2006年 今週の意見 2月
今週の意見(459):
なぜ女帝ではいけないのか
有識者による諮問があって、今後は女性の天皇も認めるよう皇室典範を変えると
いうことに対し、多くの与野党野国会議員が反対を唱えている。閣僚の一部にすら
反対論が飛び出すにおよんで、はてさて、昨年の郵政民営化の大騒動の再来か、
とマスコミはおもしろおかしく報道している。
女性の天皇を認める事に関しては皇族からも反対論が出ていることも、反対論
者の反対論を活気つけているようだ。2,3日前の朝日は社説でその皇族による
反対論はもうさしつかえるべきだ、その決定は主権者たる国民の代表国会にまか
せておくべきだという趣旨の論調があった。第一天皇、皇太子もこの件では一切
なんら発言されていないではないかと述べていた。
私自身はそれはおかしな話で、その主張がどのような根拠があるかどうかは別
にして、まずは国民、有識者、国会議員、皇族、誰であろうと大いに議論したら
いいことだと考える。本件に関してはある意味ではそれは皇族自体の問題であり、
天皇、皇太子ご自身がその御意志や意見を述べられてもおかしくないことだ、い
やむしろそうすべきであり、その御意志は最大限尊重されるべきだと考えるので
ある。主権者国民、すなわち国会が決定する問題なのかとすら思う。
本件に関しては以前にも何度かマスコミによるアンケート調査があって、おお
むね女性の天皇を認めるという意見が過半数を占めていたと記憶する。いや多く
の国民の正直な気持ちは、その問題自体にはむしろたいした関心がない。男子天
皇が長い日本の歴史の伝統だ、本流だと言われてもその意味自体がよくわからな
ということがあろう。それをいうと、だから戦後の日本の歴史教育がなっていな
いのどうのという問題に発展しかねない。
よくはわからないけれど、戦後天皇はが日本国の象徴である、ということにな
ったことについては、多くの国民はそれについは、まあそれでいいという程度の
理解、考えではないかと推測するのである。そして例えば日本の皇族と英国の王
室その他世界各国の皇族との比較をしてみてそれぞれの国家における王室、皇族
の存在意義を比較的軽く考えて見る程度であろう。それによれば、例えば英国で
は現在も女帝であるし、歴史上それは一つもめずらしいことではないということ
から、日本でもそうであってどこがいけないのか、ということだろう。
ところが反対論者は日本独自の歴史問題を持ち出して、それがいかにまちがっ
たことかという論を展開するのだか、それがよくわからない。日本の皇族と世界
の王室とは違うのだ、と言われてもその違い自体がよくわからないのだ。たしか
に戦後の歴史教育がなっていなかったということがあるかもしれないが、それを
言い出すと逆にその歴史観、皇室観自体が正しいかどうかの論ともなってしまう。
有識者による女性天皇を認めようという結論もそうした歴史観をも含め、あら
ゆる政治的、歴史的、文化的要因を総合検討の上出した結論であるはずであって
それをまた国会の場でそのすべてを蒸し返すことが果たしていいかどうか、大い
に疑問がある。おそらくそれをやると、そうした歴史観自体の存立基盤自体があ
やうくなる可能性があるのではないかと私自身は考えるのである。
2006/2/4
早勢 直
今週の意見(460):
免訴って何?
金曜日の朝刊のトップでこの言葉を初めて知った。戦時中最大の言論弾圧事件
「横浜事件」のことは少しは知っていたが、その詳しい内容、それが裁判沙汰に
なっていたことなど初めて知ったわけだ。
当時の治安維持法違反で有罪が確定した元5人の被告の家族がその名誉回復の
ため裁判のやり直しを訴えたのを受けて、再審のための裁判が始まった。そして
今回地裁は当時被告たちの「罪の判断」をせず、裁判そのものの「打ち切り」を
宣言したということだ。
松尾裁判長は判決で、もうその当時の法律は廃止されたし、その詳細な裁判記
録も残っていない。今更特に有罪か無罪かなど判断はできないし、しない。しな
くてもそうした事情で事実上は無罪扱いのはずだ。元被告の家族達は国家賠償を
請求する権利もあるはずだからそれで不利益を受けることもない。言葉としては
正確ではないかもしれないが、そういうことらしい。
この判決に対し元被告の家族達が失望し、怒りをあらわにしたのは当然のこと
だ。彼らは当時の検察、そして裁判所それにそれに関わる警察が何人もの被告た
ちを拷問で殺してしまった事実に対し、それに関わった体制、当時の国家体制の
そのものの間違いであったということを認めて欲しい、認めるべきだ、裁判を通
じてそのことを明らかにしたかったのだ。
記事を読むうちに私も怒りが生じてきた。なぜ「免訴」なのか。なにが「裁判
打ち切りなのか。」事の善悪を明確に決するのが裁判所ではないのか。間違って
罪を着せたことは間違っていた。元被告たちは無罪であった、とどうして明確は
判決を下さないのか、ということである。
これぞまさしくなんでも「くさいものにふたをする」日本社会のいやな構造そ
のものを具現している現象のようである。
話は突然変わるようだが、2009年に例の国民裁判員制度が始まる。裁判と
いうものについてそれで国民の関心が高まることになるからいいことではない
かという意見を書いた覚えがある。しかし、裁判に国民が関わることが求められ
