2011年 今週の意見 1月

今週の意見(707):

問責決議は単なる不毛な報復か

昨日のBLOGで参議院の問責決議を、ただ法的拘束力がないという根拠で、辞任
を否定し続ける菅政権のスタンスに批判の記事を書いた。その時間もうすでに朝日
の朝刊社説を読める時間帯ではあったが、全く読んではいなかった。いや、読んで
いようと読んでまいと私の言いたいことにはなんら変わりはない。       

その後7日の朝日新聞の『「問責決議」考―報復の応酬を超えよう』と題する社説
を読んだのだが、その内容・趣旨については全面的に否定はしない。その通りだと
思うところもあるが、ちょっとおかしいなと思った点について書いておく。   

朝日の社説の一つの趣旨は「問責決議」を野党自民党の一種の報復的措置と見てい
ることだ。現在野党の自民党がかって野党民主党から何度かしかけられた問責決議
しかもそれが、政権維持の大きな障害になったことへの報復措置と捉えているよう
なところがある。。いやそうかもしれないのだが、ではそれを自制せよとまで言う
のは、今回の野党提出の問責決議はいかにも無理筋だと決めつけているようだ。 

1日の社説では、国会審議がうまくいくためには政権党の民主党がマニフェストを
白紙撤回することだと言ってみたり、今度は野党の自民党に向かって、報復的な問
責決議など出すな、自制せよと言ってみたり一体何を主張したいのかよく分からな
い。本来何が本当に正しいのかの議論がすべてであって、それが妥協のためとか、
報復はいけないということから始まるわけではない。             

何だ何が正しく、なにが間違っているかの議論がまず大切なのだ。それを最初から
互いの妥協をはかれとか、報復的措置はいけないなどというのは少々おかしい。今
回の問責決議は不毛だと言われた野党はこんな朝日の社説に厳重に抗議、クレーム
をつけるべきではないか。特に参議院議長をはじめ参議院の議員達は朝日新聞に対
し厳重な批判を展開すべきでないのか。                   

問責決議も憲法で定められた一つの制度である。参議院における問責決議はただ単
に国会審議のかけひきに使っているわけではない。いや現実には結果としてそうな
っているかもしれないが、それは国会でのこれまでの一連の仙谷官房長官への一連
の発言、行動に対して出された参議院という衆議院と並んで民意を代表する立法機
関から提出されたものである。それをただ与野党の国会運営上の掛け引きのため出
されたようなことを示唆するのは失礼ではないか。              

もちろんその是非については、最終的には有権者国民が判断することだ。国民の支
持いかんは世論調査やその後の選挙などで与野党への支持がどうなっているかで決
まることだ。それしかないし、それでいい。                 

今回の問責決議の是非については、最終的には有権者国民が判断することだ。国民
の支持いかんは世論調査やその後の選挙などで与野党への支持がどうなっているか
で決まることだ。                             

7日付けの朝日社説は仙谷、馬淵両氏への問責決議に一種の疑問を呈しているのだ。
それを乱発することはよくないという論調なのである。それはあたかも野党自民党
のかって民主党から受けた意趣返しのようにとらえているような論調なのである。
それはそれが辞任など必要ない、そんな論理はないと言い切る仙谷氏の絶好の応援
メッセージとなっているのだから始末が悪い。                

しかし菅首相結局は仙谷官房長官と馬淵国土交通相いずれも辞任させる意向のよう
だ。そうしないと野党の国会での攻勢をかわしきれないからだ。その時そのアクシ
ョンについてどう説明するのだろうか。問責決議は関係ない、人心一新のためだと
でもいうのだろうか。辞任の必要などないが、要するに野党の要求に妥協したとい
うジェスチャーを示すことになるのか。朝日新聞をそれをどう論評するのか。それ
は政治的妥協だからしかたがないとでもいうのか。それともそんな要求をつきつけ
た野党の責任は大きいとでも言うのだろうか。                

問責決議が通り、決議通りになったという結果について菅政権はもっとそれを大き
な政治的意味としてとらえるべきだ。すなわちそれは内閣総辞職か、場合によって
は解散総選挙で国民の信を問うという深刻な事態であるはずだ。こうなってしまっ
たのは、そもそも昨年夏の参議院選挙で大敗した菅首相がそれについてなんら政治
的責任をとらなかったことからきている。そのことに一切触れないこと朝日社説の
論調はそもそもおかしいのである。                     

2011/1/8
早勢 直

今週の意見(708)

