2008年 今週の意見 7月
今週の意見(585):
太陽光発電を普及させる
今週初め、日本第二の電力会社関西発電と太陽光発電の技術と実績を持つシャープ
が共同で大阪の堺市に世界最大の太陽光発電所を作るというニュースがあった。石
油原油の高騰の中、世界中で物価高が続いている。そしてCO2による地球温暖化
問題が今週始まる洞爺湖サミットでも最大のテーマになっている今日、この世界最
大の太陽光発電所の建設は大きな話題となることは間違いない。
太陽光発電が原油高、地球温暖化という二つの問題に対する一つの答えであるから
だ。太陽光発電の技術では世界でも冠たる技術を持つ日本に、太陽光発電所が今ま
でなかったか、不思議に思うくらいである。太陽光発電量に関して今や日本はドイ
ツに抜かれて世界二位の立場に甘んじている。発電業界もこの夏以降原油高を理由
に値上げラッシュの予定であるが、どうしてもっと太陽光発電にとりくむ姿勢を示
さなかったのかということだ。今火力、原子力、水力などの電源ミックスの中で、
電力会社による太陽光発電などゼロに等しい。圧倒的に多いのは石油を燃やす火力
発電であることはいうまでもなく、それがこの原油高騰の時代、電気代アップはや
むをえないことはそうだろう。
そうした電源ミックスの改善を行わず今日の事態を招いた一番の責任者は政府であ
ることはいうまでもない。火力に代わり現在30%位の比率である原子力発電の比
率を増やすことが一つの解決策ではあったのが、これは日本各地での原発発電所増
設に対する反対運動や、新潟地震ほか起こった大地震の結果、それが思うように進
まなかなった点があったことはやむをえまい。
しかし、原子力のほかに風力発電や特にこの太陽光発電の可能性を十分検討したの
かどうか疑問である。太陽光発電に関しては、電力会社が大掛かりな発電所を建設
するというより、太陽光発電の原理、仕組みから言って消費者、企業か世帯がそれ
に取り組むということの方が大切であることはそうだ。すなわち消費者自らがその
設備を設置し、それで発電した電力で自ら消費する電力をある程度まかなうという
仕組みがいいことはもう10年、15前からわかっていたことだ。
企業や世帯が太陽光発電装置を設置し発電した電力は電力会社が買い取る。そして
全体の消費量から自家発電量をさっぴいた分が電力代として請求されるという仕組
みが、もう10年も前から存在した。私個人のことになるがその仕組みを利用して
10年前に自宅を新築した際、太陽光発電装置を設置したのだった。それにはたし
か250万円近いお金が掛かったが、そのうち100万円ほどは政府の補助金が出
るという仕組みだった。その当時は、そんな多額の補助金をもらっても、それがペ
イするようなものでなかったことはたしかだが、今日の原油高騰による電力代アッ
プ、、CO2削減要請の時代になってみるとあらためてそれが正解であったことを
実感するのだ。
いや当時この太陽光発電に着目したのは、この二つの事態をある程度予測してのこ
とであったが、当時ネットで太陽光発電が果たしてペイするのかしないのかという
議論を盛んに行った記憶がある。当時、その筋の専門家を含めての圧倒的意見は、
太陽光発電などペイしないということであった。私は「今の段階でペイしないのは
そうだろうが、そのうちペイする時代が来る。いや、しようとしまいと私はそうい
うものの考えが正しいと思う」と理屈にならない理屈を言ったのだった。それが今
日のような状況になってみると当時言ったことがあながちまちがっていなかったこ
とを改めて痛感するのである。
当時は国の財政状況も余裕があり、太陽光発電への補助金も潤沢に提供できた。が
その後の財政状況悪化のこともあったのだろう、利用者も少ない補助金制度は廃止
してしまった。今はそれは地方自治体にゆだねられているが、補助金を出している
ところもあれば全くだしていないところもあるようだ。
こうした事態を迎えて私は政府は、どんな形であれ、この太陽光発電への補助金制
度を大々的に復活すべきであると考える。いや、補助金制度を含めて、企業や世帯
が太陽光発電を大幅に導入するような施策の展開を検討すべき時であると思う。残
念ながらそういう動きがあまり見られないのはまことに遺憾である。
日本のこん分野の技術は世界でも一流のものがある。それがドイツにその利用実績
で抜かれているような現実はまことに情けないものだと思うのだ。
2008/7/5
早勢 直
今週の意見(586);
新興国の思い違い
地球温暖化を引き起こす二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出をどう減ら
すか。それを議論した洞爺湖サミットが、幕を閉じた。
残念ながら、主要排出国が一緒になって具体的数値目標の入った決議をすることは
できなかった。主要8カ国(G8)に中国やインドなどが加わった16カ国の首脳
会合で、先進国と新興国の歩調が合わなかった。
前日に発表されたG8首脳会議の決議では、世界全体の排出量を「50年までに半
