2006年 今週の意見 1月

今週の意見(455):

子供のパソコン教育

 昨年5月からだが、地元の小学校の課外活動的な時間でパソコンクラブの人たち
の協力をえて子供達にパソコンを教えている。教えることはいくらでもあるが、大
人に教えるのとちがって、やはりできる限り将来さらに中学、高校、大学と進んだ
時に、どこでもこれからの学校教育ではパソコンが重要な位置をしめるようになる
ことは間違いないと考える。

 だからまず基本中の基本、ローマ字入力、さらにそのための基本的タイピング、
タッチタイピングを毎回の教えるることにした。タイピングの練習など単調でおも
しろくもないが、それができないとパソコンが十分使いこなせるようにならないか
ら説明し、毎回の授業の冒頭10分程度必ずやらせることにした。そんなものはお
もしろくもないし、子供達はそれをさぼってゲームなどほかのことをやろうとする
のだが、それは絶対に認めない。いかにおもしろくなかろうと、これは将来必ず役
に立つことは後になってわかるだろうということだ。

 二番目に必ずやることは漢字の書き取り練習である。クラスの対象は4年6年生
だが、3年程度の漢字の毎回10問づつ書き取りでやらせる。「パソコンの時間な
のになぜ鉛筆を使って書くのか」と子供達は文句を言う。が、まずこれを鉛筆で自
筆で書かせてから、同じ例文をワープロで打つという作業をやらせるわけだ。パソ
コンで正解の漢字を調べるのはいいが、それを必ず自筆で紙に書かせることと、ワ
ープロに打つことを同時にやらせるわけだ。そのねらいがどこにあるか、ここでは
詳しい解説をするつもりはない。それでなくてもワープロがますます当たり前のよ
うに使われるようになる中、文字を鉛筆で書くという作業の大切さを改めて学ぶと
いう意味もある。

 それからその日の課題に入るが最近では多くの場合、童謡の歌詞カードを作らせ
る。日本の代表的童謡の歌詞とそれに関わりのあるイラスト、絵などを入れたA4
のカードを作らせる。絵はペイントなどお絵かきソフトで描いてもいいし、ネット
上にある適当なイラストを探してもってきてもいいことにしている。

 子供たちはそうした課題については比較的面白く、楽しいらしく、結構熱心に取
り組んでくれる。よくできたものはプリントして教室の壁に張り出したりする。最
近あちこちの学校で絵手紙などを取り入れている学校があるが、この童謡カードは
同じ教育効果をねらっているともいえる。

 場合によっては単なる絵入り文でなく、音楽入り、動くアニメ入りのHTML文
などの作り方もこれから積極的に取り入れていくつもりだ。HTMLについては、
簡単なものを紹介したがやはりただの絵やイラストでなく、動くアニメがはいった
り、音楽が入ったらより興味を持つのも当然だろう。

 学校自体ではパソコンがどのように教えられれているかについてはあまりよくわ
かっていない。担当の先生がいるようだが、いずれにせよ、同じように試行錯誤の
連続のようである。それでなくても教えることがいっぱいある中で、パソコンどこ
ろの話でないという事情もあるかもしれない。

 そうした中で何か一つでも子供たちのためになることがあればと悪戦苦闘の連続
なのである。そのこと自体子供達にもまた自分たちのためにも大いに役立っている
ことは間違いないだろう。

2006/1/7
早勢 直
今週の意見(456):

母のこと

 全くの私事にわたるが、門松のとれた8日早朝、母がなくなったと、大阪堺で面
倒をみていた妹から連絡があった。昨年末、入院先の病院でそれまで取っていた管
を使っての栄養補給もできなくなり、点滴だけのものになっていると聞いていたの
で覚悟はしていたが、その事を聞いた時は一瞬声をつまらせた。98才であったか
ら大往生と言っていい。

