2006年 今週の意見 6月

今週の意見(476):

HTML

 先週は嵐山でのMPC(村山パソコンクラブ)の合宿研修会のことを書いたが、
今回は渡部陽さんのご提案で、「Web進化論」のことを学ぶのが一つの目的であっ
た。その内容については、参加のみなさん、私自身もよくわからないところがあっ
た。ただ渡部さんは一つおもしろいことを言われた。

 渡部さんは、「今日こんなテーマを採り上げ、話をするのはこの村山パソコンクラ
ブみなさんのコンピュータリテラシーが高いからだ。パソコンやインターネットに
ついての基本的知識またはそれを使いこなせる技術が高いから、このような話をす
するわけで、他のパソコンクラブではしない。やっても、Webがどうだのホーム
ページがどうだの一般にはわかってもらえないからである。その点、村山パソコン
クラブのみなさんの多くは自らホームページを作られたり、BLOGをやったりさ
れていてコンピュータリテラシイが高い。だから、Webの世界の話なども分って
もらえるはずだ」といわれたわけだ。

 私はなるほどそうだ、と思った。前回も書いたように、私自身はWeb社会進化
論などとマクロのアプローチでなく、要するにそれはパソコンやインターネットを
どう使いこなせているか、生活そのものに役立ているか、もっと分りやすく言えば
それを趣味や楽しみに活かしているか、を考えてみようと提案し、そうした観点、
いわばミクロ立場からの話をしたのだった。

 そしてその時も言ったのだが、MPC会員がホームページを作ったり、BLOG
がやれたり、ましてや今多くの会員が夢中になってやっているJAVAアプレット
などをやれるのはなぜかということである。それは私に言わせると、Webの世界
のベースともなっているHTML言語というものをある程度勉強してきたおかげだ
ということだ。

 JAVAのアプレットとなるとその中身についてはJAVA言語の専門知識がな
いとわからないが、それがHTML言語の中でどのように使われているか、記述さ
れているかさえわかればそれをアプレットそのものを使いこなして、一枚の絵や写
真を使って雪や雨を降らせたり、雷を鳴らしたり、花火を打ち上げたりできるので
ある。HTMLそのものの構造やちょっとした記述などできないとそれができない
ということだ。ましてやそれがネットワークの基本であるリンクという機能をどの
ように使っているかということも、HTMLのタグでそれをどのように記述するか
なのである。

 HTMLもやってみればどうということはないのだが、どこのパソコンクラブや
学校でもホームページの作り方などを既存のソフトを使ってやることを教えても、
HTMLでそれをどう記述するかなどめったに教えないようだ。それではWebの
世界全体の仕組みなど到底理解できないと私は考える。

 私は今小学校や中学校でパソコンを教える機会があるが、小学校はともかく中学
校のパソコン授業では是非HTMLの基礎的なことを教えるべきだという考えであ
る。事実昨年中学校では担当の先生と相談しながら、パソコンインターネットのこ
とはいろいろ教えたが、その先生が一番興味を持ち、また今年は是非HTMLを中
心にしてやって欲しいという要望を聞いて、意を強くしたのであった。

 今年は中学の生徒達にはこの6月以降来年3月まで、HTMLを中心にそれにま
つわるさまざまなことを教えてあげようとその内容を練っているいるところである。

2006/6/3
早勢 直
今週の意見(477):

インサイダー取引

 村上フアンドの村上代表村上世彰氏がライブドアの株の売買をめぐって証券取引
法が禁じているインサイダー取引を犯したとの容疑で逮捕された。逮捕前にその罪
を認める記者会見を開いて、謝罪するなど潔ぎよいとの評判もあったが、やはりす
っきりしないものを感じた。本人は相当ショックのはずだが、そんな犯意などさら
さらなかったことを強調したかったのだろう。努めて明るく振舞って見せたわけだ。

