1998年 今週の意見 7月
今週の意見(74):
立法改革
参議院選挙のまっただ中である。自民党の他は山ほどある野党がそれぞれ公
約を訴えているが、正直どこかどうちがうのかよくわからない。選挙民の反応
も今一つもりあがらない。問題が山積し、政治の行く末が大きく日本の行く末
を決定しようかという重大選挙なのにである。政府自治省なども投票時間を延
長したりしてなんとか棄権を避けようとPRにこれつとめているが、今回も前
回並40%の投票率を維持できるかどうかという悲観的な予想である。そうし
た低い投票率の結果大きな変化はないとほくそえんでいつ党もある。
そんなことではだめだ。国民はそれぞれの政党をよく見比べて、ベストでは
ないがよりベターなましな政党候補者を選んでいくというう以外にない。政治
をよくするのは結局はそれしかないわけだから。
選挙がしらけているのは各政党が互いの非難合戦を繰り広げ、足のひっぱり
あいばかりに終始しているということ、それに景気対策をはじめとして目先の
選挙民にとっても聞こえのいい政策論争ばかりだということだ。消費税を下げ
る、所得減税をするとか、中には消費を拡大するために商品券を配ります、な
どというのもある。それはそれでいい。さらに財政改革や行政改革を訴えるの
もまちがってはいない。すべてその通りである。ただその点では自民党とその
他野党政党の訴える政策、こと経済政策に関しては共産党以外では大同小異な
のである。
私が問題だと思うのは自分たちがよって立つ立法府の存在そのものの見直し
に触れる政党が一つもないということである。参議院不要論もあるが、参議院
選挙でさすがにその論議をせよとはいわない。が、衆議院、参議院を含めて立
法府全体のあり方について、その必要性やその効率性について見直し論議が当
然起こっていいはずである。
西欧先進諸国はすべて基本的には2院制をとっている。だから日本もそうな
ったのだが、情報化が進み、ネットワーク化が進む社会にあって昔と同じよう
な地域代表、それぞれの業界や分野の利害を代表する議員がそんなに数多くい
るのかという数の見直しが当然あっていい。このことは財政改革のために行政
改革とともに必要な論議のはずである。
仮に2院制をそのまま続けるにしても、その中でそれぞれ必要な国会議員の
数の見直しがこの際必要だと思うのである。その数を半分にして立法府の効率
を高めようという論議が起こらないことを私は不思議に思っている。
1998/7/4
Tadashi HAYASE
今週の意見(75):
新しいライフスタイル
毎年一年に一度四国フォーラムというのが開かれ、 出席します。 今年私が
出る分科会のテーマは、ライフスタイルの変革 ー文化的、精神的豊かさを実感
てきる生活のあり方、 豊かな生活を支えるための望ましい交通、通信システム
3橋時代が生み出す新たなライフスタイル となっています。 大変難しいテー
マです。しかしながら四国という地域に住む人間として、 3橋という四国にと
ってのインフラ、そして情報ネットワークという四国のみならず、 これからの
日本社会、いや人類社会全体にとっての大きな社会環境の変化のもと、 我々の
地域、そして国家国民としての生活、 生活様式がどのように変わっていくか、
いくべきなのか考えてみることは大変意味のあることです。
日本は今や不況のまっただ中にあり、政治も経済もそして我々の社会生活、家
庭生活もそして職場でも、1人1人がどのように生きたらいいか、まさに昏迷の
中にあります。日本の経済の立ち直りが今や世界から注目され、 期待されてい
ます。政府は次から次へと景気回復策を打ち出してきました。いわく不良再建処
理による金融システムの信頼回復策、公共投資、社会資本投資、所得税減税、な
どなどです。
さまざまな議論がありますが、それらはいずれも景気回復、経済立ち直しの策
の一つには違いありません。経済評論家の言を待つまでもなく、それぞれ何%か
国民総所得を押し上げることに貢献することはまちがいないでしょう。新しい需
要を作りだしいわゆるデフレギャップを埋めるものであることはそうでしょう。
しかし私が今日本が、日本人がなによりも埋めなければならないのは、モノや
カネのデフレギャップではなく、むしろ心のデフレーションギャップではないか
と思うのです。政治への不信、官僚の腐敗、少子化問題や子供の不良化問題に象
徴される家庭の崩壊、教育界の荒廃、社会全般のモラルの退廃などはまさにその
現われと言っていいのではないでしょうか。
モノ中心の経済社会は地球環境を破壊してきました。いま一番大切なことは我
々のまわりに美しい自然環境を取り戻すことではないでしょうか。そのための社
会資本投資はいくらでもあるでしょう。人間が人間らしく生きるための教育分野
福利厚生面の社会資本投資もいくらでもあるでしょう。それは従来の道路や鉄道
や、橋の建設ばかりに偏った投資の内容と全く違うものであることはいうまでも
ありません。それがどんなものであるか。その議論を大いにすべきです。
それをきちんと定義すること、すなわち我々の新しいライフスタイルを定義す
ることから始めるべきだと思うわけです。それはカネ中心ではない、モノでもな
い。一人一人がゆとりのある心を取り戻すこと。健全な家庭とコミュニテイを作
りなおすこと。そのための自然環境とは何か、社会環境とは何かそれを考えなお
してみることだと思うのです。