第二次菅内閣の評価

菅首相、さんざん抵抗したものの結局党内、野党からの反発に抗しきれないで、仙
谷官房長官の更迭をを決めた。それはいいのだが、それと関連する組閣、党人事の
内容にはどうも納得しがたいものがある。                                    

菅氏が首相就任後の、小沢一郎元党代表処遇に関するあの有名なセリフ、「しばら
く静かにしておいていただく」ではないが、仙谷氏に「御苦労さん、しばらく休ん
でいてくれ」位のことを言い、官房長官辞任後代表代行に横滑りさせるような人事
をやるべきではなかった。そんなことをしなければ党内が収まるものを、仙谷氏を
党のNo2である代表代行に任命してしまった。しかも仙谷氏の代わりに新官房長
官として、やはり反小沢派の代表格枝野幸男氏を任命してしまった。これではそれ
でなくても収まらない党内、さらに党真っ二つに割ることになってしまった。    

さらに、もっと問題は「たちあがれ日本」の与謝野薫氏を経済財政大臣に任命して
しまったことだ。枝野氏入閣の方は党内の反発はあったとしても野党の反発はさほ
どでもないが、与謝野氏入閣などとなると、たちあがれ日本ははもちろん自民党が
大反発するのは必至である。早速そうなってしまったようだ。これについては政策
的に合う合わないの問題もあるが、そんなことより、野党の感情的反発がものすご
い強いものになるのは必然なのだ。どうしてそれ位のことが読めないのだろうか。
まさにマスコミのいうどん菅、とんちん菅もいいとこである。こうした一連の人事
党内はもちろん、連立を組む国民新党、野党から大反発を受けることになる。どう
して風前のともしびの状況時にこんな人事をするのか、あきれてものが言えないの
だ。多くの野党がそれについて「コメントに値しない」などとしているのは、言い
かえればコメントするのも腹が立つということなのである。                    

ここ過去3年間、自民党政権末期の安倍、福田、麻生内閣、そして民主党政権の鳩
山内閣の最後はそれぞれみじめなものではあったが、それぞれそれなりに筋が通っ
ていた面もある。それぞれこの菅政権のように党内外から激しい感情的反発を買う
ということはなかった。いや菅政権まだ続いてはいるがもうその命運はつきようと
している。菅政権への反発の内容が政策の違いについてならならわかるが、今の菅
政権への反感はそんなことはあまり関係ないようだ。反発の内容が、それぞれ野党
とのこれまでのいきさつに関わる感情的なものなのだから始末が悪い。与謝野氏は
つい最近まで自民党にいた人、されに立ち上がれ日本の代表者であったのだ。それ
に立ち上がれ日本が猛反発するのは当然のことである。                        

与謝野氏が財政再建を唱え、そのための増税論者であることは衆知のことだ。菅首
相は昨年夏の参院選で消費税増税論を持ち出して、世論の反発を買い大敗を喫した。
その後そのことはあまり前面に出さなくなったのだが、財政再建が国家として喫緊
の課題でありそれと同時に消費税増税が必要だと考えていることについて、与野党
を含めその方向性に賛同する向きは多いはずだ。ところがそれを民主党内でも十分
な議論を経ないまま、突然それを言い出したこと、さらに立ちあがれ日本は元々財
政再建を政策に基本とする党なのだが、そこを最近辞めて行った与謝野氏を入閣さ
せるということなどすれば猛反発を受けるのは当然のことだ。                  

大きな政治目標を達成するために順序があろう。まず党内で本来のマニフェストと
の関連で、矛盾のないよう消費税論をまとめ、野党とも議論を重ねて初めて合意形
成が得られる。それが必要なのだ。それをすっ飛ばしてあんな人事をやることがリ
ーダーシップだなどと思うことが間違いである。一種のパーフォマンスと取られて
もしかたがない。                                                          

それでなくても党内外での存立基盤が危ない菅政権こんな人事をやって一体どうな
るのか。菅内閣がまもなくつぶれるのはしかたないとして、問題はそれに代わる政
権がすんなりできるのならいい。今現政権に代わる政治勢力、政権交代勢力が台頭
してこないことが政治状況であり。不幸な状況なのだ。菅首相必死で、石にかじり
ついても生き残ろうと、こんな政治行動をを続けていてはますます政治が混乱する
だけである。                                                              

1月後半から始まる国会で何が起こるか、一寸先は闇の政界がどうなるか、しばら
く静観しているしかないようだ。                                            

2011/1/15
早勢 直

今週の意見(709):

