2006年 今週の意見 4月

今週の意見(467):

二つの監査機能

 先週の意見でライブドアの監査法人が、粉飾決算を見落としていたのでライブド
アの会計監査を辞退する、ということであったが、そんなことだけですまないはず
だと書いたのが、やはりそうだった。ライブドア担当の二人の公認会計士が証券取
引法違反で在宅のまま起訴された。当然のことだ。

 もう一つこれは殆どマスコミの話題になっていないが、指弾されるべきべきは取
締役と監査法人だけか、ということである。逮捕とまでいかなくても知らぬ存ぜぬ
だけではすまない人たちがほかにもいる。

 事件の背景で忘れてはならないことがある。監査といえば、公認会計士だけのこ
とでない。ライブドアも株式会社であるからには内部に取締役の執行業務を監査す
る監査役がいるはずだ。その監査役もおそらく名前だけのものであったに違いない
のだが、その監査役もそんなめちやくちゃな粉飾決算にただ気がつかなかったでは
すまないはずである。株主から訴えられ、糾弾されてしかるべきことである。

 どうも監査役といい、監査法人といい、日本の場合その本来の役割を果たしてい
ないケースが多すぎる。ライブドアや、カネボウなどの粉飾決算事件のようなもの
が起こると、制度改革論がまたぞろ出てくる。しかし実際にはもうそんなものは必
要ないのだ。すでにある制度の中で、監査役といい、監査法人といい、その法律で
定められた通りの任務を果たせば十分防げることなのだ。

 日本の企業のコーポーレートガバナンス、統治の仕組みはまだまだ不備が目立つ。
が、その不備とは決して法律、規則、それぞれの担当社の能力などのことではない。
そんなことはやってはいけない、こうすべきだという極めて基本的なこと、法律
遵守の基本的精神が欠けていることが最大の問題なのである。

2005/4/1
早勢 直
今週の意見(468):

小沢民主党に期待する

 民主党代表選挙で小沢氏が選出された。地盤沈下を続ける民主党にあって新登場
ということが大きかったのだろう。64歳というから、結構年なのだが、民主党主
としては初登板だ。だからもっと若いけれど、すでに二回も党首を務めた菅氏より
新鮮に感じられたことが、なにより大きな理由であったのだろう。

 小沢氏が著作の中で書いている日本は普通の国にならなくてはならないという意
味は分る。日本人はもっと自己を確立しなければならないという意味もわかる。
戦後日本、日本はアメリカの占領政策の影響、民主主義教育の結果、自然な愛国心
を忘れてしまった。もっと自然に自分の住んでいる地域や、そして国家に対して愛
着を持ち、それを愛する、国のためにつくす、国家のためにつくすという精神を忘
れてきたのではないかということだろう。それを取り戻すべきだということだ。

 それと今の日本人はあまりにも、画一的になってしまった。いつも他の人間がど
う行動するか見ていて、大勢が右を向けば右、左を向けば左と付和雷同的である。
もっとそれぞれ自分自身を確立する、自分自身の考え、規範をきちんと持つことが
必要だ。そうしたものがないと例えば政治をよくすることもできない。

 今回の党首選挙では、一番の構造改革とは政権交代だという発言があった。そう
だと思う。小泉首相がいくら構造改革を叫んでも官僚の汚職や不祥事がなぜ続発す
るか。それはやはり長い自民党の一党独占がずっと続いてきた結果である。政権交
代があってこそ、その緊張感で政治そのものがよくなる。馴れ合いの官僚体制も一
新されるということなのだ。

 そうした当たり前のことが、日本の国民にはわかっていない。今回の民主党の党
首選挙を見ていても多くの政治評論家や、町の声もそうだが、要するにまず民主党
の批判から始まるのが問題である。やれ、批判ばかりの党だ、党内の政策がばらば
らだなどなど。それが結局は自民党を利することになる。

 民主党があらゆる意味において今自民党より劣っていることは明白である。しか
し、民主党がより大きく育って自民党と対抗できる政党にならない限り、日本の政
治がよくならないことは明白である。そのためにどうして大きなな目で二大政党を
育てることが大切という戦略的発想を持てないのかである。

 当選後の記者会見を見ていて新聞記者のつまらない質問にはがっかりした。「党
内融和のために菅氏をどう処遇するのか」そんなレベルの質問ばかりだ。小沢氏は
なんだ、つまらない質問をするな、という顔をする。それがみえみえになってしま
うところが小沢氏の悪いところであり、いいところなのだろう。