減」させるという長期目標を国連の気候変動枠組み条約のもとで拡大会議が採択す
るよう求めていた。先進国だけでなく、より広い枠組みで国際目標にするための拡
大会議を成功させるため。腰がひけ気味だった米国を引き込み、先進国が声をそろ
えたのは一歩前進だった。
ところが一夜明けて新興国を含めての拡大会議では「50年までに半減」という数
字は消えてしまった。新興国側は、削減によって経済成長が制約されると懸念を表
明し、従来通りまず先進国が率先して大幅削減をすることを求めたわけだ。それは
予想されていたこととは言え、やはりそうか、といった失望感をもたらすものであ
った。
マスコミのサミット会議自体の評価も分かれていた。とりあえず大きな方向で一致
したことは評価するが、具体的な削減数値を設定することが出来なかったことを批
判し、失望感を表すものが多かった。
世界のマスコミが先進国がどうしてもっと率先して長期的な目標はともかくより短
期的な数値目標設定を行いそれに向かって即行動を起こせないのかについて批判の
声を上げるのは当然だ。ただそれはいいとして、私は新興国、特に中国、インドの
この問題に対するスタンスがおかしいと日本はもちろん世界のマスコミが批判の声
をあげないのか不思議でならない。
今の地球温暖化の原因を作ったのはいうまでもなく先進国だ。だからまず先進国が
第一線に立って温暖化ガス削減をやらなければならないことはいうまでない。ただ
問題はそれに続く新興国だ。彼らは削減努力はしないわけでないが、ただそのため
に経済成長を犠牲にできないという。先進国とちがって、自分たちの国にはまだ貧
困があり、その解消のため経済成長が必要であり、ここで温暖化対策のために経済
成長を犠牲にするわけにはいかないという論理なのだ。
しかし彼らのいっていることはおかしい、と私は考える。現在の彼らの経済成長は
先進国が築いてきたさまざまなインフラのおかげなのだ。新興国はそのおかげで今
の成長を続けられるのであり、そのインフラのプラス面を享受している以上、逆に
温暖化を招来したマイナス面についても当然負担の義務があるのではないか。イン
フラのメリット享受は当然の権利であり、デメリット・マイナス面のほうは先進国
だけで責任を持てという言い分はおかしいのではないか。
温暖化ガスの削減はもう待ったなしなのだ。彼らの経済成長が阻害されるからとい
って削減努力をしない結果は地球全体の人類社会に悪影響を及ぼすだけでなく彼ら
の国家経済にも悪影響を及ぼす。その悪影響で先進国の経済にかげりが生ずればそ
れが即彼らの経済成長自体に影響がでるということなのだ。もく国際経済自体そっ
ちはそっちこっちはこっちではない。一蓮托生なのである。
この時代、経済成長とは当然環境対策を最大限含んだものでなければならないので
ある。温暖化対策を最大限行いながら経済成長は可能だという先進国側の言い分は
あながちうそではないし、またこれからの経済社会はそうでなければならない。
グローバル化した経済のもと温暖化ガス削減努力は国際社会全員で取り組まなけれ
ばならない問題なのだ。先進国は自らそれを率先垂範する一方、新興国をねばり強
く説得を続けていく努力はいうまでもなく必要だ。が、その一方で新興国のこの面
での思い違いを正してもらう、正す必要があるのではないか。
先進国はもちろん世界のマスコミはこぞってこのことを、今正々堂々主張すべきと
きであると私は思う。
2008/7/12
早勢 直
今週の意見(587);
コンビニ24時間営業規制の意味
地球温暖化防止のためCO2ガスの排出を削減しなければならない。そんな中でコ
ンビニが24時間営業しているのはその趣旨に反する。24時間営業をやめさせよ
うという動きが今あちこちの自治体で起こっている。東京都もその一つだ。
これに対してコンビニ協会側は猛反発、仮に午後11時から翌朝7時までの営業を
自粛してもCO2の削減は全体排出量の5%程度と試算し、反対の根拠としている。
それにコンビニが自粛した分配送を日中にまわせて渋滞が増え排出がかえって増え
る可能性があるとしている。
いや、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。この問題をめぐっては経済
界産業会、政府関係、地方自治体、そして一般国民消費者を巻き込んで賛否真っ二
つに分かれて議論が始まったところだ。
もともと深夜にコンビニを利用していない人などは、この規制には賛成、コンビニ
を大いに利用している人は反対するに決まっている。私などは深夜や早朝コンビニ
を利用することは結構あるほうだから、どちらかというと反対だ。がそれ自体が
CO2大排出源になっているかというと、そうでもないからそれを理由にすること
はおかしいと思う。
コンビニの深夜営業規制のもう一つの論拠はそれが青少年の悪の場所になっている
という言い分がある。深夜不良の青少年がここにたむらししばしば事件を起こす。
だからそれをなくせという。しかしそれもおかしな話でそれはCO2削減と全く関
