2004年 今週の意見 1月

今週の意見(351):

平和なお正月

 暖かく平穏で静かなお正月である。テレビも見ず、どこへも出かけずいつもの好
きなことをやって過ごしている時間がなんとも貴重であり、充実している。

 イラクでは相変わらずテロ攻撃が続いている。イランでは大震災、そこの人たち
は新年どころではないだろう。ふと自分たちだけこんな平和を謳歌していていいの
だろうかと思う。イラクへの自衛隊派遣など当然のことで、それが自分たちの身に
いつ降りかかるかわからないことを忘れている。日本人は平和ボケになっているの
だ、という言い方もちょっぴり気になる。

 しかし、MLで平和ボケが当たり前で、そのどこが悪いのか、という論もあった。
私も同感である。「治にいて乱を忘れず」という言葉の意味はわかる。戦争を含め
て、自然の大災害に備える準備はいつでも必要だ。また困っている人たちを助ける
ことも必要であり、それにはなんの異論もない。ただしかし、それがいつのまにか、
大義なき戦争を正当化したりするようになってはいけないということだ。

 2日の夜遅くテレビのチャンネルを回したら、NHKで「聖徳太子」のドラマを
やっていた。飛鳥時代西暦600年、聖徳太子が摂生として、国家として始めて
17ケ条の憲法を作ったいきさつを描いたものだ。その第一条があの有名な「和を
もって尊しとする」とする平和、融和の精神だ。大陸百済から始まった戦争の派遣
依頼を断り、このことで派兵派の朝廷支配者と死闘を演じながら、ついにその憲法
を作ったのだった。思えばこれが日本国家の平和憲法精神のスタートだったのだ。

 その後の日本の歴史はご承知に通りである。国内、国外で戦争をいやというほど
経験する。そして前太平洋戦争の敗戦と、結果占領軍から与えられた平和憲法に基
づくその後の繁栄の過程。歴史の皮肉と言えば、そうだが、しかしそれでよかった
のである。

 1月1日の朝日新聞の投書欄に、今年の一字という特集があった。多くの漢字の中
から、今年はこうあるべきという願いを込めて一文字を選ぶ。一位は断然「和」で
あった。

 平和ボケと言われてもいい。私が投票したとしたらやはり、この一字を選んだだ
ろう。

2004/1/3
Tadashi HAYASE
今週の意見(352):

MPC初例会

 8日今年のMPC(村山パソコンクラブ)の初例会があった。クラブへの新加入
希望の方が15人ほど見学にこられた。それで当初予定していたスケジュールを変
更して、このクラブの目的や、運営のことなど説明したところ、会の終了までに
11名もの方が加入されたのだった。

 いや、大変うれしいことである。今の世の中、パソコンというものを学んでみた
い。インターネットやメールというものをやってみたいという熟年の方が沢山いら
しゃることはわかっている。そして市が主催するパソコン講習会に参加したり、結
構高い授業料を払って、パソコン教室に通ったりされるのだ。市が主催するものな
申し込みが殺到して、いつも抽選となるそうである。パソコン教室に通っても高い
授業料の割りにはなかなか成果はあがらないのだろう。さてパソコンを勉強したい
のだがさてどうしたものか、悩んでおられる方が結構いらっしゃるのである。

 そうした背景の中で、市報へのほんの数行の会員募集の広告で、この忙しい年末
年始の間、20件以上の問い合わせがあった。そして11名もの方があっといいう
まに参加されたのである。

 説明の冒頭、これはパソコンクラブであって、パソコン教室ではない。パソコン
を習いたい人に手取り足取り教えるわけでない。それはご自分自身で努力して学ん
でいただくのだが、仲間同士でさまざまな情報交換をしたり、教えたり、教えられ
たりしながら、互いに切磋琢磨していくことがいいのだと強調したわけだ。

 それとパソコンを学ぶこと自体が、このクラブの目的のすべてでなく、それを通
じて生涯学習や、趣味に役立てることがもう一つの大きな目的であること、そして
こうした活動を全国にある同じようなクラブとのネットワーク化を図っていきたい
ということも強調した。そしてそうした活動を可能にするのが、メールであり、
MLであり、そしてインターネットの世界だということを説明したのである。

 それらのことがどれだけ理解されたかのかどうかはわからない。が、それは今後
の活動の中で少しづつ理解されていくだろう。いずれにせよこのクラブがまた一歩
新しい道に向かって前進を始められたことは大変うれしいことである。

2004/1/10
Tadashi HAYASE
今週の意見(353):

喜劇タッチの殺し合い

 先週日曜日、待望の(?)NHK大河ドラマ「新選組」が始まった。さんざんの事
前PRがあっておもしろそうだから見たわけでない。NHKのふれこみでは、幕末
に活躍したあの「新選組」を三谷幸喜とかいうシナリオライターが全く新しい視点か
ら描いたものだということだったから果たしてその内容は、という興味からだった。

 そうした画面をなんどが予告編で見ていたのだが、おそらくその歴史的事実、実
像からほど遠く、ヤングの俳優を多用、しかも随所に事前のふれこみ通り喜劇風的
なタッチでドラマを描いている。別に歴史的事実と関係なくあくまでフィクション
だと言ってしまえばおしまいなのだが、果たしてそんなことでいいのかな、と思っ
ていた。

