山氏自身も言うので
はないだろう。国政といい、地方行政といい、その改革のための一番の障害は霞ヶ
関に存在する官僚機構そのものだと各県の知事たち、各地方の市長たちが気づきは
じめ、そしてそれが今一般国民、市民にも波及し始めたということだ。そのことが
一番わかっていないのが、麻生首相その人であり、そして自公のリーダーたちなの
だ。                                   

冒頭述べた閣議での麻生首相の指示など的外れもいいところでないか。そのことは
今度の選挙によって遅かれ早かれ明らかになるだろう。明らかにすることが日本の
政治改革の始まりなのである。                       

2009/6/6
早勢 直
今週の意見(634):

鳩山総務相辞任

とうとうかねてよりの予想通りの結果になった。鳩山総務大臣が郵政公社の西川社
長の続投を認められないと主張していたことに関し、麻生首相は閣内の混乱を収束
するため、鳩山氏更迭に踏み切ったのだ。これでとりあえず一件落着だが、これが
麻生政権に与えたダメージの大きさははかりしれない。先の中山文部大臣、中川財
政金融大臣についで、重要ポスト総務大臣の辞任である。野党の批判を待つまでも
なく、まさに政権末期の症状だ。問題は単に鳩山氏の辞任の是非、西川社長の続投
の是非とかでなく、そもそもあの郵政民営化のこれまでのプロセスの矛盾が一気に
噴出したということだろう。                                                

郵政民営化そのものに関してはそもそも麻生首相自身がぶれまくっていたのだ。「自
分はそもそもそれに反対だった」など発言したこともある。「かんぽの宿」の問題が出
てきた時も、首相は困ったが、なんとかごまかしきれると思い、実際そのような流
れになりつつあったのだ。が、麻生首相、鳩山氏がここまで頑強に自説を曲げない
でくるとは思わなかったに違いない。                                        

鳩山氏辞任は麻生政権に大きなマイナスだが、鳩山氏は辞任しただけでなく、離党
の可能性も示唆した。ましそういう事態になればことは麻生政権、自民党にとって
さらに深刻な影響が生じる。これが逆に鳩山氏の主張が通って、西川社長続投が否
定されていたら、事態はもっと深刻になったいたに違いない。郵政民営化問題をめ
ぐって、自民党内は賛否両論真っ二つに割れてしまうからである。              

ここで鳩山由紀夫代表、民主党側は下手に鳩山邦夫氏を自分の陣営に引き込むよう
なことはしない方がいい。どっちにころんでも自民党の大失点なのだが、鳩山邦夫
氏はつい先日まで民主党の悪口を言っていた相手だ。そんな人ををすぐに味方に引
き込もうなどというのは、国民感情が許さないだろう。仮に合流があったとしても
それは選挙後のことであるべきだし、その方がいいことは明白だ。              

それにしても政界はまさに一寸先は闇、これで麻生政権はまさに立ち往生の状況だ。
それでも麻生首相、7月初めの都議選でまあ引き分け程度の勝負に持ち込み、平気
な顔でサミットに出かけ、解散総選挙は任期満了近くの8月の終わりというつもり
らしい。国民のいらいらはつのるばかりだが、どっちにころんでも後100日位の
ことじっと我慢するしかない。                                              

事実上更迭された鳩山氏、麻生総理と面会後、悔し涙を浮かべていた。が、その後
再び記者の前に現れた時は、笑顔だった。そして、「私が正しいということは歴史が
しかももう一年も経たぬ間に証明されるだろう」と語ったものだ。つまり次回総選挙
では民主党が政権を取る。そして郵政民営化路線、この西川社長経営責任問題が改
めて問い直されるだろうと言いたかったのだ。                                

いやそうなる確率はたしかに高い。が、その問題も重要でないとは言わないが、国
家国民にとってもっと重要、重大な問題が山ほどある。大切なことは政権交代が実
現するかどうか、そのことである。今後の政権交代の中で鳩山邦夫氏が再び政治家
として脚光を浴びる場面はさしてないように思われる。                        

2009/6/13
早勢 直

今週の意見(635):

