1998年 今週の意見 −1月
今週の意見(49):
グローバルスタンダード
新年あけましておめでとうございます。年明け第一回目の「今週の意見」
ですが、さあどんなテーマを取り上げるか、おとそを飲みながら考えたも
のです。
日経BP誌主催のBizTech Forumというインターネット上の電子会議が、
昨年12月に始まって、私も国際化会議、ビジネス会議と二つの会議の司会
会をすることになった。国際化会議については外国、しかもタイ国在住のお
二人の日本人の方の参加もあって、大変活発なスタートととなった。大体こ
ういうフォーラムはパソコンの同好会的色彩が強く、パソコン道具論、技術
論が中心になるのが普通だ。 事実BizTech Forumでもモーバイル機器に関す
るフォーラムがスタート当初より一番人気の高いフォーラムとなっているの
もおおかたの予測通りだった。
私自身はそうした道具論を否定するものではない。が、インターネット上
にフォーラムを持つという本来の目的から言っても、国際化というテーマの
フォーラムが必ずや多くの参加者の関心を引くはずだと信じていたわけだ。
です。そしてその期待はある程度当った。
最近新聞をはじめとする日本の経済社会、企業経営に関するマスコミの論
調を見ていても、グローバルスタンダートと言う言葉を盛んに聞くようにな
った。昨年の一連の企業の不祥事に関して、特にその言葉がよく使われたよ
うだ。日本の常識は世界の非常識、世界の常識、標準的な行動規範が日本で
は全く通用しなくなっているのではないか、それは日本の非常識になってい
るのではないかという議論や批判が盛んに行われたわけだ。日本の企業の不
祥事の理由の1つはそのせいであると。多くの日本人はどうやらそうらしい
と気づき始めた。
どうも我々日本人の、日本企業の行動規範は世界的な標準からはずれてい
るのではないか。そしてそれを改めること、我々日本人も世界の標準的な行
動規範とは何かを学び、それに従っていかないと世界から取り残されてしま
うのではないかという危機感を持ち始めたわけだ。
企業といわず、個人といわず、日本の行動様式、行動規範が世界のそれと
どう違うのか、違うところはそれを学び、修正していく必要があるのではな
いか。日本の日本人の国際化、グローバル化とはまさにそういうテーマなの
である。そしてそのような大きなテーマがこの小論一回でカバーできるはず
がない。このことは今後さまざまなテーマを通じ、今年度を通して考えてい
くべき中心テーマの1つであることを銘記しておきたいのである。
1998/1/10
Tadashi HAYASE
今週の意見(50):
愚かどもの数を減らせ
新進党の党首選挙が終わり小沢氏が当選したとたん新進党は6つの党に分
裂してしまった。そして今度は小沢氏に投票したはずの党内グループも反対
勢力の鹿野氏らとともに民主党の主導の下、民友連とかいう統一会派を結成
まもなく始まる通常国会に向けてドタバタと国会勢力の再編があった。前回
の総選挙で新進党に投票した国民は唖然としてこうした状況を見守っている
ところである。
何事を決めるのにもスローな政治家どもが、そうした新会派結成には極め
て早い動きをする理由はいうまでもない。政治理念の一致とか、政策の一致
とか言っているが、要するに数合わせをしないと、国会で一定の政治活動が
できないからであるる。そしてその政治活動とは与党自民党に対抗して国民
のためにその政策を批判したり、代替案を提示してその成立をめざしたりす
ることよりも、次回の選挙においていかに有利な立場を確保しておくか、と
いうその一点に関心が集中しているのである。政治的理念や、政策が合おう
と合うまいと、一定の数を持つ政党に属していないと選挙に出られない、政
党助成金をもらえないのからである。自民党の政策を批判して自民党を飛び
だし、新進党などに参加した政治家がまたその自民党に復帰したりするのも
100%その理由なのである。
もちろん選挙目当て、補助金目当てだけの政治家がすべてではないだろう。
国家のため、国民のため政治的信条をもって政策第一の政党活動をする議員
もいるだろう。残念ながら、そうした政治家はむしろ数において少なく、地
元の利権重視、業界、団体の利害重視の政治家、議員が多いこともまた事実
である。そういう議員はともかく選挙に出て当選することが全てであって、
理念も政策もへたくれもないのである。口ではそう唱えているが。
行政改革、財政改革が今世紀から来世紀にかけて国家最大の懸案だと言わ
れるが、今やまずなんと言っても一番大切ななのは政治改革ではないだろう
か。国家国民のために働くのでなく、自分達の利害得失のために動く政治家
なんてもういらない。具体的言うなら無駄な国会議員が多すぎる。その絶対
数を大幅に減らすべきである。小さい政府に並んで今や小さい立法府、小さ
い国会が必要な時代なのではないか。衆議院・参議院と2つの立法府が必要
かどうかの議論を含めて今の議員数を半分に削減する位の改革案がどうして
出てこないのか。私不思議でならない。そんなことしたら、民意を十分反映
した政治ができなくなるという意見など、まことにナンセンス。堕落した組
織の機能回復のためには少数精鋭でいくのが一番いいことはあらゆる組織の
原則である。
財政改革のために政治にかかる金を節約するということも大切だが、それ
と同時にああした愚か者どもの数合わせゲームをやめさせなければならない。
問題は政治に対する民意の反映ということである。そのことと議員の数のの
多さは全く無関係であるとあると私は思う。
1998/1/17
Tadashi HAYASE
今週の意見(51):
接待天国の終焉
大蔵省OBの道路公団理事が野村証券からの収賄容疑で逮捕された。収賄と
言っても主幹事選定をめぐり接待を受けていただけで金品を受け取っていたわ