 母は戦中戦後の大混乱期に7人の兄弟を生み育てた。父は地方公務員であったか
らその生活は決して豊かなものでなかった。しかし、それぞれ大学進学を含めて、
それぞれの望む道を歩ませもらい、一人前の社会人となることができた。父は仕事
に専念し子供のこと、家庭のことはほぼ全面的に母に任せきりだった。

 面倒を見たのは7人の兄弟姉妹だけでない。学校の関係で頼まれて妹二人の子供
の面倒をみたり、その後も、孫やあげく果てに単身赴任の兄の面倒など実にその一
生は子供達の面倒をみるためにあったようなものであった。

 85才で父が亡くなった後は、長男をはじめ次男の私を含めた「一緒に住もう」
という提案を拒否し、90才になるまで一人暮らしを続けた。さしたる趣味もなく
旅行などに出かけることもほとんどと言ってなかった。

 唯一の道楽は食べるもの、特に出身地の関係で魚にはうるさく、おいしい魚を入
手するためには金に糸目をつけなかった。自分が食べるというより、それを料理し
て訪ねてきた子供たちに食べさせたり、それをみやげにもって帰えらせたり、送っ
て喜んでもらうのが楽しみだった。

 兄弟達もそれぞれ好きなようにやらせていた。もっといろいろ自分の楽しみなこ
とをやったらいいと言っても聞かなかったからだ。

 葬儀は家族兄弟姉妹7人とごく近親のものだけ集まって静かにすませた。それで
よかった。棺に収まった最後の顔に別れを告げる時、万感胸に迫るものがあり、涙
があふれた。

2006/1/14
早勢 直 
今週の意見(457):

絶景かな

 週刊新潮の新聞広告を見ていたら、ホリエモン2月に逮捕そして無一文になるだ
ろうという記事が出ていた。そんな記事などわざわざ読む気もしない。テレビニュ
ースもろくろく見る気もしない。とうとうきたかという感じである。

 去年さかんにプロ野球球団買収のことや、フジテレビ乗っ取りの事件が報じられ
た頃は、ライブドア関連のテレビニュースはよく見ていた。そしてそうした行動に
ついて、政治家どもが堀江けしからんという発言をしているのを聞いて、何をバカ
なことをと応援のメッセージをMLで書いたりしたものだ。

 ところがどうもこれはおかしいと思いはじめたのは、堀江氏が昨年の総選挙に名
乗り出た頃からだった。一番話題を呼ぶ広島で出馬したり、小泉首相や武部幹事長
が彼をいわゆる劇場型選挙の一人のキャストに使ったことであった。使う側はいい
として、堀江氏自身はそれまでほとんどなんの関心もなく、また内容も理解してい
ない郵政民営化賛成で、これぞ改革の本丸などと演説で言い出したことなど見てい
てほんとうに嫌気がさした。

 そこで思ったことは要するに彼は政治のことなんか、全く関係ない、政治をよく
するために立候補したわけでもない。要するにそれを利用してさらに有名になり金
もうけにつなげることであると感じた。もうその頃から、彼のいうことなんか全く
関心がなかった。

 幸か不幸か、彼の落選という事態はその後楽天の三木谷社長の方に話題が移って
しばらくマスコミの檜舞台から遠のいたおかげで、だいぶやわらげられたのだろう。
まあまたそのうちなにか新しい話題を作りだすだろうとは思っていたが、こんな形
で再登場するとはさすが想像はしていなかった。

 IT分野で世界一になろうなどという野望が悪いとは言わない。天下取りが悪い
とも言わない。もしそうなったらすごいことだ。しかしあんな無法な方法でそれを
するなどということはいうまでもなく言語同断である。どこかのニュース報道で言
っていたが、堀江氏が六本木ヒルズにこだわるのはそこが唯一東京タワーが見え、
場所だからだそうだ。そういえば富士山も見えるはずだ。

