2004年 今週の意見 6月


今週の意見



2004年 今週の意見 6月

今週の意見(373):

ネチケットを教えよ

 長崎県佐世保で小学生の少女が、同級生の友達をカッターナイフで殺害するとい
う信じられないような、痛ましい事件が起こった。仲間で交換しているホームぺー
ジに自分を中傷するようなことを書かれ、やめて欲しいと言ったのに、やめなかっ
たので犯行に及んだとそうだ。

 大人の世界では最近よるあるネット上のトラブルだが、小学生6年生がそんなこ
とを遊びでやっているなど、世の中えらい進んだとものだと、びっくりしたもので
ある。そういえば、私の小学5年の孫が、自分のホームページを作ってくれとメー
ルを言ってきたので簡単なものを作ってやったことがあった。聞くところでは、そ
れはやはり同級生の友達がホームページを持っているというのが、その動機だった
らしい。驚きである。

 おかしいのはこういう事件が起こると、またぞろインターネット社会の弊害とか
メールのような手段そのものが人間的なコミュニケーションに欠けるとかいう議論
が出てくることだ。それに教育評論家だか、文部科学省の偉いお役人などがコメン
トしていたことは、先生たちのITに関する能力不足、そのために子供に正しい知
識を教えてやれないことが、一つの問題だという指摘があった。マスコミももっと
もらしくそれを報道していた。

 私はそれを聞いて大変疑問に思ったのである。今回の事件の本質は果たしてそう
いうことだったのだろうか、と。私の考えでは、それはメール自体が悪いのでも、
子供がホームページ作りをやることを先生が技術的な面で十分指導してやるだけの
能力がないことでもなんでもない。それは私自身あまり好きな言葉でないが、ネチ
ケット、メールや、インターネット上で守るべき基本的マナーを子供が知らないま
ま、まただれも教えることもなくただその便利で、スピーデイに自分の好きなこと
をネット上に発表したり、必要な情報を集めたりできる利点の活用だけ考えるとい
うことになったというのが問題だろうと思う。

 メールにしてもホームページにしても、そこで提供する情報に、特に他の人のこ
との場合、そのプライバシーや人格を絶対に傷つけることのないよう注意する、配
慮することは当然のことなのである。ネチケットってそういうことだ。
 
 しかし、考えてみるとネチケットなどと改めていうまでもなく、そんなマナーは
人間が人間社会に生きていく上で、人と人とが付き合い、コミュニケーションをは
かっていく上で当然のマナーではないかと思うのだ。そんなことはIT能力がどう
だ、パソコンやインターネットの使い方を知っているいないという問題以前の基本
的道徳の問題ではないか。

 今大人のネットの社会で起こるさまざまなトラブルも実はそのことが根本的な背
景になっていると私は思う。それが子供の世界にも広がってきたのである。IT社
会、子供たちがどんどん競ってパソコンやインターネットのことを学ぶのは大いに
結構なことだ。場合によってはその技能が先生や両親以上になってしまうこともあ
るだろう。それはしかたがないし、それでいい。が、IT技術以上に先生や両親が
教えるべき、もっと大切なことは他にある。

 それはネチケットなどというややこしいことでない。人が人と付き合っていく上
で守るべき、お互いに相手の人格を尊重しながら、自由にコミュニケーションをは
かっていくと基本的な精神であり、道徳なのである。

2004/6/5
Tadashi HAYASE
今週の意見(374):

顧客サービス、顧客満足

 三菱自動車のトップがついに逮捕された。大切な顧客の安全を軽視する企業が今
時あるのかと信じられないくらいの感じである。顧客サービスどころか、その命を
危うくするような製品を売りつけるような経営感覚などただただ驚くばかりである。

 パソコンクラブなどの仲間から、毎日のようなさまざまなパソコンに関するトラ
ブルについて相談がある。こちらはさすが命には関係ないが、大きな頭痛のタネで
ある。その殆どはそもそもそのハードの故障をいうより、製品についての正しい知
識不足からくることが多い。やむをえない話であるが、購入に当たって、その店で
十分な説明を受けたかどうかが一つ重要な点である。

 そのことで、日ごろ何かと接触の多いパソコンショップについて書いておきたい。
私の場合パソコンやさまざまな付属機器、ソフト、消耗品など近所にあるY電機や
ちょっと遠いが立川のBショップのいずれかで買う。消耗品などは中身が完全にわ
かっているし、わざわざ立川まで出かけることがないので、殆どの場合Y電機で買
う。が、パソコン本体やカメラまた数万円以上するような付属機器の場合面倒だが
Bショップまでわざわざでかける。

 価格はY電機もBショップも似たりよったりであり、差がない。いや、むしろY
電機の方がいいかもしれない。しかし、数多くのチェックポイントがある場合、殆
どの場合、Bショップで購入する。なぜか。店員との質疑応答の質が全然違うから
である。Y電機に比べBショップ店員は、まずは総体的に客との受け答えが親切丁
寧であり、それぞれの製品についての総合的知識、技術的なことについての知識が
豊富であり、正確である。