 彼は聞いて欲しいのだ。「今の混乱の日本を立て直す国家百年の計とは何か」と。
これから自民党と民主党の対立軸はそういうレベルであって欲しい、あるべきで
ある。

2006/4/8
早勢 直
今週の意見(469):

教育基本法改正

 今週はこの話題でもちきりだった。自民党と公明党の妥協の結果として愛国心と
いう表現は和らげたものの、キーワードが「国」を「愛する」ことが教育の基本だ
としたことについてはなんら変わりはなかった。

 この教育基本法の改正については、野党はもちろん、マスコミ、教育関係者の多
くが反対を唱えている。それがまた戦前の軍国主義の前ぶれになるとか、それが、
学校行事における国旗掲揚、君が代斉唱の強制につながるとか、反対の中にもいろ
いろな論点があるようだ。

 反対、賛成いずれにせよ、私自身はどうしてそういう枝葉末節のことばかり議論
するのか、ということを指摘したい。

 一国民として、子供に「国を愛しなさい」と教えることが間違いだとは思わない。
多くの議論にあるようにその内容、教え方がその際問題になることはそうだが、そ
もそも「国を愛しなさい」というのは極めて当たり前のことではないのか。第一そ
れはどこの国でもやっていることのはずだ。

 問題はなぜ教育基本法の改正が言われ始めたのかである。それはいうまでもなく
今日の学校教育の荒廃にある。子供が子供を殺害するというような事件が多発する。
不登校児童が増える。さまざまな荒廃の現実がある。

 だからこの際、教育に関する憲法ともいうべき教育基本法の改正が必要だと多く
の関係者が考えるようになった。

 しかしである。それがなぜそのキーワードが、「国を愛する」ことなのか、だ。
「国」という前に、まず「家族を愛する」ことが一番大切なのではないのか。まず
愛すべきは父母兄弟といった家族であり、家庭では父母、学校では先生を敬い、そ
の指導を素直に受ける精神を持つことを教えることが先決ではないのか。

 さらに愛すべきは隣人であり、友人ではないのか。かっての学校には今のような
いじめはなかった。子供同士の人と人との関係がより正常なものであったからだ。

 「教育基本法の改正」がまともな市民を育てることをその目的としているのなら、
私は「国を愛する」などという前に、「人を愛する」「家族を愛する」ことを教え
るべきだと思う。それを一番にうたうのなら、誰も反対しようがないし、またそれ
自体今日の教育の荒廃を立て直す一番大切なことだと私は思う。

 家族を愛し、先生を敬い、友人を大切にする精神の持ち主ならば、正常な愛国心
を当然備えた人間に育つことも間違いのないことだと私は考える。

2006/4/15
早勢 直
今週の意見(470):

やはりNHKも民営化

 もうこれで終わりかと思っていたら、またNHKの不祥事である。職員が空出張
費など請求していた。会長が現れて「すみません。二度とこのようなことがないよ
うにいたします」と謝罪する。もうなんど同じ台詞を聞いたことか。およそ官界と
かNHKみたいな組織だからこそ起こること。民間企業になど起こりえないことで
ある。

 橋本元一会長はその一方で受信料の確保の必要性を訴える。国民の受信料支払い
拒否がこれ以上広がったら、NHKは立ちいかなくなる。NHKトップが必死に受
信料支払いを訴えるのは当然だ。

 しかしもっと重大な事実がある。それはNHK自身が打ち出したことなのかどう
かわからないが、関係当局は受信料を支払わないことに対して罰則を設けることの
検討を始めたのだという。もしそうなったら大変なことだと思ったが、さすが、こ
れについては与党自民党内部からも反対意見が出たようだ。

 国民がNHKだけ特別に必ず受信しなければならないなどと規則があっていいわ
けがない。しかもそうしなければ罰則だという。まさに国民の基本的人権を侵すも
のであろう。

 その点から言っても改めて今の受信料制度のことを考えてみると、今は特に罰則
規定などないが、NHKとの受信契約は事実上半強制的なのはおかしいのではない
か。要するに一般テレビ用アンテナやBSのアンテナが立っていれば、必ずNHK
の係員がやってきて、NHKと契約を結べ、受信料を払えとなる。それは今の放送
法に基づくものだと言ってもその法的根拠がどれだけあるのか、ないのかどうもよ
く分らないのである。

