2007年 今週の意見 4月
今週の意見(520):
的外れな尾身大臣のNHK批判
松坂メジャー初勝利の様子をテレビで見て、「ああよかったな」と思った。昨日朝風呂
にはいっていてNHK朝のTVニュースの大半を見過ごした。昼もタイミングが悪く
特にNHKを含めて民放でも松坂のニュースを沢山みたわけでない。でも肝心はとこ
ろは十分見れた。
昨日の昼、野球といえば4チャンネルだったか、韓国で今日本のプロ野球が注目を浴
びている様子を伝えていた。それはイ・スンヨプ選手がいるからこそのことであるこ
とは言うまでもない。でもあの韓国で日本の巨人の人気が高いということを聞いてア
ンチ巨人の私だって悪い気がしない。
アメリカのメジャでの松坂人気、注目度は抜群である。昨夕ネットで松坂関連ニュー
スをチェックしていたがあるわあるわあらゆるアメリカ有名マスコミがあらゆる観点
からこのニュースを伝えていた。野球のことだけでなく、ボストンの街で日本料理店
が増えたことや味噌汁まで売れ始めたことを伝えていた。
レッドソックスが松坂獲得に巨額のカネを投じたのはただ野球のためだけでないだろ
う。松坂入団がもたらす経済効果ははかりしれないほど大きいのである。
しかもそれは単に経済効果だけでない。それはなにも今回の松坂に始まったことでな
い。これまで野茂、イチロウ、松井などがアメリカで果たしてきたグローバル化とい
う意味での役割はものすごく大きいものがある。冒頭述べた韓国の日本野球に対する
関心もその一例なのだ。グローバル化、国際化なんて言葉は難しいが要するにこうい
うことを通じて、互いの違う国の人間が親近感をいだいたり、反感を持ったり、また
さまざまな新しい文化に触れたり、その違いがわかったり、そういう過程の中で相互
理解を深めていくことなのだ。そのことがまさにグローバル化とういことであり、大
げさに言えば地球の平和のために大切なことなのだ。
ネットでニュースを見ていて松坂関連のニュースもいろんな観点のものがあったが一
つ気になったニュースは尾身財務大臣のNHK批判のだった。尾身大臣はNHKの連
日の松坂報道は公共放送としてバランスを欠いている。他にももっと世界情勢で伝え
るべきことがある、などという発言だった。
「日本の政治家の頭は相変わらず固いな」というのがこれを聞いた私の感想だ。何がバ
ランスだ。そのバランスなんて一体どうやって計るのか。そんなものはかれるわけが
ない。はかる必要もない。
今アメリカでも日本でもただ野球フアンだけでなくいろいろな意味で松坂の存在が注
目を浴びている。そうした関心にこたえてそれを報道することのどこが悪いのか。い
やそれこそまさに公共放送の仕事ではないか。NHKのメジャー報道は今に始まった
ことでない。野茂の時から始まって、イチロウ、松井の報道も沢山あった。それにつ
いての批判は特になかったし、それでいいではないか。
仮に松坂がかってより多く報道の機会があったとしても、それだけの理由、背景があ
ってのことだ。一体なにが問題なのだろう。
もっというなら松坂現象はまさに尾身氏自身がいう世のグローバル化ということの一
番分かりやすい例なのだ。経済的な意味、文化的な意味でのグローバル化現象の絶好
の例なのである。それを公共放送のNHKが多くの時間を割くことにはなんの問題も
ないというのが私の考えである。
2007/4/7
早勢 直
今週の意見(521):
コメントの大切さ
2006年6−7月号 に放送されたNHKの趣味悠々で「BLOGに挑戦しよう」
が放送された。それを見たわけではないのだが、そのテキストとビデオを貸してく
れた人がいて、その要点をパソコンクラブで話をしてくれというような依頼があっ
た。それで、その中身を4月の12日のパソコンクラブの例会でまとめて話をした
わけだ。その内容はYahoo BLOGにあるので参照されたい。
その中でもテキストの38ページ、「コメントを書いてみよう」について気がついた
ことがあるので書いておきたい。BLOGをやる上でコメントの書き方の手順、
間違った場合の削除のしかたなどのことを書いてある。当然だが、そもそもコメン
トとは一体何なのか、一体なにを書くのかについてあまり触れていないで補足説明
した。
方法論はもちろん大切なことだ。が、、それ自体、提供されているBLOGサービ
スによって違うこともあるし、それはどうころんでもたいした問題ではないし、や
っているうちに自然に覚えられることだ。
一番肝心なことは、コメントとして一体何を書くか、ある。それは次のようなこと
だ。
・不明な点についての質問、確認
・記事の内容観点についての賛成論、反対論
・提起された問題についての自身の意見や提言
他にもあろうが、これがコメントというものの内容だろう。こうしたことを書くこと
で元の記事の中身の理解がより深まったり新たな議論に発展したりする。従来のメデ
イアと違ってBLOGというものが新しいメデイアとして注目されまた、その価値が
認められるのはこうした双方向性にあると言って過言ではない。