 会見で「自分は株式の売買についてはプロ中のプロであり、そのプロがこんな基本
的なミス犯すなんて、どうしようもないことをやったものだ。だから「今日限りでこ
の仕事から手を引く」などとこれまた格好のいいことを言ってのけた。まさにその通
りで、ああいう状況の中での関連株の売買自体には相当注意しなければならないこと
位、株式売買のプロでなくても、企業の経営に関わるものであれば、インサイダー取
引のなんたるか、誰でも知っていることだ。また誰でも注意していることである。

 私も定年前勤務していた会社で役員をやっていた関係もあり、ほんのわずかだが
その会社の株を持っていた。そしてそれを扱っていた証券会社からことある度に親
族の一覧表を出さされたものだ。つまり当の本人はもちろん、妻子ほか兄弟姉妹に
いたるまで、その株の売買には一定の制限があることを絶えず知らされ、また売買
の事実関係など報告の義務があることを告げられていたわけだ。どっちにころんで
もたいした株数でなかったから対して気にもとめなかったが、その会社を辞めてか
らも確か一年間は売却も出来なかったということであった。

 そうした制限があるのは経営に携わる役員たるものは一般的な企業の財務状況の
情報など誰でも知りえることでなく、その会社のさまざまな内部情報、外部の人は
知りえない超短期の重要な計画や、特殊な問題、戦略などについて知っている、知
りえる立場にあるからである。それを知っている立場のものがその情報を元に株を
売ったり買ったりすることを禁じるというのは当然のことなのである。

 実は今回村上氏がライブドアとの交渉で知りえたことが、証券取引法で定めてい
るインサイダー取引であったのかどうかについては疑問を投げかけている専門家も
少ないない。さらに村上氏がどうしてああも簡単に自らそれを認めてしまったのか
疑問だとする専門家もいる。その過程はこれから裁判が明らかにしてくれるからそ
れを待ちたい。

 ただ本人自身がまさに言っているように、プロ中のプロがインサイダー取引なる
ものについてまさになんの注意も払わなかったというのは、どう考えてもおかしい
のだ。全くなんの懸念も、考慮もなく、ライブドアの幹部と一緒に株を買い、そし
て見事売り抜けたという事実をもってしても、「それで儲けるつもりなどなかった」
などと抗弁できるわけがない。

 ご本人は「カネ儲けしたから恨まれた」などと言っているが、もちろんそれもある
だろうが、そのようなことを言うこと自体、自らの不明を会見で述べたように反省
しているとは思えないのだ。

 また有罪は間違いないが、さっさと罪を認めることで執行猶予なるものをねらっ
ているのだとすれば問題である。いや、多分裁判結果はそうなるのだろうが、これ
がまた日本の裁判制度の一つの大きな問題点ではないか。

2006/6/10
早勢 直
今週の意見(478):

日銀総裁

 福井日銀総裁が村上フアンドへ投資していることが問題になった。昨日の夕刊の
報ずるところでも結構それで儲けが出たらしい。政府首脳はその責任を問うことも
なく、また日銀自体も特にそれが特に内規に触れることもないとの立場である。

 最初この問題を知った時、私自身は、あれ、なぜそんなことがそんな大きな問題
だろうかと思ったわけだ。日銀総裁とて一人の個人、株式投資の一つや二つやって
どこが悪いのか、と考えた。

 ところがその後の政府の対応ぶり、福井総裁の言い分などを聞いているうちにそ
れはやはり大問題ではないかとと思い直した。特に福井総裁の説明を聞いておかし
いと思ったことがある。

 総裁は1000万円を村上フアンドに投資したことについてこう答えている。「そ
れで儲けようと思ったわけでない。村上氏への頑張れというエールのつもりだった。
」しかしそれはおかしいと思ったわけだ。むしろ単なるカネもうけの投資ならいい。

 ところがいかなる内容であれ、村上フアンド、そのトップの村上氏へうまくやれ、
頑張れということなら、一民間人としてのそれならいいが、その後、日銀総裁という
立場になってからもそういうスタンスであったのだとすればそれはやはり大問題では
ないのか。