 だからこれをはっきりさせようというために、罰則規定を設けようなどというの
は明らかに行き過ぎである。

 前にも書いたが私自身はどちらかというと公共放送としてのNHKの存在意義は
認める方であった。だから受信料もきちんと払ってきた。が、数々のNHKの不祥
事を見ていたり、その対応振りを見てきたりするうちに、考えが変わった。

 郵政が民営化したのなら、NHKだって民営化しておかしくない。すべきだ。あ
の民放のわずらわしいコマーシャルさえ我慢すれば、受信料自体ただになるのだ。
そのメリットは大きい。

 NHKの番組については相対的に民放のそれより満足度は高いのだが、不満なも
のも沢山ある。この際思い切って一民間放送としてやってもらってもいいのではな
いか。その場合、一番心配なのは教育放送である。語学教育番組にせよ、数々の教
養番組にせよ、ああいうものは残したい。それが民間放送の経営として成り立つの
かどうかである。

 そういうものが経営的になるような手当てはなにかあるような気がするがどうだ
ろうか。

2006/4/22
早勢 直
今週の意見(471):

堀江被告94日ぶり保釈

堀江被告がやっと保釈された。地裁の決定に検察が準抗告したが、それを棄却して
の保釈だった。以前なら罪状否認の場合、こんなに早く保釈されることはなかった
が、新しい裁判制度が始まることになってそれが変わったそうだ。

この保釈についてさまざまな関連者がコメントしていたが、昨年夏選挙で争った亀
井静香氏のコメントが注目された。氏は、罪は罪として償うべきだが、心機一転が
んばって再起を期してくれというコメントはなかなかよかった。普通ならざまあ見
ろ、というところだ。氏は選挙中、日本人は情の世界を忘れた、といっていたのは
こういうことだったのだ。いわゆる惻隠の情というやつだ。亀井氏を見直した。

それに亀井氏は拘置の時間が長すぎる。これは一種の国家権力による拷問ではない
か、とコメントしていたが、私もそのことについては疑問に感じていたところであ
る。

同じように証券取引法違反の罪をおかした西武の堤会長などその半分くらいの拘置
期間ですんでいる。それはもちろんその容疑を認めるか認めないか、という点、す
なわち捜査に協力したかどうか、の差だと言ってしまえばそうなのだろう。しかし
堤会長の罪など、ライブドアのそれよりもっと長年にわたって行われてきたもので
それをただその罪をさっさと認めたからといい、しかも反省の念を示しているから
というのだけで、拘置期間が短いだけでなく、刑そのものも執行猶予ですんでいる
のである。

堀江氏の場合は最後まで争うつもりだから、多分一審の判決でも有罪の上、執行猶
予などつかないのであろう。その差が捜査に協力するかどうか、が大きなポイント
であることについては、全く理解できないわけではない。が、しかしそれで拘置の
時間、それに刑おのものについても、そんな大きな差が出るものなのか、疑問に感
じるのである。

このことはなにも今回に限ったことでない。これまでも程度の軽い犯罪なのになぜ
そんな長く拘置しなければならないのか、といったケースが数多くみられたわけだ。
これは一種の誤った国家権力の乱用ではないのか。中には捜査取調べもろくろくし
ないで、ただ拘置の時間だけ長くとったというケースがあったケースもある。

同じようなケースで代議士に復帰したが今も被告の身の鈴木宗男氏がいる。彼はな
んと450日も拘置されているのである。たしかにその罪は大きいのかもしれない
が、彼の場合もそんな長くなった理由はただただ捜査に非協力的であったという理
由が大きい。要するにそれは一種のみせしめなのだ。

この問題を弁護士の団体とか、国会議員だとかが問題提起しないのはおかしいので
はないかと私は感じる。

誤解されては困る。私は何もそれぞれの人がおかした罪の内容のことについて言っ
ているのでない。堤会長と堀江氏の犯した罪については、場合によっては堤会長の
方のものがはるかに社会的には重大であったとさえ思われるのに、それについての
罰の与え方にどうしてこんな大きな差が出てくるのか、大きな疑問を感じるのであ
る。

そこに検察という大きな国家権力の恐ろしさを感じるのは私だけだろうか。

2006/4/29
早勢 直
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