 彼はそこから東京タワーを見下ろして、「絶景かな、絶景かな」と言っているの
であろうか。そのセリフで思いだした。そういえば、同じ天下を取った秀吉の時代
に有名な天下の悪党がいた。その悪党は後に三条河原でこれも後世語り口になって
いる方法で処刑されるのだ。

  この例え話は行き過ぎかもしれない。ここに有名な諺がある。「過ぎたるは及ば
ざるがごとし。」少々過ぎる位なら、及ばないだけで許される場合があるかもしれ
ない。

しかしそれが無法なら許されるわけがないのは今も昔も変わりがない。

2006/1/21
早勢 直
今週の意見(458):

日本の童謡

 童謡歌手の川田正子さんが亡くなられた。享年71才。川田さんの代表作「みか
の花咲く丘」のことをMLや掲示板で書いたら、いろいろな人がコメントをくれた。
同世代の人たちはみな懐かしい思いでがあるのだろう。

 私の童謡が好きは、まだ終戦前の幼児の頃から始まる。家にSPの手回しの蓄音
機があり、地方公務員の父は東京などへの出張の度に童謡のレコードを一枚買って
きてくれた。そして針でレコードがすり減る位何度も何度もかけて聴いたものであ
る。

 終戦後もSP蓄音機で童謡を聴いたが、その頃は川田正子さんに加え、妹の孝子
さんも登場してきたし、さまざまな有名な作曲、作詞家の曲を蓄音機やラジオなど
で聴いたものだ。もちろん「みかんの花咲く丘」や「里の秋」ほか名曲はその頃何
度も聴いた。もっとも私自身小学、中学、高校、大学と進学するにつれて音楽の好
みも変わっていった。

 そして社会人となった頃はもちろんラジオにしてもテレビにしても音楽放送の質
、音響機器は抜群に進歩した。なによりレコードもSPからEPそしてLPと進化
し、そしてさらにそののちCDの時代を迎える。この間童謡というよりポピュラー
、クラシックを主に聴いていたのだった。

 童謡というものに再び興味を持つようになったのは、パソコンというものをやり
だし、特にパソコン音楽、すわわちMIDIの世界に新しく遭遇してからである。
60歳になって始めたピアノもそれを促進したかもしれない。

 パソコン音楽をやり、メールや掲示板をやる中で川田さんが歌った童謡はもちろ
んその後できた童謡にいいものが山ほどあることを改めて発見したこともある。同
じパソコンMLの仲間の渡部 陽さんのおじさんが著名な岡野貞一さんであること
を知ったことで、その興味はさらに増幅したこともある。パソコンで毎日のように
あちこちのサイトをみたり、童謡のCDを買ったり、音楽データをネットで買った
り、またピアノで弾いてみようとしたりしたものだ。

 日本の童謡はすばらしいと思う。日本のこころ、風景を美しく歌っているものが
多い。小学校でパソコンの授業をお手伝いすることになって、パソコンを通じて童
謡のよさを教えてやろうと思い立った。毎回ワープロで絵入りの歌詞カードを作っ
たり、それに音楽を入れて楽しめるよう簡単なHTML文なども教えたりしている。

 しかしどうも子供たちの童謡に関する関心はいまいちのように見えて残念なこと
がある。子供たちはよくテレビの登場するアニメソングや場合によっては今はやり
の若者向けの音楽を好むようだ。

 子供が子供を殺してしまうような驚くべき事件がなぜ起こるか。私はその教育自
体に問題があると思う。 子供が子供らしさを取り戻し、日本のこころを教えるた
めにさまざまな情操教育を考え直さなければならないと思うが、その一つとしても
っと日本の童謡を子供に聴かせる機会を増やすべきだと考える。

 今なによりも欠落しているのは子供に子供らしいこころを植えつける情操教育で
はないか。そのために学校でももっと童謡を沢山教育に取り入れるべきだと私は思
う。家庭ではもっと小さい幼児の時代から子供に童謡を沢山聴かせてやる機会を増
やすべきだ。

2006/1/28
早勢 直
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