共助か自立か:それは哲学論争ではない

年金制度改革、あるべき福祉国家像、そしてそれに関わる消費税増税論にからみ政
界は大混乱の状況だ。菅政権はそれについて、自らの案も示さないまま与野党協議
を始めることを提案しているが、自民党ほか野党はまずは民主党がまず党内のそれ
についての理念、案をまとめてから協議の提案してこいと主張しているのはまこと
に正しいのではないか。                          

こんな論争を見ていて国民が何が何だかわけがわからないのは当然である。国民の
目にはそれがただ単に政局にまつわるかけひきをやっているだけと映るのも無理は
ない。そんな中、この問題について毎日新聞が1月21日、クローズアップ2011
:年金制度改革 民主、迫られる理念確立と題する評論はこの問題の本質をついて
いると思う。要するにこの論説、まずは民主党が、共助か自立かという根本的政治
理念について、党内の意見をもっと明確にまとめよと主張しているのだ。その通り
ではないか。                               

この問題について官房長官の枝野幸男氏は次のように述べている。『「(年金制度
に関しては)税と保険料のバランスをどう取るかが論点。本質的に大きな違いはな
い。哲学論争にしなければ調整は可能だ」。枝野幸男官房長官は17日の会見で、
こう述べた。「哲学論争」とは、基礎年金部分を、現行通り保険料を基本にした「
社会保険方式」とするのか、全額を税金で賄う「税方式」へ転換するのか、という
議論だ。』                                

枝野氏はまちがっている。たしかにそれは基礎年金部分を現行通り保険料を基本と
して「社会保険方式」とするのか全額税金で賄う「税方式」へ転換するという議論
なのだが、それを決めるには、まさにその哲学論争が必要なのである。その哲学論
争とは、毎日新聞の評論がいう民主党の政治が、共助か、自立かというどちらの理
念により重点があるのかを明確にすることがまず先決だということなのだ。枝野氏
がそれを哲学論争などというのは間違っている。共助か自立か、どちらを選択する
のかはまさに政治理念の真髄ではないのか。                 

まず菅首相や枝野氏に聞いてみたい。「あなたたちの政治信条は一体どちらなのか」
いやそれはどちらも重要だ。バランスを取ることだ、では答えにならない。私の理
解するところでは、民主党はどちらかというと明らかに、「国民の生活第一」とい
う言葉で自立よりも、共助に力点をおき、政権交代を果たしたものと私は理解して
いる。民主党の中でもさまざまな議員についてはその理念の違いがあるが、総じて
自立より共助という政治理念に力点があったことは間違いない。        

さらにもっとわかりやすく、論理の飛躍を覚悟で言うならば、日本のこれから長い
目で見てあるべき国家像としては、スエーデン型高福祉高負担社会というものがそ
の念頭にあったと理解する。                        

一方自民党は、その共生か、自立かという理念に関しては、明らかに民主党よりは
自立という方に力点がより高く、めざすべき国家像としては、自民党最後の政権麻
生内閣はスエーデン型とアメリカ低福祉、低負担型の中間、すなわち中福祉、中負
担型社会を目指すと主張していた。                     

いや、今はそのどちらが正しいかを論じるつもりはない。ただ要するにその論争こ
そが一番大切であり必要なことではないか。そしてそれぞれの政党が国民にそのど
ちらの道を選択するのを問いかけることこそが、もっとも大切なことであったはず。
いや、今もそうなのである。どちらのコースを選ぶのかがまず決まらないと、税方
式なのか、社会保険料方式なのという中身も決まってこないのだ。その議論を始め
ると、何も決まらないなどいう枝野氏こそ何も分っていないのである。税方式か、
社会保険料方式なのか、そのバランスはまさにどちらの政治理念に基づくかという
ことで決まるのだ。                            

その意味で、菅首相がその自民党の中福祉中負担論の創始者である与謝野氏をいき
なり経済財政担当に任命したこと自体大間違いであったことなど言うまでもあるま
い。民主党の中で一番大切な政治理念論、共助か自立かという論争、しかもどちら
というと明らかに共助論であったはずの党の方向を大きく踏み外し、自民党の理念
そのものに近い与謝野氏を閣内に取り入れたことなどとんでもないことだと言うべ
きだろう。これを見た民主党のある議員が「もはやこれで民主党政権でなくなった」
と吐き捨てたのはあながち大げさな言い分ではない。             

