2004年 今週の意見 12月
今週の意見(398):
流行語大賞の中身のなさ
今年も流行語大賞なるものが発表された。
なんとまあ、まったく意味のない、中身からっぽの言葉ばかりのことか。「チョ
ー気持ちいい」。北島選手が勝利の瞬間、興奮してこのわけのわからない言葉を叫
んだのはわかる。だけどなんでこんな日本語にもなっていない、またあまり品もよ
くない言葉が大賞なのだろう? 今年の忘年会などでアルコール沢山飲んでみな気
晴らしにこの言葉でも叫ぶというのだろうか。
「気合だー」これも上と同じ。いやスポーツでも、仕事でもなんでもやる気とか、
精神統一とか、まあそれは気合といっていいが、それが大切なことはわかる。が、
このアニマルおじさん、どこでもかしこでも、でかい声でこれを叫ぶさまはあまり
まともと思えない。ことをなすには「気合」はもちろん大切であろうが、それに加
えて日ごろの鍛錬、体力、冷静な判断力が必要なのだ。
「サプライズ」「拙者が選ばれるなんてこの国はどうかしています」と受賞の武
部幹事長。まさにそう思う。これぞまさしくサプライズ。でもこんな小泉人事、今
や驚天動地でもなんでもない。これまでも同じようなことはずっとやってきた。も
う誰もびっくりしなくなった。
他の流行語も殆ど意味不明のものが多い。聞いたこともないものが殆ど。勉強不
足なのだろう。
でも二つだけ意味のある言葉を見つけた。今年日本社会について、ことの問題提
起をしたと言えるのは「新規参入」と「自己責任」。
この二つくらいですね。今年流行した言葉でその中身について問題になり、議論
になったのは。
2004/12/4
早勢 直
今週の意見:(399)
予測できた不祥事
またNHKの不祥事が発覚した。紅白歌合戦なども担当したプロデユーサが芸能
プロダクションなどから不正に金をキックバックさせていた。総額4千万円だとか
いうからびっくりする。しばらく前からこうしたNHKの不祥事が発覚して,視聴
料不払い者が11万件にも達したことが報道されていたばかりだったが、それに追
いうちをかけるようなことになったわけだ。
事件の内容もさることながら、いつもながら腑に落ちないのはその事件に対する
NHK自身のスタンスである。他の民放や新聞が大々的に報じているのに、自身は
その事件を殆ど報じない。事件の日の夜のニュースでNHKの海老沢会長が5分ほ
どの録画で謝罪した。それは後で、民放のニュースで見たが、とおりいっぺん形だ
けのものだった。NHKはその後もこのニュースについてほとんど触れていないよ
うだ。そのことを聞かれてNHK当局者は「NHK自体被害者だから」と答えたと
いう。なんとまあ呆れた話である。
もう一つ、おかしいのは公共放送たるNHKを監督している官庁とか、政党など
からも事件についてのコメントや批判があまり聞こえてこないことである。そりゃ
そうだろう。彼らはこれまでNHKの経営、その運営についてほとんど批判とか厳
しい監視の目を向けたことなど一度もない。NHKの年間予算など国会ではいつも
自民党はもちろん共産党まで全会一致で承認されるのである。
私はそのことを以前今週の意見でも何度かそれはおかしいと指摘したことがある。
あんな大所帯のNHKの予算、その運営についてなんの問題もないわけがないので
ある。普通の民間会社ではないのだ。国民の支払うお金で運営されている公共企業
なのである。隅から隅まで細かいチェックが必要なことはいうまでもない。
これだけの不祥事が起こっているのに、監督官庁とか、政治家とかがNHKの経
営者の責任を問うたり、経営統治のあり方について言及があまりないのは一体どう
いうことなのか。私は不思議でならない。
2004/12/11
早勢 直
今週の意見(400):
なぜ75日も拘留したのか
木曜日のの朝日新聞朝刊のトップ記事であったから気がついた。実はこの事件の
ことは知らなかった。そのニュースで始めて知った。そして思った。「へえ、そん
なことがあったのか。そして思った、「この判決はこれでいいのだろう」と。自分
の意見では判決文の中身については大筋納得できる。
自衛隊の官舎に侵入しイラク自衛隊派遣反対のビラを撒いた3人の行為は確かに
住居侵入罪である。しかしそれだけで刑事罰とまでなるほどではない、と判決は述
べ、無罪にしたわけだ。それでものを盗んだとか、住民に危険をおよぼしたとか、