1998/7/11
Tadashi HAYASE
今週の意見(76):
衆議院解散
参議院選挙の結果、自民党が惨敗、民主党、共産党が躍進した。橋本首相が
退陣することが決まったのこともご承知の通りである。選挙前、投票率が非常
に悪いことが懸念されたが、終わってみると58%と当初の予定より10ポイ
ント近く上がったことが何よりも重要なことであった。政治に絶望し、あきら
めにも似た国民感情の中、これまで棄権してきた有権者が投票所に足を運び、
自民党政権にノーの投票をしたことは大変意味深い。
自民党執行部の敗戦の弁はまことに的外れ。加藤幹事長は「ビッグバンをは
じめ、さまざまな改革の痛みをあえて国民に要求し、実施に移そうとしたこと
に理解を充分得られなかった。」 そうではないだろう。今の日本の状況の中で
さまざまな国民にも負担が掛かる改革が必要なことは国民も充分理解している。
むしろその方向が明確に定まっていないことや、その推進のテンポが遅すぎて
打つ手が後手、後手に回ったことが今日の経済不況の最大の原因となっている
ことを多くの国民は不満を表明したのたと思う。そうした橋本政権へ不信が表
明されたわけだ。
橋本内閣が次から次へと打ち出してきた景気対策がそうである。アメリカを
はじめとする外国からの圧力で、金融処理問題や、所得税減税など終始一貫し
ない方策が国民の不信を買ったことはまちがいない。なにをすべきか、という
方針をもっと明確に国民に説明し、それを徹底していくことが何より大切なの
に、つけやいば的にそのつどつじつま合わせをやってきたような印象を与えて
きた。事実そうであったことはまちがいない。
国家として難問が山積する時にこうした政局の不安定化は望ましいことでな
いことは明らかである。参議院では過半数を失ったものの、衆議院で過半数を
押さえている自民党と、政策で必ずしも一致のない、各野党の存在が政局をど
のように動かしていくのか予断を許さないものがある。政治の空白が経済対策
への遅れとなることも懸念される。しかしこのまま右往左往する自民党政権へ
ノーの結論が出た以上早急に新しい政治のリーダシップを確立することが今な
によりも大切なことである。
山積する問題にどのようにとりくみ、解決していくか。またそれをどのよう
な政権にまかせるかについてはできるだけ早く、衆議院を解散して国民の意志
を聞くべきことはいうまでもないことである。
1998/7/18
Tadashi HAYASE
今週の意見(77):
守るべき価値
四国フォーラムに出席し、ライフスタイルの変革というテーマで討論した
ことはすでに書いた通りである。座長としてこの問題を討論するのにどうい
うアプローチをするか大変難しかった。討論が始まると殆ど子供の教育や、
しつけの話に集中したことは方向としてまちがってはいないと感じた。
それぞれ出席者はそれぞれの分野のトップの人であるから、さまざまなライ
フスタイル価値観をおもちであり、どのようなライフスタイルが望ましいか、
これからのライフスタイルがどうあるべきかなどについて意見がまとまるわけ
がないのである。いやまとまる必要もない。
が、ジャーナリストのM氏がこの問題についてコメントしたことが大変気に
なった。これから人間のライフスタイルは大きく変わるし、変わらざるをえな
い。いやすでに変わり多様化している。これに対し、K氏が質問した。「だか
らどうなんですか。」M氏は特にそれについて答えなかったが、私もK氏と同
じ質問がしたかった。明確な答えが欲しかった。
私は全体会議の中でこの問題をこう総括した。世の中の環境変化の中我々の
ライフスタイルが大きく変化し、多様化しつつあることはそうだし、それが望
ましいことはまちがいない。いや、日本人のライフスタイルはまだまだかなり
画一的であって、そのことが今の経済的閉塞を招いている面があるとも言える。
それぞれの価値観、たとえば衣食住に関すること、職業観、趣味に関すること
などもっともっと多様化することはいいことだ。
しかしそのことで人間として守らなければならない倫理道徳に関する価値観
までが多様化した方がいいと考える向きがあることはまちがいである。ライフ
スタイルの多様性を求めるが故に、個性を求めるが故に互いに守らなければな
らない倫理道徳と言ったことを軽視してはならないということ。今その倫理道
徳など基本的な軸が失われていることが世の混乱の原因になっているのではな
いかと思われる。
私はこれを絶対的価値と呼びたい。この倫理道徳といった絶対的価値観こそ
冒頭に書いた子供のしつけの欠如という問題と直接関係していることなのであ
る。だからこれこそ人間が守らなければならない絶対的価値として定義し、我
々のライフスタイルの中に共通の価値として定着させなければならないものな
のである。
そういう報告をしたのだが、それが終わって休憩の時、ある銀行の頭取さん
が私のところにやってきて、その報告の内容を誉めてくれた。「いや、いいこ
とを言って下さった。ライフスタイルの多様化、個性化などというが、道徳だ
けは絶対的なものでそれは誰もが画一的に守るべきものだと私も思っているの
です。」
私は大変うれしく、そういう報告ができたことに満足したのであった。
1998/7/25
Tadashi HAYASE
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