ているのは、一般国民が法律だとか、裁判制度のことについて裁判官なみの知識
を持つとか持たないとかいうことではない。
間違ったことを、それを間違っていたと判定するのが裁判の重大な役割だとい
う道徳観のない人間が裁判に関わることなど絶対にできないことを指摘しておき
たい。
2006/2/11
早勢 直
今週の意見(461):
しらけ世相
最近朝新聞を開く楽しみがなくなった。新聞トップのニュースは決まっていわゆ
る3点セット、4点セットである。すなわち、耐震偽装問題、BSE問題、ライブ
ドア事件、それに最近では官の天下り問題、談合問題である。皇室のおめでたいニ
ュースも、皇室典範がからんでくるとややこしい政治問題化してくる。
そうしたニュースが毎日続くと、もう中身を読む気もしない。ぱっと人心を明る
くするようなニュースはなく、前向きのニュースでなく、後ろ向きのニュースばか
りである。大雪だ、災害だのニュースはそれはそれで困るがこちらの方は天然の自
然災害のことだから、まあ大変だが、しかたがないかと一種のあきらめもつく。
ところが最近の3点、4点セットニュースは要するに官、民間企業、それに関わ
る人々の違法行為、悪事のことなのだ。それが次から次へとようあきもしないで出
てくるものだとあきれてしまう。あきれている間はまだいい。なんだこんなことや
っているのかとあきれるとともに怒りを感じている間はまだいいのである。
そのうち段々それが不感症になって、どうせまたそんなことだろうとなってしま
う。社長だ、副社長だ、局長だのが現れて、「すみませんでした」と頭を下げて謝罪
する。もう何百回その光景をみたことか。頭を下げている方もなんだが、ただ機械
的に頭を下げているように見えてくるし、見ているほうももうなんの感慨もなくな
ってきている。
このしらけた状況は実に困った風潮であり、危険な風潮なのだ。要するにこの世
の中ちゃんと冶っていくには法がきちんと守られなければならないのだが、それを
きちんと守らなければならないという道徳観、倫理観がこの世の中から段々消えて
いってしまっているようである。
なんとかいうホテルチェーンの社長は最初のころ、法なんて破るためにあるよう
なことをしゃあしゃあと言っていた。彼は、「これは、制限時速60キロのところを
67キロで走っていた程度」などと言っていたのだ。
問題はもちろん法を守るかどうか、遵法精神があるかどうかなのだが、もっと
基本的には何が正しくて、何が正しくないかのきちんとした道徳規範を多くの人間
が失ってしまったことが問題なのだろう。
それを再び取り返すにはどうするか。法律を強化したり、悪事を監視したりする
体制を作ることも大切だが、一人一人の人間に正しい道徳観を植えつけるという教
育の根本問題に遡らなければならない問題なのだ。そのためには国家100年の計
教育問題の根本に戻ることが必要ということだろう。
2006/2/18
早勢 直
今週の意見(462):
情けない民主党
ライブドア前社長の堀江貴文前社長から武部勤・自民党幹事長の二男への「送金
メール」問題をめぐり民主党の永田寿康(ひさやす)衆院議員(36)が辞意を伝
えた。同党は23日夜、緊急の役員懇談会を開き、対応を協議し、永田氏の意向が
なお揺れ動いているとして、同氏を当分「休養」させることで結論を先送りした。
このニュースを読んで「これが二大政党政治を標榜する大政党のすることか」、と
思った。こんな愚かなことをやったご本人が責任を取ってやめるのはもちろん、前
原代表、鳩山幹事長などにもその責任が及ぶことは必死ではないのか。与党の幹事
長を全く根拠のない、証拠のないことを天下の国会で追求したのである。「はい、ま
違いでした。すみません。しばらく休養します」ですまないのは理の当然だ。
今回のことに限らず最近民主党は与党に負けず劣らないくらい衆参両院の議員が
さまざまなスキャンダルに巻き込まれ、議員辞職に追い込まれたケースが多い。こ
うした実態にも関わらず、私自身は個人的には必ずしも民主党の支持ではないが、
二大政党政治が日本に根付くことこそ、日本の政治がよくなるための条件だと信じ
て、民主党の党勢が上がることをずっと念じてきたのである。
それが昨年夏の総選挙で自民党圧勝、民主党惨敗となって随分落胆したものであ
る。それ自体は例の小泉劇場政治のなせるわざであり、ある意味でしかたがないか
と思ってきた。しかも例の耐震偽装問題、BSE問題、ライブドア事件などで政府
与党への風当たりが強くなり、民主党への支持率も回復基調である中での今回の事
件である。
敵が一連の大失策を犯すという絶好のチャンスに自らそれを上回る失策を犯して
しまうのだからどうしようもない。それもこれもじっくりと政策論争で対抗しよう
ということでなく相手のスキャンダル告発で一気に人気を得ようなどというそのス
タンス自体が問題ではないかと思うのだ。だからあんなガセネタに引っかかってし
まう。
幸か、不幸か国政選挙はまだ少し先のことである。民主党は執行部総入れ替え位
の覚悟で新しいスタートをきるべきなのだろう。
2006/2/25
早勢 直
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