なにか住民のプライバシーを侵すようなビラを撒いたとかなら問題である。ビラの
内容などたいしたことがない。すなわち住民の生命、財産、安全を脅かすようなも
のか、どうかである。
イラク自衛隊派遣は天下国家の問題である、自衛隊のイラク派兵反対という、別
に公序良俗に 反するものでもなんでもない、判決文が言うように民主主義社会の
根幹をなす政治的表現活動の一つとしてことを行っただけなのである。
いや、でもまあ、人の住居に侵入したということの違法性は確かに残る。これが
もし、もっとそういうことに厳しい外国ならどうだったかなあ、と思いながら、記
事を最後まで読んでいて、はたと気がついた。
記事の最後にこうあった。「被告は5月の初公判後まで75日間にわたって長期
勾留された。」ええっ、とびっくりした。そうか、この事件の根幹はここにある。
問題はなぜこの程度の軽犯罪程度のものの捜査、取調べのために75日間にもわた
って被告を拘留したかである。
そこにこれを取り調べ、送検した側の意図、これを大事件に仕立てあげた検察側
の政治的意図が感じられてならないのは私だけだろうか。
仮にである。これが右翼団体が同じようなことを行ったとする。「イラク戦争自
衛隊派兵賛成」のビラを作成し、同じように自衛隊官舎のポストにほりこ
んだ、とする。
おそらく、なんの問題にもならなかったに違いないのである。この事件がもっと
大きな社会問題にならないことについて私は大きな疑問を持つ。これからなっても
遅くはない。
2004/12/18
早勢 直
今週の意見(401):
クリスマスの日に
MLで子供学力低下に関するテーマをずっと論じている。要するに義務教育とは
読み、書き、そろばんをしっかり教えることではないかということだった。しかし
同時でそこで教えるべきことに、倫理・道徳がある。今の義務教育にもっとも欠け
ているのは実はそれではないか、ということを私は書き、上田さんや、久保さんか
らも賛同のコメントを得たのである。
MLで私は書いた。『「倫理・道徳」でなにを教えるか? 例えば、教育勅語を
改訂し復活させる。始業前に毎日暗礁させる。論語を教える。キリスト教、仏教、
イスラム教など本来の宗教に共通する教義を教える。その教義は共通するものが多
いはずだ。それなのに、なぜ違う宗教同士で、そしてさらに疑問に感じるのは同じ
宗教内で骨肉の争いをやるのか、ということだ。なぜか、その理由を考える。それ
はむしろそれぞれが本来の宗教が教える正しい教義にたっていないからだというこ
とではないか。そして徹底的にその正しい教義とはなにか、共通するものを教える
べきなのだ。』
家族でクリスマスを楽しむのは結構。しかし外国のそれはともかく、日本ではキ
リスト教の教えとはそもそも一体なんなのか。それについて教えることなど殆どな
い。サンタクロースやクリスマスツリー、プレゼントでで子供に夢を与えることだ
けでは、なんの意味もない。
神学論争をせよなどといわない。そもそもそうした教育を通じて正しい生き方とは
なんなのかもっと教育する機会があるべきだ。今日本には宗教というものが殆どない。
少なくとも子供達にとってはそうである。親と一緒に神社仏閣にお参りして賽銭を
あげ、手をあわせるだけだ。親はその意味について殆ど語らない。教えない。クリス
マスの夜、キリスト教というものの教えについて話すこともないだろう。第一親自身
そんなことに関心はないし、知らない。
日本では長い間、宗教について特に学校でそれを語ることについてはむしろタブ
ーであったのだろう。それが間違いの元である。いや倫理・道徳、ましてや教育勅
語などというと、大反発の声が上がるのは必死である。
諸外国でその宗教教育、道徳教育がどのように行われているのかよく知らない。
各国それぞれ違うのだろう。しかし子供たちはもちろん学校を含めて、家庭でも、
教会などでもそれぞれの宗教を通じていくつかその基本的教義について学んでいる
はずだ。日本では殆どそれがない。
別にキリスト教とはいわない。仏教をはじめ、世界の宗教についてその教えの中
身について、その歴史、文化とともに今子供達に教えることは実は大変重要なこと
ではないかと私は思うのである。
どうしてそれにして基本的論議が日本で起こらないのか、私は不思議でならない。
2004/12/25
早勢 直
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