けではない。接待を受けていただけ、というのは逮捕された公団理事の言い分
で、本人は接待の事実は認めているが、接待は社会的な儀礼、なんらかの特別
な業務上の利益供与に対する見返りという認識はなかったと言っているらしい。
しかしその接待費用は野村側では「道路公団の外債発行主幹事獲得のため」
と記されて伝票処理されていた。第一どこの誰が総額260万円、2年半にも
わたってゴルフだの、飲食だのの接待を社会的儀礼だというのだろうか。我々
一般庶民にはとうていない感覚である。いかにその種の接待が多く高級官僚や、
大企業の間で一般的に行われているかの証拠と言えるのだろう。
今回は公務員たる道路公団の理事と企業側の接待だから問題になったが、
そうした大がかりの接待は日本では大手民間企業では必要悪化、常識化してい
ることである。日本はまさに接待天国、なにかにつけて企業幹部は接待費を湯
水のように使うのが常識だった。それは民間企業のみならず、官官接待が問題
になったように官の世界でも存在したことだった。いや、過去形で書いている
が今でも存在していることなのであろう。ただ幸か不幸か官官接待が社会的問
題になり企業業績の不振で接待費が削減という状況になって、接待の回数自体
が大幅に減っただけの話である。また景気がよくなれば接待を名目で会社の金
で飲み食いをし場合によっては、ゴルフまで社費でエンジョイしようと夢見て
いる幹部連中が沢山いるわけである。
この間テレビを見ていて笑ってしまったことがあった。銀座のママさん連中
が不景気でお客が来てくれないと、政府に景気回復を陳情している場面。銀座
になんて行くの接待名目の社用族に決まっている。銀座に限らず今地方でも歓
楽街のスナックや小料理屋が数多くつぶれているそうである。社用族が金を落
としてくれなくなったから。
社会的儀礼としての接待があるのはわかる。遠方より人が訪れた場合、ビジ
ネスに直接関係あるないにせよ、昼食や夕食の接待をする事くらいはあるだろ
る。が、それを名目にした、法律に触れるような接待や、それを名目にした私
的な飲み食いの日本的悪習はこの際徹底的に見直すべきである。それも企業経
営及び国民経済の健全化、リストラの重要な一環である。
1998/1/24
Tadashi HAYASE
今週の意見(52):
銀行員の給料は高すぎる?
金融システム安定化策として政府が30兆円もの公的資金を導入する。預金
者保護の他、いわゆる受け皿金融機関への緊急の融資が目的である。それにつ
いておもしろい新聞記事を読んだ。閣議で一部閣僚が次のような意見を述べた。
公的資金の導入は必要だが、銀行社員の給料が一般産業より高く、このままで
は公的資金導入について国民感情が許さない。銀行員の給料を見直してこれを
下げるべきだ。
三塚大蔵大臣曰く。「今その給料の実体を調べさせているところだが、銀行
の給与レベルが一般産業より高いからと言って政府が行政命令などによって銀
行にそれを下げよなどと言えない。
ごもっともな話である。一体どんな法律にもとづいて、またどういう根拠で
これこれの額を下げなさいというのだろうか。仮に確かに高いとなったとして
もである。
日本の銀行員の給料が高過ぎるという議論は前からあり、私などもそう思っ
ている。しかしそれが高いとか低いとか誰が決めるのかと言えば銀行の経営が
それでなりたっていくのかどうかで決まることであって、それは市場原理で決
まることなのである。銀行の場合、果たしてそれが市場原理で決まっていたの
かということが全ての議論のポイントである。ご承知のように銀行の経営は事
実上いわゆる護送船団方式で守られてきた。多少経営内容がよかろうが悪かろ
うが、政府が後ろ盾になってつぶれそうなところだって救済してきたわけだ。
金融システム安定の名の下に。しかし護送船団方式もついに破綻したことはご
承知の通り。そして日本の金融システム安定のために30兆円もの公的資金を
導入することになったわけである。
が、その公的資金とは預金者の保護がなによりの目的。それに破綻した銀行
の業務を引き継ぎ、受け皿としての業務をやっていく場合銀行に対する資金援
助をすることが主な目的のはずである。放漫経営によって経営破綻をした銀行
を救済することではないはずである。
そうでない限り高い給料を払おうが、何にどう使おうが経営がそれでなりた
っているのならそれで結構。何もいうことはない。給料を下げろと言った議論
をする事自体がおかしい。そんなことを言う政治家は経営のなんたるかがわか
っていないのである。
金融ビッグバンに備えて日本の銀行の自己資本比率は低いからこれを高めな
さいとなった。銀行はそのため、それに備えて、適切でないと判断した貸付先
から資金を引き上げ始めた。と、今度は貸し渋りはいけないと言い出す。どう
いう先に金を貸すか、どんな預金金利をつけるか、社員にどういう給料を払う
か、それはすべて経営判断なのである。お役人や、政治家がとやかく言うべき
ことではないし、ましてや法律でどうこうすべきことでもない。
護送船団方式のもと、銀行は絶対につぶれない、つぶせないという認識のも
とで銀行が放漫経営に陥り、他産業と比較して給与が高いということも起こっ
たのである。金融ビッグバンはそうしたことをやめて銀行の経営も市場原理に
したがってもらいますよ、ということである。そのかわりそれぞれの銀行がど
のような経営をしようとそれについて行政指導だの政治家の関与など一切あっ
てはならないし、その必要はない。事実、今日多くの銀行が従業員数や給与レ
ベルなどについても見直しを始めている。それでよいのである。
1998/1/31
Tadashi HAYASE
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