新聞テレビの報道など、ニュースの提供は提供する側の一方通行になる。ところが
BLOGの記事にはコメントやトラックバックがつくことで、それは双方向のコミュ
ニケーションになるというところがすばらしいのだ。書き手と読み手のキャッチボー
ルでコミュニケーションが進むところに利点がある。
BLOGといわずとも、パソコンインターネットを始めた人は殆んど場合メールを始
める。そしてそのスピードや簡便さ、便利さに感心するのだが、普通の郵便と違って
メールの一番大きなメリットはその双方向性、しかもそれがスピーデイに行なわれる
という点に案外気付いていない。
従来の郵便にももちろん双方向性があることはそうだが、一週間かかってキャッチボ
ールが成立するのと一日でそれができるのでは話は全く違う。
スピーデイに成立する言葉のキャッチボール、コミュニケーションこそが、ネット社
会のもっとも基本的な行動である。すなわち問題はそのキャッチボールのスピードと
中身の問題である。BLOGの場合その中身とはBLOG記事のコンテンツ(中身)
のことであり、そしてそれに対して返ってくる返球、コメントの中身である。
相手が直球を投げてきたら直球、速球なら速球、カーブならカーブを投げるのもいいし
相手と違う球で返球するのもおもしろい。キャッチボールの面白さである。
野球で言えばキャッチボール、テニスならラリー、これがそれぞれのスポーツのもっ
とも基本的な技であるが、ネットにおけるメールやBLOGにおけるメッセージ、コ
メントのキャッチボールことが、ネット社会におけるもっとも基本的なコミュニケー
ションを形づくるものだと言って過言ではないだろう。
BLOG記事を書くことは大変だが、まずは簡単なコメントを書くこと、まずはキャ
ッチボールの基本を始めることが大切なゆえんである。「投げられたボールは投げ返す
」これもネット社会の一種のマナーであり、ネットを楽しむための一番の基本だとお互
い心得えたいものだ。
2007/4/14
早勢 直
BLOG記事:コメントの大切さ
今週の意見(522)
銃自由国家
アメリカで韓国人学生が銃を乱射、32人もの大学生を殺害してしまった。最初それ
を報じる毎日新聞の記事をみて、驚いたことが一つある。記事のはこう書いている。
米捜査当局は動機の解明を急ぐ一方、犯行に使用された銃の出所を追及している。」
なにをおっしゃる。アメリカでは銃の入手なんて極めて簡単なことではないか。もう
何十年も前のことだが、初めてアメリカにいってスーパーマーケットなるものを見て
その売っている商品の豊富さに驚いたものだ。日本ではまだダイエーがチェーンを展
開し始めた頃のことだ。もっとも一番驚いたというか、衝撃を受けたのはさまざまな
銃が実弾とともに店頭に並んでいたこと。その後銃規制はある程度さまざまな形で行
われてきているが、州によってはかなりまだ自由に銃が購入できる社会なのだ。
それをなにが「・・・犯行に使われた銃の出所を追及している」だ。日本での事件な
らそう書くのは当たり前だけど。
その銃をどうやって犯人が入手したか、実は英語だがABCのネットニュースで詳しく
報道されていた。要するに犯人は実に簡単に銃を店で買っているのだ。ニュースに
よればそれを買った銃砲店はキャンペーンで:
・銃の安全トレニング不要
・安全ロック不要
・購入に当たって購入目的などチェック不要
・購入に当たって指紋登録など不要
などとやっていたそうだから、要するに誰だって買えるのだ。現実犯人はそこでなん
の苦労もなく銃を入手していた。
アメリカはそういう社会なのだ。こういう事件は別に今にはじまったことでなく、過
去も何度も起こっている。その一つの背景は銃が簡単に合法的に入手できるというこ
となのだ。
もちろんアメリカ人の中でもこうした状況を嘆き銃規制をすべきだという人たちも多
い。が、まだそれが全体的な常識として通用していない社会なのである。
アメリカはあらゆる意味で世界のトップ的国家を自認しているが、果たしてそうなの
か。破壊兵器なるものがあると大騒ぎしてイラク戦争を始めたアメリカである。とこ
ろがその破壊兵器なるものイラクには存在しなかったのだ。
言いたいのはそんなアメリカがアメリカの国内でそうした殺人兵器が自由に販売され
ているということを一体なんと考えているのか、である。1992年のことだったか
日本の高校生の留学生の服部君がハロウィンの衣装で人の家に近づいてズドーンと打
たれて殺されてしまった事件があった。止まれと言ったのに止まらなかった。だから
自衛のためやって何が悪い。そんなことはアメリカでは常識なんだといわんばかりの
裁判結果であり大半のアメリカ人の判断だった。これも我々日本人には到底理解でき
ないアメリカの常識なのだ。アメリカを理解しない方が悪いと多くのアメリカ人は言
うに違いない。だけどそんな常識がまかり通る国って本当に文化国家なのか。私はそ
のことが言いたい。
日本のマスコミもたまにはそれくらいのメッセージをアメリカに送ってやれといいた
い。私はここに送っておく。
2007/4/21
早勢 直