「天の声」の不思議

「西松建設の違法献金事件初公判で検察側は19日午前、冒頭陳述で、小沢一郎民主
党代表代行の事務所が岩手県や秋田県で影響力を強め、事務所の意向がいわゆる 
「天の声」とされたと指摘した。」 ーMS産経ニュースより          

西松建設の違法献金事件初公判での検察の冒頭陳述が最大の注目点であった。西松
事件では西松国沢前社長がすでに起訴事実を認めていて、公判もすぐに結審するよ
うだ。検察のねらいは最初から小沢氏秘書大久保氏側公判であって、小沢一郎氏へ
献金の違法性を問うことだから、冒頭陳述で献金の動機に関することを持ち出すこ
とは予想されていた。                                                      

その内容についてはもっと具体的な事実、証拠に基づいて陳述するものと思ってい
た。が、それが「天の声」の一言で片付けられていることに驚きを禁じえない。この
陳述をめぐってはこれから法律の専門家、政治評論家のコメント、評価、それに与
党幹部からの我田引水的批判が出てくるだろう。例の民主党依頼の第三者委員会メ
ンバーがこれについてどうコメントするかも注目だ。                          

そうした法律問題に全く素人の私が直感したのは、あれまあ、検察ってなんて抽象
的な言葉でこんな重要なことを述べるものだ、ということだった。第一小沢一郎氏
って今は野党の立場、「天の声」というが、公共工事受注に実際に影響力を発揮する
「天の立場」にいたのか、ということだ。                                      

この公判と関連してタイミングよく出てきたのが、検察が同じ西松関連で二階派の
パーテイー券購入に関しては違法性がないと不起訴処分をしたことに、検察審査会
が不起訴不当の議決をしたというニュースだった。マスコミはこれについては殆ど
報道していないが、実は大変重要なことだ。                                  

二階派及び自民党議員への献金については、検察は最後までそれは問題にしないつ
もりなのだ。しかし、果たして世間、世論がそれを許すだろうかというのが、これ
からもこの西松事件をめぐる最大の焦点になるだろう。選挙戦の中で、与党側が民
主党の最大のアキレス腱ともいうべきこの事件を持ち出して攻撃したら、民主党側
としては、検察審査会が、二階派への献金について不起訴とした検察判断は不当と
議決しことが重要な反論材料拠となるからだ。                                

いずれにせよ、民主党側はもうできるだけこの事件に触れたくないのだが、与党側
にしてみれば、この事件こそが今や民主党攻撃の最大のポイントなのだ。深追いす
ると自分たちにも跳ね返ってくる部分が大きいのは承知の上で、繰り返しこれを持
ち出してくるだろうことは明らかである。その時、鳩山代表は当初から検察批判を
してきたこともあって、それなりの反論はするだろうが、問題は岡田幹事長である。

今日の記者会見では、いつもよりははっきりと、この検察の言い分は「釈然としない
」と言っていたが、もっと明確に、厳しく検察批判をすべきだと思う。誰がどう考え
ても選挙を直前にしてこうした動きはおかしい。                             

国沢の公判はもう二週間もすれば判決がでる。禁固一年6け月の求刑だが、執行猶
予付きになるだろ。一方の大久保秘書の裁判はまだそのスケジュールすら決まって
いない。9月総選挙が終わってからのことになるらしい。結果がどうあれ、その中
身がどうあれ民主党への悪影響は避けられないのである。                      

ことの是非の判断はすべて有権者国民の一票に掛かっている。賢明な国民がこのよ
うな検察の横暴に騙されないこと祈るばかりである。                          

2009/6/20
早勢 直
今週の意見(636):

勝ち負けがだけが問題でない

水曜日朝最新のニュースをチェックをしていて、将棋名人戦で羽生名人がかど番に
追い込まれながらも逆転して名人位を守ったというニュースを読んだ。思わず拍手
をしてしまった。もう10年以上も前だったか、羽生氏が七冠になったころからの
フアンだ。その頃氏の将棋がパソコン・コンピューターと比較して論じられたこと
に興味があった。当時チェスの世界チャンピオンが、IBMのコンピュータプログ
ラマー達のグループと対戦をやって勝ったり負けたりしていたことが報道されてい
た。コンピュータ、パソコンということでは、将棋はチェスと違って、その内容が
より複雑であり、チェスのようにいかないと当時言われたものだ。              