 そうした背景があって日曜日夜それを見た。いきなり京都で志士たちが旅館集ま
って会合しているところを新選組が襲撃し、殆どの志士を殺害してしまう場面から
始まる。どんなにそれを説明しようと、とにかく、それは新選組と、倒幕の志士た
ちの殺し合い、戦いなのである。新撰組隊員の台詞にも出てくるが、倒幕をたくら
む志士たちはすべて「不逞のやから」であり、殺戮の対象なのである。喜劇風タッチ
とはどんなものか、これから随所に出てくるのだろうが、例えばある隊員が、相手
を切った時返り血を浴びないように、切った後さっと後ろに下がる練習を盛んにや
っている場面が出てくる。そしてその台詞が「終わった後、着替えないで飲みに行
きたいからね」だ。それはまるで殺人ゲームである。

 その襲撃場面の後は近藤勇ほか隊員の若い日の話に戻っていく。近藤勇と幼友達
沖田惣司、さまざまな新撰組の組員たちをこれから魅力あふれる若者の群像として
描いていくらしい。魅力的にそして、喜劇風的なタッチで。衣装一つとっても格好
いい。そういうことで視聴率を稼ぐわけだ。

 幕末の歴史がドラマになることはこれまでもあったし、これからもあるだろう。
新撰組の歴史的意味の解釈についてもいろいろあるだろう。それをとやかく今論じ
るつもりはない。今回のそれだってあくまでドラマフィクションであって、歴史的
事実とはなんの関係もないと言ってしまえばそれでおしまい。

 しかし幕末のあの血に塗られた闘争の歴史をコメデイタッチで、しかもその一
方の主役をただただ格好よく描くというというアプローチが果たして公共放送の
NHKのやることか、という率直な疑問を抱くのは果たして私だけだろうか。

 それは要するに暴力、今風の言葉で言えば、テロ的行為の美化、殺戮を日常茶飯
事の軽い出来事、いや格好いいことにすらしかねないといえば大げさだろうか。
「未来に期する」若者たちの熱い思いを描いているのだというふれこみだが、ほん
とうにそうなのか。

2004/1/17
Tadashi HAYASE
今週の意見(354):

学歴詐称

 古賀 潤一郎民主党代議士の学歴詐称が問題になっている。アメリカのカリフォル
ニヤ州の小さい大学を卒業というふれこみで立候補当選したが、それがうそだと、
マスコミなどに報道された。

 本人は急遽アメリカに実情調査のため飛んだが、その大学当局は、はっきりその
前に単位不足で卒業はしていないと明言しているのだ。ちょっと調べたらわかるこ
と、なぜそんなうそをつくのかわからない。XX大学中退ならなんの問題もなかっ
た。が、ついついアメリカの大学ならそんなこと誰も調べないだろうと思ったのだ
ろう。その代議士、学歴にかの有名なUCLAの夏期講座に出たとかも書いたらし
く、それもUCLAが完全に否定している。そんな学生がいた記録は一切ない、と。

 学歴詐称がどういう法律に触れるのか、触れないのかわからないが、自分の経歴
を偽って書く、しかもそれを意図的にやるなど、とんでもないことである。弁護士
を立てて調べるジェスチャをしたり、本人がわざわざ元いた大学にまで出かけて調
べたりする必要などさらさらないはずである。卒業できていないことなど本人自身
100%知っていたはずだ。

 こんな小さい名もない大学でも、一般にアメリカの大学は、入学自体かなり簡単
としても、こと卒業ということに関しては、単位もきちんと取らなければならない
し、卒業までのプロセスについて厳重な管理をしていることもわかっていないのか
ということだ。一体アメリカで何を学んできたのか、だ。

 詐称が問題となった段階でさっさとそれを認めてしまえばまだ許された。が、あ
そこまでしてなんとか言い逃れしようなどという態度は、まさに国辱もの国会議員
として、法的、道義的責任はまぬがれまい。ただちに議員辞職当然である。

2004/1/24
Tadashi HAYASE
今週の意見(355):

大義なき破壊

 イラクの大量破壊兵器保有に関するアメリカの調査団長が議会で、それが存在し
たという証拠はなにも見つからなかったと証言した。この驚くべき証言にも、国際
社会はたいしたショックも受けなかったように見える。そんなことはすでにほぼ分
かっていたことだ。国連の調査団がその事実を発見できず、その調査をさらに継続
すべし、としていたからである。

 アメリカとイギリスはその国連の調査を待つことなく、それがイラクのどこかに
隠されているに違いないとして、イラク戦争を始めてしまった。フランス、ロシア
ドイツなど主要国や国際社会の大反対を押し切ってである。

 この議会証言に対して、ブッシュ政権はたいした説明もいいわけもせず、いずれ
にせよ、あの悪のフセイン政権を打倒する必要があり、彼らはそれに成功したのだ
とコメントしたのである。

 なんとおそるべき論理なのだろうか。

 アメリカ、イギリス、そして日本を含むそれに同調した国々はこの大義なきイラ
クで戦争、破壊活動に参画したのである。数多くの市民、兵士がこの戦争によって
殺されたのだ。そしてその悲劇は今も続いている。今回のこの事実はテロリストに
さらに絶好の口実を与えてしまった。イラクでそして世界各地でのテロの惨劇がさ
らに拡大することはあってもおさまることはない。

 国際社会は一体どうやってこの悪循環を止めることができるのだろうか。

2004/1/31
Tadashi HAYASE
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