2001年 今週の意見 6月
今週の意見(219)
超法規的措置
先週小泉氏がハンセン氏病に関する地裁の判決について控訴しないという決断を
したことについて、賛辞的コメントをしたのだが、これがまた小泉人気に拍車をか
けたらしい。小泉氏がなにはともあれ、患者救済、その名誉回復ということに主眼
をおき、「極めて異例の措置」と説明したことが大きなポイントであったはずだ。
その「異例」という意味が、患者の救済のため、政府としては、本来受け入れられ
ない地裁の決定を受け入れた、、地裁の法的な決定を全面的に受け入れ、今後はそ
れに従ってさまざまな是正措置を取っていく、という意味ならわかる。小泉氏は基
本的にはその意向のように見えるが、 政府当局のあちこちからあれは「超法規的措
置」であったという説明が出ていて、新聞にも報道されていた。
「超法規的措置」と言えば、思い起こすのは「よど号ハイジャック事件」である。福
田内閣の時であったか、ハイジャックした赤軍派幹部の北朝鮮への亡命を乗客の命
と引き換えに認めたということ。それが本当に正しかったかどうかは別にして、あ
れはまさに緊急事態であり、 他に手段方法がなかったと判断された。まさに「超法
規的措置」だったのだろう。
今回の措置に、 同じような意味での緊急性があったのか。 政府当局者がそれを
「超法規的措置」としている意図は一体何なのか。もしそれが、法的には控訴すべき
であったが、人道的な意味で妥協したのだ、というニューアンスなら問題である。
そういう表現で、これまでの政府のとってきた措置の法的問題、国会の不作為の問
題などの弁解に使い、責任逃れのために使っているのなら問題である。
日本は法治国家である。法がすべてを決する。いかなる事情があれ、地裁の判決
に控訴しなかったということは、その判決の中身を全面的に受け入れたということ
だ。「超法規」などといういいかげんな言葉を使い、もし今後の政治的、行政的措置
を有利に運ぼうなどという意図があるのなら問題である。自由党の党首小沢氏が、
もし政府が地裁の判決が法的に間違っているというのなら、控訴すべきであったと
しているのは正論ではないか。
超法規的措置などとしているが、もしそんなつもりなら、それは法の放棄的措置
ではないか。
2001/6/2
Tadashi HAYASE
今週の意見(220)
田中バッシング
先週朝のNHKニュースでもトップで田中外相が、アメリカのミサイル防衛戦略
についてオーストラリア外相との会談での懸念発言の波紋のことを伝えていた。オ
ーストラリア自体は、その内容をアメリカに伝えるなどしたことを否定していたの
に日本側は橋本元総理が批判の発言をしたり、内閣官房長官までそれを記者会見で
言及したりしているのである。
火のないところに煙は立たぬ、で、田中外相がイタリヤ外相との国際会議での雑
談や、オーストラリア外相との会談の中で、ブッシュ政権の戦略について、なんら
かの懸念というか、少々問題があることを表明したことは間違いないことなのであ
ろう。しかし、外相とて、日本の国の外交方針は基本的にわかっているはずである
し、国会の答弁などでも明らかなように、公式にはなんらアメリカのそれを非難し
ているわけでもなく、否定しているわけでもないのだ。
もちろん立場上、仮にそれが非公式の場であっても、あらゆる発言に細心の注意
をしなければならないことは言うまでもない。
が、しかしである。中国の外相との電話会談で、台湾の元総統にはもうビザを発
給しないと言ったとか、言わなかったこととかの問題といい、今回の事件といい
なぜそんなことがいちいち、しかも日本側から出てくるのか不思議な話である。明
らかに外務省の身内からそれが持ち出されてきているのだ。外相同士の会談内容を
どうして橋本元総理が知っているのか、である。ましては電話会談の内容などにつ
いてでもである。
明らかにありとあらゆる場をとらえて、田中バッシングが始まっている。その発
言の一つ一つをとらえて田中氏があたかもその器でないことをこれでもか、これで
もか、といじめかかっているとしか思えない。いや、そうなのだ。
田中氏もただ一主婦として、一市民として、一評論家として思ったことを率直に
言えばすむ立場でないことは理解し、発言にはもっと慎重になるべきことは言うま
でもないことだ。しかし、田中氏のパーソナリテイや、考え方のすべてを殺し、従
来の官僚主導、官庁主導の外交を行わせようとする動きにはマスコミももっと監視
を光らせるべきだ。
現実に役所が存在し、官僚が存在する以上、それとすべて対決してことがうまく
いくわけがない。しかし、従来の体質と厳しく対決する姿勢の中から日本の新しい
外交が生まれてくることも事実なのだ。北京で一晩30万円もするスイートルーム
に泊まることを拒否し、10万円の部屋に移ったという田中外相の感覚は正しいの
である。それが当たり前であり、そんな慣例に不感症な外務省の体質こそまず徹底
的に直さないとダメなのだ。
2001/6/9
Tadashi HAYASE
今週の意見(221):
小泉メールマガジン