係のない話それとこれと一緒に論じること自体がおかしい。
私がどちらかという、この規制案に反対なのはもっと大きな理由がある。今コンビ
ニというのは、社会のネット化いう中で、実に大きな働きをしているという事実が
あるということだ。コンビニには銀行や郵便局のATMと同様のものが設置され、
各種代金の支払いを含め、その他実にさまざまな業務の電子化ネット化の役割を果
たしている。そうしたネット化が実はCO2削減の一つの大きな背景の一つとなっ
ていることに気づいていない人が多い。
日本は地震国でこれまでの大災害発生の際コンビニがそうした情報処理、物資の提
供などの面で果たした役割は大変大きなものがある。もちろんそうしたことは別に
24時間営業でなくてもできることだが、24時間動いていて初めてその威力が発
揮されるという側面がある。ネット社会は基本的に24時間動いているところにそ
の存在意味があるのだ。
今回のコンビニ24時間営業規制問題は、対象をコンビニだけに集中したことがお
かしいわけであって、その議論そのものは大変必要であり、重要なことは否定しな
い。これをきっかけにあらゆる業種産業、操業、営業形態が見直されることを期待
したい。また見直されるだろう。目的はトータルのCO2削減そのことであってコ
ンビニうんぬんではない。
社会のネット化、情報化、IT化という観点から見るならば、それがCO2の削減
という観点からおおきくはずれていることはまだまだ沢山存在する。それをもっと
問題にせよということだ。コンビニなどはむしろそれをトータルでは減らしている
役割を演じているのではないかということをこの際指摘しておきたいのである。
2008/7/19
早勢 直
今週の意見(588):
混沌を映すハイビジョン
総務省は24日、地上放送のデジタル化を加速推進することを目的として、総務大臣
が本部長を務める「地上デジタル放送国民運動推進本部」を明治記念館(東京)で開
催した。今後、半年毎に年2回程度(1月24日前後、7月24日前後)の開催が予定されて
いるそうだ。
この会議の様子はテレビでも放送されていた。日本放送協会の福地茂雄会長、日本
放送連盟(民放連)の広瀬道貞会長、電子情報技術産業協会(JEITA)の庄山悦彦会長の
3人が福田総理とにこやかに会見していた様子もあった。
今のTVアナログ放送は三年後の2001年7月24日に終了し、デジタルテレビ
放送に移行することはもう数年前からわかっていること、だから最近は家電ショッ
プに行っても大型のデジタルテレビが沢山販売されている。我が家でもまだ購入し
ていないがそろそろ買ってみようといろいろ検討を始めているところだ。
しかし、ふと不思議に感じたのは一体このことは、何時、誰が主役になって一体ど
ういう形で決めたこと、なんだろう。それよりも、そもそもそれは一体なんのため
なのか、と改めて疑問を持ったわけである。
で、改めてそのことをインターネットであちこち検索して調べようとしてみたが、
アナログ放送からデジタル放送に移行するという事実や、ハイビジョン化でいかに
TV画面がきれいになるか、など解説はいくでもあるが、それがなんのためか、国
民生活、社会生活にどういうメリットがあるのかないのか、そもそもなぜ総務省が
それを推進しようとしているのか、そうした解説が一切ないことに改めて気づいた
わけだ。
なんのため? TV画面がきれいになる。だからどうなの? そういう素朴な疑問
を持つ人がもっといてよさそうなものだ。これが、業界団体、テレビ局などにとっ
て大きな経済効果を生むことはそれはわかる。その全体の経済効果の大きさもわか
る。したがって放送業界、家電業界がそれに熱心にとりくむことはわかる。で、結
果消費者もよりきれいなTVを見れるようになって満足する。それでいいではない
か。それ以上なんの文句があるのか。それがちょっと違うのではないかと思うのだ。
3年後までに消費者は従来品を捨てて、ハイビジョンテレビに乗り換えざるをえな
いのである。その時になって初めて、それに対応できない貧困層から不満が出てく
ることは目に見えている、だからそうした層に対する補助金の可能性を含めて関連
業界がキャンペーンを始めたのだ。しかも総務省の肝いりでである。今のところこ
うしたことが一切政治問題化していないことも不思議な現象である。
今日本の国民社会はありとあらゆる意味で混迷・混沌の真っ最中である。ありとあ
らゆる政治課題が山積している時代である。この先の見えぬ混沌社会の一体なにを
高精度に映して見せるのか、その必要性、意味は一体どこにあるのか。これを国家
的事業として取り組む意味とは一体何か。
「ハイビジョン化しなければならないのは、まずは政治そのものいでないのか。そし
てそれを映す国民の目であり心ではないのか。」 改めて増田総務大臣や、福田首相
ご自身に聞いてみたいところである。
2008/7/26
早勢 直
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