 普通の電気製品についてももちろんそうなのだが、特にハードだけでなく、ソフ
トがからみ、日進月歩の進歩が激しいパソコン関連については製品知識が豊富で、
それになにより正確な情報提供が必要なのである。パソコンに関しては少々うるさ
いから、その差は歴然たるものであることがわかる。

 お互いの店の経営者、店長など管理職、店員自体それが一体どんな差であるのか
おそらくあまり気がついていないかもしれない。その点では私など一方が社員のそ
うした面での教育訓練を徹底して行い、それが販売増のためまた、顧客満足を高め
る上で大切なことがわかっているのに対し、一方はそのことにあまり力を入れてい
ない、そのことの大切さがあまりわかっていないのではないかと思えるのである。
二つの店の客の入り状況は天と地の差がある。もちろん立地条件の違いがあるから
その差自体は当然なのだが、ただその差が立地条件だけのことでなく、長い目で見
た顧客満足度の差がその差に現れているのだとと私は観察している。

 同じ電器店でも同じものを同じように売っていて、どうしてその差が出てくるの
か。結局は顧客サービスによる顧客満足度の違いからくるという、ビジネスの基本
中の基本原理について経営が実践しているかいないかの差なのだと改めて感じたわ
けだ。

2004/6/12
Tadashi HAYASE
今週の意見(375):

ほころびている言葉

 17日の朝日新聞の社説は「ほころびる小泉政治」であった。

 内容はさまざまな政治問題についてその時々の小泉首相の発言のいい加減さにつ
いて批判したものである。その説明自体いつも歯切れがよく、一見わかりやすいの
が特色である。かってサラリーマン時代の年金履歴のあいまいさを聞かれて、「人生
いろいろ、会社もいろいろ、サラリーマンもいろいろ」と答えた。自民党が所属議員
の年金保険料未納実態を公表しない理由は「自由と民主の党ですから」と答えた。イ
ラク派兵の合憲性について「意見が違うからといって答えていないとは言えない」と
答えた。靖国参拝の問題についての地裁の違憲判決については 「おかしいですね
え」の一言で片付けた。曾我さんの夫のジェンキンスさんの帰国問題には、なんの根
拠もなくジェンキンス氏の身分は「私が保証する」と言ったそうだ。

 その言葉の論理、内容のいい加減さ、論理のなさについては今更朝日新聞社説の
解説を待つまでもない。その言葉自体いつも歯切れがよく、明快で、わかりやすい
のだが、よくその中身を読んでみるとそれぞれ論理的なものでは全くない。が、多
くの日本の国民はそのいい加減な言葉に根本的な疑問を持つことなく受け入れてし
まう。そう、その支持率が高い理由の一つが、「これまでの政治家と違って、その
言葉がわかりやすい」というのである。

 朝日新聞ははその言葉のいい加減さを批判することはしているが、多くの国民が
それを許している事実について問題の根源がそこにあることは書いていない。それ
はそうだろう。それをすると自らの愛読者を批判することになるからだ。しかし、
そう訴えるべきではないかと私は思う。

 私自身はそのことをはっきり書いておきたい。日本という国の政治がおかしいの
も、こんないい加減な言葉を連発する首相が高い支持率を保つのも、要するに日本
人は、言葉の論理を大切にするという根本的訓練ができていないところに起因する
のだということだ。

 欧米の先進諸国はもちろん、諸外国ではそれぞれのトップ政治家の言葉はもっと
重いものとして受け止められることは当然である。その説明のしかたや内容によっ
て、その政治姿勢への支持率が決まることも当然のことだ。日本の議会制度はイギ
リスなど先進民主主義国のそれから学んだところが大きいが、大切なのは形だけの
制度でない。学ぶべきは徹底的な徹底的な論理による討論、ディベートということ
ではないだろうか。日本でも最近党首討論が行なわれるようになったが、ほとんど
討論の体をなしていない。相手が誰であれ、殆ど小泉首相得意のはぐらかし、論理
のすり替え、一見明快だが、単純な断言などでごまかされてしまっている。徹底し
た論理にもとづく議論など全く行なわれない現状である。

 今の政治がおかしいとすれば、おかしいのは政治制度でも選挙制度でもなんでも
ない。小泉政治がほころびてきているのは、朝日社説の通りだが、本当のほころび
は制度に起因するものではない、要するに言葉というものの大切さ、重みというこ
と自体がほころびてきているのである。そしてその言葉自体の大切さをほころびさ
せているのが、一国のトップ自身であるということの問題の深刻さをこの国民の多
くは気づいていない。

 朝日の社説は小泉政治のほころびを指摘した上で、「ひょっとしたら参議院選挙
で大きな変革が起こるかもしれない」と結んでいるが、そのことについては私自身
そんな楽観は全く持っていない。

2004/6/19
Tadashi HAYASE
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