 日銀の総裁などという立場は株式市場を含めてあらゆる金融関係の世界では絶対
厳正中立、オープンな立場でなければならないはずである。いかなる形であれ特定の
民間企業にがんばれなどと励ましの意味で投資をすることなど許されるわけがないの
である。いや、むしろ純粋に個人のカネ儲けのために投資してみた、というのならま
だわかるが、それはありえない。プライバシーうんぬんの議論もあるが、ことに日銀
総裁に関しては、そうしたことに関してプライバシーなどあるはずがない。日銀総裁
とは、あらゆる意味において、普通の人が知りえない株式市場、金融市場、企業の特
殊情報を知りうる立場なのだ。日銀総裁とはそうした情報を元に日銀としての総合政
策判断をする立場なのである。

 その点マスコミの報道、新聞の社説、それに野党の非難のコメントを見ていても
どうもその争点がピントはずれのような気がする。昨日の朝日の夕刊でも数百万そ
れで儲けたとかなんとかそんなことを問題にしていたが、そんなことより、日銀総
裁として特定の民間企業に肩入れすること自体がそれこそ道義に反する行為なのでは
ないか。

 法律を犯した村上氏を応援したから問題なのではない。それが誰であろうと、その
立場で特定の企業の株を買うなどということ自体絶対にやってはいけないことだろう。
それを禁じるような内規がないこと自体がおかしい。

 野党がその辞任を求めるのは当然としても、ただ道義的責任などと言う抽象的な理
由でなくもっとその意味を世間にもわかりやすく説明し、問題をまともな本質論とし
て論じるべきだと考えるのである。

2006/6/17
早勢 直
今週の意見(479):

ワールドサッカー

 日本のW杯一次予選敗退が決まった。残念だがしかたがない。私自身は朝いつも
4時には起きているがブラジルとの戦いをTVをつけてみることもなかった。パソ
コンでヤフーニュースをチェックしていると前半1−0でリードしているところま
では知っていたし、ひょっとしてそれが2−0ででも折り返したらさすが、予定を
変更してTVをつけたかもしれない。が、そうすることはなかった。

 それから6時半に近くの公園で毎朝あるラジオ体操にでかけたら、いつも集まっ
てくる常連の方々が、「しかたないね、あれが日本の実力なんだろう」などと話して
いたのでああやはり負けたのか、と思った。帰って7時のニュースをみて、4−1
で敗退したことを知ったのであった。

 もとよりそれはおもしろくないニュースであることには違いない。私とて、日本
チームの決勝リーグ進出に一縷の望みを持っていたことも否定しない。が、サポー
ター達のあの勝った負けたについての一喜一憂ぶりをすこしさめた目で見ているの
はいつものことであった。彼らの行動をいちいち批判したりするつもりはさらさら
ないが、その様子を報じるマスコミの報道には少し批判の目を向けたいと思うので
ある。

 W杯はオリンピックなどと同じ4年に一度のスポーツ界の一大イベントには違い
ない。しかし私にいわせると、たかがサッカーの世界一を決めるイベントにすぎな
い。なぜそこまで大騒ぎをするのか、ということだ。いやそれで大騒ぎするなとは
いわない。この世の中、その事の帰趨に関してもっと国民が大関心を持っていいこ
とが沢山あるのではないかということだ。常日頃日本が世界の中でどうなっている
のかということについて大切なことは山ほどあるということだ。そういうことには
全く関心を寄せない。

 おかげで北朝鮮のテポドンミサイルの問題などどこかに吹っ飛んでしまった感じ
である。それとこれとは確かに話の中身は全く違う。そんなものをどっちが大切か
など一緒に論じること自体がおかしいといわれたらそれまでだ。

 しかしである。今この世の中もっと一喜一憂すべきこと、関心を払っていいこと
はもっと他に沢山あるのではありませんか、といいたいわけだ。

2006/6/24
早勢 直
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