民主党に綱領がないことはしばしば指摘されてきたしそのこと自体たしかに問題で
あったしかし共助か自立か、社会主義か市場原理主義かといういくつかの原理原則
の尺度にあてはめれば、自民党との違い、他の野党との違いも明らかになってくる
はずだ。再度いうが今はそのどちらが正しいか正しくないかを論じているのではな
い。政権党としてまず民主党の立ち位置、自民党との違いを明確にし、みずからの
それに基づいた年金改革案、そのための税制改革論を明確に示した上で、野党との
協議に臨むべきだという野党の言い分など当たり前のことではないのか。それは誰
のためでもない。まずは国民のためであり、自分自身の党のためだ。      

与謝野氏はすでに自民党の消費税を含めた税制改革案などについて絶賛に近いコメ
ント発しているのだ。それはそうだろう。それは自ら関わって作ったものなのだ。
与謝野氏がそういうアプローチで民主党内の議論をまとめようとするのはそれはそ
れでいい。それが菅氏から与えられた使命だからだ。ところが一方の民主党の方は
どうか。官邸はともかく、党の方がそんな政治理念、年金改革案、ましてや消費税
増税論でまとまるわけがないのである。それはこれまで主張してきたマニフェスト
と大きく食い違うことも必然なのだ。                    

菅内閣がこの問題で行き詰まることは明白である。それが当然であることすら気づ
いかない菅首相及びそのとりまきの政治センスとは一体なんなのだろうか。   

2011/1/22
早勢 直
今週の意見(710):

増税議論と地方分権

「管政権が消費税を含めた税制改革の検討を始めていることについて、大阪府の橋
下徹知事は26日、定例会見で「増税議論には絶対に国民はついてこない。まずは
自分の所から、そこまでやるかというくらいの身を削る姿勢を示さないと、消費税
論議は国民は支持しない。支持しちゃいけない」と厳しく批判した。」
産経新聞1月26日

橋下知事の批判はその通りである。国民は将来の消費税上げの方向については概ね
理解を示しているが、それは公務員制度改革、その他行政改革、国会の改革などで
きる限り増税の前、または同時進行でもいいから、そうした関連テーマの全体像、
できる限り歳費の無駄削減策を示してからのことであることなど言うまでもないこ
とだ。もちろんそれに加えて年金改革を含む将来の社会保障制度の全体像をまず見
せてもらってからの増税論でなければならないことも当然のことだ。      

橋本知事がそれを言うのはいいが、ただ御本人に言いたいのは、橋本知事の大阪府
をはじめ今あちらこちらの地方自治体で始まっているさまざまな地方自治体分権論
地方自治体と中央政府の関係のあり方は、国家の構造改革という重大問題であって
それ自体がこの消費税を含めた税制改革論議とも関わっていることをどうしておっ
しゃらないのかだ。                            

橋本知事らが進めようとしている自治体の地方分権がどのような形で進もうと、国
民一人一人はいずれかの地方自治体の住民であり、そして日本国家の国民であるこ
とには変わりない。所得税、消費税、そして住民税といいすべて国民が負担する税
については、そうした国家の構造改革の一環として論じなければならない問題であ
る。                                   

橋本知事や名古屋河村市長が地方分権論を唱え、それについてさまざまな構想を打
ち出すことは大いに結構だが、それはもっと全国の地方自治体、さらに中央政府自
体を巻き込んだ議論にならなければならない。ところが中央政権側、肝心の菅政権
が、今この問題については殆ど議論しようという姿勢がないのは一体どういうこと
なのだろうか。民間から入閣した担当の片山総務大臣はこの問題について一体どの
ような考えを持ちどのようにそれを進めていくのか、いかないのか、その構想が一
向に伝わってこないのはどういうわけか。                  

地方分権推進というのも民主党マニフェストの大きな柱の一つであったはず。先の
原口総務相の時は、橋本知事、河村市長をはじめ、それに熱心に取り組もうという
地方の知事、市長、組長を含んだ連絡会議が存在したが、管内閣になって一体それ
がどうなったのか、一向に見えてこない。まさか菅政権は地方分権問題を含めたマ
ニフェストも放棄してしまったわけではあるまい。              

行政改革、立法国会改革とはなにも中央政府のことでない。それはあるべき地方自
治体、中央政府の体制との関連の中で論じられなければならないことの言うまでも
なかろう。菅首相もそして与謝野氏からも、地方自治体分権問題について一体どう
いう構想、考えを持っているのか、いないのか、それが消費税を含む増税論と一体
どのように関連するのかしないのか語られるのをを聞いたことがない。     

橋本知事ほか地方分権改革を唱える地方自治体の組長たちは是非そのことを含めて
現在進行中の増税論議、社会保障改革案が論じられるよう提言すべであろう。  

2011/1/29
早勢 直
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