福田官房長官は6月14日から始まる小泉氏のメールマガジンに全国から58.5
万人が登録で、これはこの種のものとしては世界記録だと記者会見で述べていた。た
しかにすごい。その後2日間で100万人を突破し、これからさらに増えるものと思
われる。私も未登録だったが、早速登録してみた。
びっくりするような数字だ。が、問題は読者の数ではない。どんな内容のものが送
られてくるのか、それを受け取った小泉氏や内閣大臣が国民の質問や、コメントにど
う答えるかである。一方的なプロパガンダだと、おもしろくもないしすぐに飽きられ
るだろう。いかに双方向の意味が活かされるか、どうかに今後の推移が掛かっている。
あらゆる意味においておもしろい実験が始まった。どのような進展をみるか、注目
だ。
2001/6/16
Tadashi HAYASE
今週の意見(222):
コンピュータの問題ではない
山形大学、富山大学に続いて、金沢大学で入試の点数計算に関するミスが発覚し
た。計算に当たってコンピュータのプログラミングを間違えたというわけだ。直今
のものなら、あらためて入学を認めるなり、なんとかできるが、もう3年も4年も
たってから、間違えていたので、すみません、と言われてもどうしようもない。被
害者の人たちの気持ちを考えると、怒りというより、もうあきれ果てたという感じ
である。他でもない。それぞれ国家の頭脳を代表する大学の単純計算ミスである。
いずれもコンピューターの計算を間違えました、と言ってるが、問題の本質はもち
ろんコンピューターのプログラミングだけのことではない。そんな技術的なミスの
問題だけではない。それは国立大学という組織のあり方自体の問題であり、日本の
教育制度、大学入試制度自体の問題なのだ。日本の文部行政の根本的問題を象徴し
ているのである。
折りしも国立大学の法人化の問題が浮上している。別に小泉氏が首相になってか
ら始まった議論ではないが、氏の聖域なき構造改革という方針の中でそれがさらに
具体化しつつある。そうだ、これまで国立大学も聖域だったのだ。どんなに大きな
赤字を出そうと、たいした業績をあげることがなかろうと、その赤字は国民の税金
から補填されてきた。国立大学、国立研究機関などの2000年での赤字は約2兆
円にも達する。これまでの累計は一体どれほどになるのか。これも今の国家財政大
赤字の原因となっていることは言うまでもない。
国立大学の民営化、法人化など当然の議論である。何をやろうとやるまいと、国
民の税金でぬくぬくと存在し続けられる組織のあり方自体が問題なのである。信じ
られないような、入試に関わる計算ミスなどそういう甘い体質の中で起こることな
のだ。むしろ本当の問題の氷山の一角に違いない。
どうしてこの時期こんな問題が一気に噴出してくるか。まことにけしからん話だ
が、国民はそのことだけにとらわれてはいけない。そうした問題提起をするマスコ
ミの論調も殆どない。国民はもっと根本的なまさに構造改革の問題に関心をもつべ
きなのである。これはそうした組織のあり方自体が間違いだ、という警告のメッセ
ージの一つなのである。
2001/6/23
Tadashi HAYASE
今週の意見(223):
情けない外務委員会
衆議院外務委員会はモンゴル、パキスタンとの投資協定など3件の条約承認を見
送り、継続案件とした。例の田中外相の「発言制限」要求をめぐってそれが立法府軽
視だ、と紛糾したことによる。重要な案件がそんなことで通らないということでい
いのか。
田中氏はそれは自分の責任だと釈明している。それは当然としても、問題はその
外務委員会なるもののそうした動きそのものだ。田中氏の「発言制限」要求を不当だ
として、注意したり、責任を求めたりすることはいい。だが、どうしてそれにひっ
かけて、そうした重要な条約案まで、継続審議としてしまうのかということだ。与
野党、それに外務省当局もそれに反対せず、承認して欲しいとしているのなら承認
すればいいではないか。
それはどうも、田中氏へのみせしめのために、やったことのようだ。田中氏への
個人攻撃のために、国家間の信義にももとるようなそうした決定を国会委員会です
ること自体、それこそ、立法府の責任として重大なのではないか。本件についても
田中氏と鈴木氏の猛省をうながすというマスコミの論調はあっても、国会委員会自
体のそうした行動を非難する論調が全くないのはおかしい。
田中氏の言動がさほど重大な過ちだったのなら、不信任案でも、辞任要求でもな
んでもしたらいいのだ。その上で、通すべき案件は通すというのが国会委員会とし
ての筋ではないのか。それをようしないで、それをすると国民の反発が大きいこと
を想定して、ただ田中氏へのみせしめのために国家の重要な条約案をそのネタに使
っているのだ。
そんなことをする国会委員会なんて、一体なんだといいたい。重要な法案を本当
に審議し、通すものは通すというのが本来の職責のはずだ、がそれは単なる政治的
かけひきの場になりさがっている。
2001/6/30
Tadashi HAYASE
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