しかし上述のように、最近パソコンの将棋もものすごくレベルが上がった。プロで
も負ける時があるくらいだそうだからすごいものだ。将棋は理づめの世界、デジタ
ルデータ化が可能な世界だから、パソコン将棋の腕がますます上がる時代がくるか
もしれない。いや来ているのだ。その頃の記事で興味があったのは、羽生名人が将
棋をデジタル的でなく、アナログ的に捉えているのではないかという説があってそ
れに興味を持ったのだった。もっともその意味は私には全くわかっていないのだが。

どうしょうもないへぼ将棋だが、私も将棋をやる。かっては町の道場に出かけるし
かそれを楽しむすべはなかったが最近はオンラインネット将棋を楽しめる。自分の
実力にあった相手を選び、こちらも選ばれてオンラインで勝負を楽しむ。いくらパ
ソコン将棋が強くなったからと言って、パソコン相手の勝負などおもしろくない。
第一パソコンごときに負けたら癪ではないか。                                

オンライン将棋では相手の顔が見えないが、相手は紛れもなく人間であり、どんな
人か想像しながらやることが多い。名前からして女性である場合もあるし、XXX
USAなんて表示されているのを見るとアメリカ在住の日本人だったりする。一局
短い場合で15分長い時で3、40分くらいで勝負がつくのもいい。負けると、つ
いもう一回、もう一回となり泥沼にはまる。2勝一敗くらいでやめておくのがいい
のだが、ついついやりすぎて結果2時間も費やして1勝4敗という結果になりかね
ない。                                                                    

昔は負けがこむと悔しさが残ったものだが、最近はそんなに勝負にこだわることが
なくなったのは進歩だろう。と、いうのも勝った、負けたというのも自分のやって
いるレベルなどまさにへぼクラス。なにせ段どころか、級もかなり下のクラスだか
ら、そんなレベルで勝った負けたといったところでたいしたものでないと割り切れ
るからである。                                                            

パソコンがいくら強くなっても、人間と人間との戦いに意味がなくなるわけでない。
将棋名人戦がなくなるわけではない。将棋そのものがなくなるわけではないと思う。

私のやるようなへぼ将棋でも一旦戦いが始まると、相手との読みとこちらの読みの
戦いになる。攻めたり守ったり、絶対勝つと思った勝負を逆転されたり、その逆が
あったり、始めたらもうやめられないのだ。半日、一日やっていても飽きることは
ない。                                                                    

名人戦などその人智を尽くした究極の戦いである。その棋譜など見ても、解説を読
んでもよくわからないから、そんなものにたいした興味があるわけでない。将棋の
戦いが何百回何千回、何万回であろうと、二度と同じものが出来ないのが不思議な
のだ。コマの数、升目、それに将棋の場合、捕ったコマを再度自分のコマとして使
えるというチェスにはないルールもあって、その着手の組み合わせがものすごい数
になるのだ。                                                              

最近オンライン将棋をやっているとパソコン上に「パソコン使用禁止」というメッセ
ージが出ている。最初のころなんのことかわからなかったが、どうやら、強いソフ
トを入れたパソコンを目の前において、相手とのオンライン将棋でそれを操作しな
がら勝負手を選択する人がいるらしい。                                      

バカな人間がいるものだ。私はパソコンを駆使してさまざまなことをやるが、将棋
をやる場合、パソコンに最善手を教えてもらって指すようなことは絶対しない。そ
んなことをやってどこがおもしろいのかだ。どんな強いパソコン将棋のソフトがあ
ろうとそんなものには全く興味がない。                                      

上手く行こうが、行くまいが、自分の構想で、相手の出方を見ながら一手一手指し
ていくことが面白いのだ。上手、下手自体、そのレベルが問題であることはもちろ
んだが、今の自分のレベルでどれだけベストの手が指せるか、それを試せるのが面
白いのである。これは別に将棋に限らない。                                  

今やっていることの全てがそうだ。いや、大げさに言えば、自分の人生のすべてが
そうではないかと思うのである。なにをやるにしても自分で、自分の頭と体力でい
かにそれをやり遂げることができるか、それで何を作りだせるか、大げさだがそれ
を楽しむことが人生の全てだと思うのである。                                

2009/6/27
早勢 直
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